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花男にはまって幾星霜…
いつまで経っても、自分の中の花男Loveが治まりません。
コミックは類派!
二次は総二郎派!(笑)
総×つくメインですが、類×つく、あき×つくも、ちょっとずつUPしています!
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粉雪舞い降りる君の肩先 1

2月、バレンタイン、その後は・・・あきらのお誕生日がやって来ますね。
2月はあきらの月!ということで。
何年振りに書いてるの?と思われるでしょうが・・・
イチョウ並木の坂道で」の続きのお話です。
タイトルだけずーっと温めていて、中身が書けてませんでした。
改めて宜しくお願いします。


__________



「わあ、もしかして雪?」

手袋を嵌めた掌で雪を受け止めようと、空を見上げている牧野がいた。
ちらちらと、本当に小さな小さな雪の粒が薄鈍色の空から舞い降りてくる。
白い氷の欠片が牧野にも俺にも降りそそいで・・・
牧野の髪に、コートに、手袋に到達した途端に、すうっと融けて消えていく様子は、何故だか夢の中の出来事のように俺の目に映る。

「ねえ、美作さん!
雪の結晶見たいのに、すぐ融けちゃう!」

何も残っていない手袋を俺に見せ、淡く微笑みながら話し掛けてくる牧野を見詰めながら、俺の心臓はぎゅうっと絞られる様に痛んでいた。

牧野・・・
俺が求めているものは一体どこにあるんだろう?
お前のずっと冷え切ってる心は、暖めたいと思ってこの手で包んだら、この雪のように掴めないままに融けて消えてしまうんだろうか?
どうしたらその心を抱き締めることが出来るんだろうって、いつも考えているけれど。
俺が触れる事で消えてしまったら・・・と思うと怖くて、牧野の中に踏み込めない。
その小さな手を取ってそっと握る事しか出来ないんだ・・・



牧野の20歳の誕生日を2人きりで祝った。
想いを込めたプレゼントを贈り、司をもう待たないでくれ・・・なんて情けない願いを口にした夜。
牧野は言ったんだ。
「待っていない。」「記憶はきっと戻ってる。」「もう2度と道明寺と歩く未来はない。」と。
それが本当なら・・・と考えたら、胸がざわついて、いてもたってもいられなくなった。

司に会わないと。
司と話をしなければ。

その一心で俺は年明け早々にNYに飛んだ。
表向きは親父の名代として、美作からの今後の共同事業展開を見据えた表敬訪問。
そういう形でしか司のアポイントをもぎ取れなかったから。
ホテルからイエローキャブで向かった道明寺ビルディングはマンハッタンの中でも一際高く、堂々とした佇まいのそこに、俺は初めて足を踏み入れた。
司の執務室に通され、声を掛けようとした時、司が先手を打ってくる。

「あきら、何しに来た?」
「久しぶりに会うってのに随分な挨拶だな。」

俺は苦笑いしつつ、こちらをろくに見る事もなくデスクでパソコンのキーボードを叩き続けている司の方へと歩み寄った。

「表敬訪問・・・なんてのは建前だ。
いくつか聞きたい事があって来た。」

そう告げると、初めて司の視線がちらりと俺に向く。

「何だよ?」
「単刀直入に聞く。
司、記憶戻ったのか?」
「記憶?
お前ら、昔もなんやかんや言ってたけどな。
過去なんか意味ねえだろ。
俺は目の前の事と、これからの事で手一杯だ。」
「牧野つくし。
この名前に聞き覚えは?」
「誰だ、それ? 知らねえな。」

またパソコンに向かい合って、俺の方を見ない司。
本当に忙しいからなのか、何かを誤魔化したいからなのか、これだけでは判断がつきかねた。

「お前の恋人だった女だ。
ほんの数ヶ月だったけどな。」
「ふん、何だよ、恋人って。
俺はそんなもんいた事ねえし。
欲しいとも思わねえ。
あきら、ホントにお前何しに来たんだよ?
そんな事の為にわざわざNY迄来たのか?
お前、よっぽど暇なんだな。
俺は寝る間もない位忙しいんだよ。
そんなくだらねえ事聞くしか用がねえならとっとと帰れ。」

その話題には触れられたくないとバリケードを張ってるように思えるのは、俺の先入観から来るものか?
それとも牧野の勘は外れていて、本当に司の記憶はまだ戻っていないのだろうか?

こちらを睨み付けてきた司と視線がぶつかって、ひと時見詰め合う。
そしてその眼差しから、ある考えが閃いた。
きっとこの場では話せない。
そういう事なのだ。
ここは司の執務室だけれども・・・
司と牧野の間を永遠に引き裂きたいと思っている人間の懐でもあるから。

「・・・時間取らせたな。
あと3日、NYにいる。
一緒に食事でも出来るタイミングがあったら連絡してくれ。」

そう言って胸ポケットに入れていたビジネスカードにホテルの名前とルームナンバーを書き込んで、司のデスクに置いた。

「そんな時間ねえよ。」
「・・・そうか。
まあ兎に角俺はあと3日、ここにいる。
邪魔して悪かったな。」

司はもうこちらを見なかった。
俺はそのままそこを辞して、ビルの外に出た。
知らず知らずに肩に力が入っていたようで、ふう・・・と息を吐き出すと、身体が少しだけ緩んだ気がする。
でもあっという間に東京より気温の低いNYの冷え込んだ冬の大気に包まれ、また身体はすぐに強張り始めた。
昼間なのに吐き出す息は真っ白。
薄い氷をぱりんぱりんと突き破りながら歩いているかのような冷気が顔に突き刺さる。
凍てついた歩道は気を抜くと転びそうになるから、自然と歩くのはゆっくりになった。
どんよりと曇った空からは時折雪が舞い降り、マンハッタンのビル風であらぬ方向から雪の礫が吹き付けて来るのに翻弄されながら、地下鉄の駅へ向かって歩く。
駅まではビルのエントランスからたった5分の距離なのに、俺の身体はすっかり冷えてしまった。

タイムリミットはあと3日。
本当なら、司と話せたら直ぐにでも東京に帰るつもりだった。
でももし俺があの時思った事が当たっているなら・・・
時間に余裕を持たせた方が、司と話せる可能性が高くなる・・・と咄嗟に思ったんだ。
大学の冬季休暇が終わるまでの3日間、滞在を引き延ばす。
果たしてその間に司からコンタクトはあるのだろうか?

NYでの目的は司と会うことだけだった俺は、手持ち無沙汰になった。
独りで綺麗な景色を見て回りたいとも思えない。
ブロードウェイでミュージカルを観る気にもなれない。
買い物したい物も何も浮かばない。
忙しく働いている日中に司が連絡してくる可能性は低そうだと踏んで、とりあえずメトロポリタン美術館で時間を潰そうと決めた。
300万点という収蔵品がある美術館だ。
3日通っても見切れないだろう。

美術館とレストランとホテルだけを行き来して過ごしたNYでの時間。
離れていても、何を見ても、牧野を想う事を止められない。

ここは牧野も来た事がある街だ。
司の事が好きで、好きで・・・
突然に告げられた一方的な別れに、諦められないと司を追い掛け、単身この地にやって来た。
英語もろくに出来なくて。
知らない街で頼れる人もいない中、司を探して。
そして結局、司とではなく、牧野を案じて迎えに行った類と帰ってきた。
そしてその直後、司は記憶を失くした。
あの冬から3年。
最初の1年はいつか司の記憶が戻る事を信じて待ち続け。
大学に入ってからの2年は、もう司は戻らないと悟って諦めようとした日々。
そこからずっと牧野は過去に縛られ、独り立ち尽くしてる。

俺は司が何と言うのを期待してここに来たんだろう?
本当は思い出していると言って欲しいのか、それとも全く思い出せないと確認したいのか・・・
自分の衝動的な行動に、適切な理由を見つけられない。
矛盾した気持ちが胸に渦巻く。

司から連絡があったのは、帰国前日、3日目の夜だった。


__________



今更?とお思いでしょうが・・・^^;
イチョウ」のあきらが帰って来ました。
23話の更新日は2015.03.09ですって。
ろ、6年振り?
誰も待ってないですよねー(苦笑)
目標としては、どのお話にも -fin- と打って終わりたい!という思いがあるのです。
頭の中には続きがずーっと何となーく寝かされてはいたのですが、それを文字にして紡ぐのは一苦労。
少しでもこの2人を前に進ませてあげたいなーと願いつつ頑張りますので、応援宜しくお願いします!


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粉雪舞い降りる君の肩先 2

「もう会えないかと思ってたよ。」

ホテルに訪ねて来た司を部屋に通して、俺はそう話し掛けた。
司は無表情だ。
整い過ぎた顔立ちのせいで、人形のように見えてしまう程に。

「今日はもう仕事は終わりか?」
「いや、まだだ。食事することにして抜けて来た。」
「どうする? どこか外に行くか?」
「いや、ここでいい。」

そう言われて、ルームサービスで適当にディナーを頼むことにした。
料理が届くまでの間に話が出来たら・・・と思って、リビングのソファに腰を据える。

「司の部屋では話せないことがあるんだろ?」
「まあな。あそこは誰が聞き耳をたててるか分かんねえんだよ。」
「大変だな、お前・・・」

誰の事も信じられずに日々を過ごすことが、どれだけ司を磨り減らすんだろう?
それでも道明寺という巨大な化け物のような企業を背負って立たねばならない宿命。
俺がこれから背負うであろうものとは桁が違う。

「ふん。どうでもいいな。
ただやらなきゃならない事が次から次へと押し寄せてくるのを片っ端からやってくだけだ。
自分が機械になったみたいな毎日だな。」

司は俺を見ない。
どこか遠くを見てるような目付きをしていた。
果ての無い、長い長い坂道を見上げているのか、それともここにはいない牧野を想っているんだろうか?

「本当は牧野の事、思い出しているんだな。」
「・・・・・・。」
「記憶、取り戻したんだろ、司。
それも大分前に。」
「・・・何でそう思った?」
「牧野が俺に言ったんだ。
『きっと記憶は戻ってる。』って。」
「牧野、か・・・。」

ほんのわずかに、司が表情を歪める。
どこかが痛むみたいに。

「・・・駄目なんだ。
俺にはあいつと一緒に生きてく道がない。
記憶を失くしてる間に、後戻りする道も逃げ道も全部潰されてた。」
「だから忘れた振りをし続けるのか?」

司は俺のその問いに答えずにひと時目を閉じた。
その瞼の裏には牧野がいるのだろう。

「あいつには幸せになって欲しい。
俺ではそれを叶えられない。
俺が無理矢理あいつを手元に引き寄せても、あいつはきっといっぱい泣いて、悩んで、悲しんで、苦しんで・・・
笑っていられなくなる。
あいつだけには自由で、笑ってて欲しい。
たとえ俺の隣でなくても。」

司の想像力の欠如に苛立ち、そんな理由で忘れられている振りをされている牧野が不憫で、つい冷たい声が自分の口から零れ落ちる。

「牧野はちっとも笑えてないぜ。」

やっと司が俺を見た。
俺も司を睨み返す。
俺にも思う事は色々あるんだ。
司にどんな事情があろうとも。

「お前がいなくなった3年前からずっと。
笑い方を忘れてる。
お前がそうしたんだ、司。
何で忘れた振りするんだ?
共に歩けなくなったのなら、そう正直に話して手を離してやれよ。
そうじゃなきゃ、牧野は次の道へと進めないだろ。」

俺の気迫に負けたわけでもないだろうに、司の方からついと目線を逸らせた。

「・・・忘れた振りしか出来ねえんだ。」
「どうして?」
「忘れた振りでしか、あいつを護れない。」

3年前、滋の壮大なお節介とそれに乗っかった俺と総二郎とで、司と牧野を大河原所有の島に閉じ込めて・・・
2人はそこで気持ちを確かめ合った。
司はあの時、道明寺家を出ると俺達の前できっぱり宣言した。
たった17歳と18歳の、まだ高校も出ていない子供だったのに。
司が持ちうる全てを捨てて、牧野だけを手にして、2人で身を寄せ合って生きていこうと決めたあの日。
でも司は本気でそれが叶うと信じていたんだろうか?
滋も、総二郎も俺も、その時は否定する言葉を口にはしなかった。
だけど・・・
俺にはそれが本当のハッピーエンドだとはどうしても思えなかったんだ。
司が沢山の柵から逃れられるか、半信半疑・・・、いやもっと懐疑的だったかもしれない。
司は死ぬまで『道明寺司』であることが宿命なのだから。
自分の意思がどうであれ、そこから簡単に逃れられるはずなかった。

「俺があいつを思い出さなければ、あいつは安全でいられる。
誰かにつけ狙われる事も無い。
誰かから攻撃される事も無い。
あいつが守りたい生活ってやつを、あいつが何より大事に思ってる家族や友達と続けていける。
でも、俺があいつを思い出した途端に、それは全部がらがらと崩れちまうんだ。
あいつだけじゃなく、あいつの周りにまでそれは及んじまう。
お前だってそうだ、あきら。
美作だろうと、花沢だろうと、西門だろうと、大河原だろうと叩き潰される。」
「お袋さんか・・・?」
「毒でも盛ってやりてえよ。
毎日早くくたばっちまえって親を憎みながら生きてく虚しさと憤り、あきらには分かんねえだろ?」

そう言って、嘲り笑いを浮かべた司。
それを見ていて、俺はぞくりと寒気がした。
司の、牧野の、そして俺達の前に立ち塞がるものの大きさを初めて知ったから。

「牧野だけじゃなく、俺達も人質なのか?
司を『道明寺司』たらしめる為に?」
「まあ、そうなんだろうな。
だから忘れたことにしておくのが、一番あいつを幸せにしてやれる方法なんだ。
俺とは全く関係がないところにいるのが、何より安全なんだ。」

2人が共に人生を歩んで行くことが牧野と司の幸せなんだろうと思っていた時があった。
司が記憶を取り戻して、牧野のところに帰って来るのが、牧野の一番の望みだろうと想像していた。
だけどこんな残酷な答えしかないなんて。

ルームサービスが届けられて、ダイニングテーブルには料理が並んだが、2人とも食事をしたい気分になれなかった。

「牧野は気付いてる。
司の記憶が戻ってる事も、何らかの事情で会いに来られない事も。
もう2度と道明寺と歩く未来はないんだって。
そう言ってた。
高校を卒業する頃、姉ちゃんが東京に来て、牧野に会ったそうだ。
その時、『つくしちゃん、ごめんね。』とだけ言ったって。」
「姉ちゃん、勝手な事してくれたな。」
「でもその『ごめんね。』でお前の事に気付いたって言ってた。
だから、牧野は2年前から分かってるんだ。
それでも俺達の前では空元気で、儚く笑って。
今でもあのアパートに住んで、連日バイトに明け暮れてる。」
「そうか・・・。
謝りに行く事すら出来ねえな。
忘れた振りをしていると。」
「会えないならせめて電話だけでも掛けてやれないのか?」

そう言って、俺の携帯を取り出した。

「今ここからこの携帯で牧野に掛けても、俺が牧野に電話したという記録しか残らない。
これでなら話せるだろ?」

じっと携帯を見詰める司。
どれくらいの時間が流れたのか。
暫く互いに無言だった。

「やめとくわ。」
「何でだよ?」
「あいつの声聞いたら・・・
きっと俺は何も出来なくなる。
駄目になる。
あいつが電話の向こうで独りで泣くのかと思ったら・・・
電話なんか掛けらんねえよ。」

目を伏せて小さく笑ったのは、本当は胸の苦しさを隠す為。
司の気持ちが痛い程分かる。

「いつか誰かが来るだろうと思ってたけど。
あきらだったな。」
「・・・俺じゃ不満か?」
「ちょっと意外だったかもな。
でも誰が来てもおかしくないともどっかで思ってた。
あきらでも、類でも、総二郎でも。
だって、あいつは・・・、特別な女だろ。」

司にとって特別であるように、俺にとっても唯一無二の存在。
それが牧野つくしだ。

「・・・そうだな。」

でも牧野にとっての特別も、お前だけだったんだよ、司。
お前の事だけを直向きに愛してた。
もしかしたら今も心の奥にその気持ちを隠してる。

思った事は言えなかった。
言わなくても司は知っている。
知っているのに動けない。

「社に戻る。」

そう呟いて司は立ち上がった。
もっと話さねばならない気もするし、もう話すべき事はないような気もした。
ドアの前で振り返った司が、鋭い眼差しではなくて、切なそうに瞳を揺らしていたから、俺まで胸が苦しくなって、つい目を眇める。

「あきら、牧野を頼む。」
「司、本当に方法はないのか?
牧野と未来を歩む道を探せないのか?
牧野はきっと・・・」
「そんな道、この世のどこにもねえんだよ。
俺はこれからも忘れた振りをして生きてく。
いつか地獄に堕ちる日まで。」

俺の言葉を遮り、哀しそうにそう言い捨てて、司は部屋を出て行った。


__________



拙宅での野獣は、必ず不憫な扱いで(苦笑)
今回もとてもお気の毒な感じとなってます。
悪しからず。
この場面、もうすぐ21歳を迎える野獣とあきら・・・というコンビなのですが、NY州ではお酒は21歳からとなってるので、飲めないのです。
当初はお酒を飲みつつ・・・と考えていたのですが、こんな風になりました。

早くあきらとつくしでイチャついてる場面を書きたいんですけどー!
そこまでの道が長そうで怖いよお!
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粉雪舞い降りる君の肩先 3

大晦日と元日をパパとママのところで過ごして、あたしは直ぐに自分のアパートに戻ってきた。
何故なら塾のバイトが詰まって入っていたから。
受験生にとって、冬休みは最後の追い込みの時期だ。
その為にお正月返上で勉強する『正月特訓コース』なるものが設定されている。
街にはお正月ムードたっぷりの『春の海』がBGMとして流れていて、初詣や初売りに出掛ける人で溢れているのに、私達塾講師のバイト学生と受験生は塾の中で、朝から夕方迄びっちり授業だ。
この『正月特訓コース』は、ちょっぴり時給も上乗せになる。
まあ、休日返上して働くんだから、それくらいのベネフィットがあってもいいと思うけど。
勿論、教えている子供達みんな志望校に合格して欲しい!という思いがあるから、あたしも連日頑張れるんだ。

お正月休み中、美作さんからは何の連絡も無かった。
お休みを家族水入らずで過ごしているのだろうし、もしかしたら皆さんで海外に行っているかもしれない。
そこに電話やメールをしたら煩わしいかもしれないな・・・と思うと、あたしからも連絡しにくくて、何もしないまま過ごしてしまった。

学校が始まったら直ぐ会えるしね。

そう思って胸元の四つ葉のクローバーのチャームをそっと撫でる。
誕生日に「牧野に幸運を運んでくれますように。」と言って美作さんが贈ってくれた、あたしの大切な宝物。
それに触れては夢のような誕生日を思い起こし、また胸に仕舞って、一日一日を生きていく糧にしていた。

1月の4週目・5週目の2週間は、大学の後期試験期間だ。
休み明けの3週目は試験前最後の講義があり、先生によっては試験のポイントを教えてくれたり、総ざらいをすることがあるので出席必須となっている。
1日に1コマは美作さんと一緒になるから、今週からはきっと毎日会える。
そう思ってちょっとそわそわしていた。
講義の始まる前のざわつく階段教室の中程の席に座って、美作さんが来るのを待っていたら、ロングコートの裾を翻しながら入って来るのが見えた。
美作さんの登場を心待ちにしていた女子学生から、小さな声が上がるのも毎度の事だ。
あたしを見付けた途端に、そっと微笑みを浮かべてくれるから、あたしも嬉しくなって笑い返した。
とんとんとん・・・と階段を軽やかに駆け上がって、あたしの隣にすっと自然と腰を掛ける。
ちょっと抑えめの声で「明けましておめでとう、牧野。」って言ってくれたから、あたしも「明けましておめでとう、美作さん。元気だった?」と返した。

「ん・・・ ちょっと忙しかったかな。」
「あー、やっぱりそうなんだ。
双子ちゃんもお休みだから、きっと毎日お兄ちゃま、お兄ちゃまって甘えてるだろうし。
もしかしたらお正月は海外で・・・とかかな?って思ってたんだ。」

そこでほんのちょっとだけ間が空いた。
美作さんが真面目な顔してぱちぱち瞬きしているのを、睫毛がぱさりぱさりと音をたてていそう・・・なんて思いながら見詰める。
双子ちゃんの様子や、どこでお正月休みを過ごしたのかを聞かせてくれるのかな?と思ったけれど、逆に質問された。

「牧野は? 牧野は何してた?」
「え? 毎日バイトだよ。
塾講師はこの季節は忙しいんですー。」
「ああ、そうか・・・。」

そう言って表情を緩めた美作さんに見惚れそうになった時に、教授がぷちんと音をたててマイクのスイッチを入れ、講義が始まった。
慌てて前を向きつつ、頬っぺたが赤くなっていませんように・・・と願いながら、そっと手で押さえる。
教授の声がちゃんと耳に届くようになるまで、暫く時間が掛かった。

後期の講義内容をざっと振り返った90分が終わったら昼休みで。
「牧野、昼飯どうする?」と美作さんに聞かれた。

「ラウンジに行ってみる?
もしかしたら桜子がいるかも。
ほら、クリスマス以来会ってないし。」
「そうだな。そうするか。」

教室を出て、廊下を抜けて、建物の外に出た。
ラウンジがある創立記念館までは歩いてすぐなのに。
美作さんはすかさずあたしの右手を握って、コートのポケットに入れてしまう。
周りの人の視線が、あたし達に集中しているような気がしてしまって。
つい俯き加減で歩いた。
2人きりの時に手を繋がれるのでも照れてしまうのに、キャンパスでは尚更だ。
沢山の人に見られたらどんな詮索をされるかと思うと、身体が勝手に縮こまっていく。

「牧野?」
「え? あ、うん? 何?」
「手、離して欲しい?」
 
すぐに返事を返せなかった。
手を繋がれるのが嫌なんじゃない。
でも・・・

「美作さんが誤解されちゃうよ・・・」
「気にしない、そんな事。」
「桜子が揶揄って来るかも・・・」
「それこそ全然気にならないな。」

美作さんがふふふ・・・と小さく笑いを零す。
美作さんにとって大したこと無くても、あたしにとっては一大事なのに。
周りの好奇の目に晒されながら着いたラウンジには、予想に反して誰もいなかった。
取り敢えず、桜子にあれこれ言われないで済んでほっとする。
ランチが届く迄と食べている間、来週からの試験の事をあれこれ話した。

「まあ、牧野は俺のアドバイスなんか要らないだろうけど。
復習してて分からない所あったら相談しろよ?」
「うん、ありがと。」
「今年も総長賞狙ってるんだろ。
凄いよな。俺まで鼻が高くなる。」
「どうして美作さんの鼻が高くなるのよ?」
「んー、どうしてかな?
自分の事のように誇らしいんだよなぁ。」

そう言って微笑まれたら、言葉に詰まる。
そして何故だかちょっと泣きたくなる。
総長賞と言うのは、高校の学年成績トップ3迄の生徒と、大学の学科毎のトップの学生に与えられる賞で、副賞として1年間の学費免除の特典がある。
高校3年の時の成績が良くて、大学にはそのまま進むことを許されて、1年生の時の学費も払わないで済んだ。
そのままここに居続けるには、毎年学科で一番いい成績を取り続けるしか方法が無かった。
ただそれだけの事だ。

「・・・貧乏だから学費免除してもらいたいだけだよ。」
「それにしたって、努力を積み重ねた上で勝ち取ってるんだ。
凄いことだよ。
来年度は就活も始まるだろ。
夏にはどこかの会社にインターンシップに行くだろうし。
毎年総長賞受賞だなんて、とんでもないアドバンテージになる。
きっと引く手数多だなぁ。」
「そんなの、まだ分かんないよ。」
「美作も選択肢に入れてもらえたりする?」
「え?」
「夏休みのインターンシップ。
美作商事も候補に入れてもらえますか、牧野つくしさん?」
「今から青田買いする気?」
「だって英徳の学科成績1位を連続で取ってる学生なんて、欲しいに決まってるだろ。」
「だから、まだ試験も受けてないんだから、もう一度1位になれるかも分からないでしょ。それに・・・」
「類からも声掛けられてる?」
「まあ、そうだけど・・・
類だけじゃなくて、滋さんも同じ様な事言ってた。」
「ふふふ。俺達は牧野の事が好き過ぎるな。」

そう言って愉快そうに笑った。
美作さんも、類も、滋さんも、皆あたしの大切な友達。
だけど学生じゃなくなったら、その立場は今迄以上にがらりと変わる。
皆は経営サイドに立つ人になる。
あたしはどこに行ったって、ただの雑草だ。
友達と自分の間の、絶対に越えられない壁を常に感じる職場で働くよりも、誰とも関係ない会社に入る方が、あたしにとってはつらくないんじゃないのか・・・という気がしていた。

「とりあえず、目の前の試験を頑張らないと。
そうしないと総長賞だって幻に終わっちゃうし。」
「牧野なら大丈夫だよ。」
「何を根拠にそんな事・・・」
「日々の頑張りを見てる俺が言ってるんだから。
間違いない。
牧野は大丈夫だ。」
「・・・そうかな?」
「大丈夫。心配いらない。
それに、四つ葉のクローバーが牧野に幸運を運んでくる筈だから。」

その声に導かれて、胸元を指で探る。

「これ、ホントにホントに気に入ってて。
毎日してるよ。
ありがとう、美作さん。」
「うん、良く似合ってる。」

そう言って笑い掛けてくれた美作さんだったけれど、どうしてか少し影があるような微笑みに見えて。
忙しくて疲れているのかな?という考えがちらりと頭を過ったけれど。
正面からじっと見詰められて、恥ずかしくなってしまったあたしは、照れ笑いを浮かべて顔を伏せ気味にして、その場をやり過ごしてしまった。

道明寺がいなくなってからずっと、自分がこれ以上傷つかないように、心をわざと鈍らせて生きていたから、あたしは小さなサインを見逃してしまったのだ。
美作さんがNYに行った事。
道明寺と会った事。
「牧野を頼む。」と言われて帰って来た事。
そしてそれを全部胸に秘めた美作さんが独りで苦しんでいた事。
何も気付かずに目の前の事ばかりに気を取られていた。
鈍感、鈍感と昔から言われていたけれど。
今迄だってその鈍さが人を傷付けてしまう事を繰り返して来たのに。
そこから何も学ばずに、大切な人を知らず知らずのうちに苦しめていたと気付くのは、もっと後の事だった。


__________



「Call my name」のつくしばっかり書いていたので、このお話のつくしのテンポが思い出せず。
手探りしつつ書いてますf^_^;

あき誕も目の前ですね・・・
お誕生日SSはまだ手もつけていません!
ピンチ、ピンチー。
27日23時~、恒例のお誕生日チャット会開催予定です。
今回もLINEのオープンチャットを開放しようと思っています。
土曜日~日曜日のチャット会なので、良かったら遊びに来て下さいね!

花粉が本格化してきてヤバいです。
鼻の下がガビガビです( ; ; )


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粉雪舞い降りる君の肩先 4

衝動的にNYへ飛び、司の本心を聞いてしまった俺は、余計にどうすればいいのか分からなくなった。
牧野には言えない。
NYへ行った事も、司に会った事も、司が記憶を取り戻してはいたが忘れた振りをし続けている事も。
その理由が自分を護る為だと、そのために司が己を押し殺して日々を過ごしている事を知ったら・・・
牧野がもっと苦しむだろう事は明白だ。
当の司が死ぬ迄忘れた振りをして生きていくと決めているのに、俺が勝手にそれを暴露するのも間違っているだろう。
じゃあどうする?
今までと同じように振る舞う以外にない。
だけど、そうするには俺は重たい物を飲み込み過ぎていた。

このままでは牧野はずっと同じ場所に立ち止まったままだ。
俺が強くならないといけない。
重たい物を抱えていても、何食わぬ顔で立てるように。
牧野を新しい場に進ませる為に、力強い手を差し出せるように。

頭では分かってる。
でも一朝一夕に人は変われない。
素知らぬ振りをするだけで精一杯だった。

休み明けに久しぶりに顔を合わせた牧野は、いつもと変わりなく淡く微笑んでた。
ひとつだけ違うとすれば、胸元に俺のプレゼントした四つ葉のクローバーのチャームが揺れているところだ。
かつてそこには司が牧野の為に特注した土星のチャームがあった。
牧野がそれを身につけなくなったのはいつの事だったろう?
俺はそれを覚えていなかった。
気付いた時には既にそこは空席だったのだ。
いつか俺の想いを込めたものを贈りたいと思い始めた時には、もう心は牧野に向かっていたのだと思う。

値段が高過ぎず、牧野が『友達』からのプレゼントとして受け取ってくれる程度の品で、それでいて俺の想いを伝えられるものを探すのは本当に難しくて。
この四つ葉のクローバーのチャームを見つけた時は、これしかない!と思ったんだ。
それを牧野が愛おしそうに指先で辿る仕草。
まるで俺にそっと触れてくれているかのように錯覚する。
嬉しいのに胸が切なく軋んで。
幸せなのにどこか後ろめたい。
どうしても手放しで喜べない俺がいて、それを牧野に悟られまいとして必死に笑顔を作った。

1月の末まで後期の期末試験があり、それが終われば2ヶ月の春季休暇に突入する。
今迄はキャンパスに行きさえすれば毎日どこかで顔を合わせることが出来たけれど、これからはそうそう会えなくなる。
4月になれば、3年次に進み就職活動も始まる牧野と、4年次になって大学に来るのはほぼゼミと卒論指導の時だけになる俺。
きっとこれまでと同じ様にはいかなくなる。
それをどう乗り越えたらいいか、妙案は浮かんでいなかった。
昔のように満面の笑みを浮かべる牧野を少しでも取り戻したくて、期末試験が始まる前に『結果が出るのは先だけど、試験が終わったらそれまでの頑張りを労う打ち上げをしよう。』と持ち掛けた。
試験の最終日はバイトを入れずに空けておいて欲しいと。

「うん、いいね!
試験から解放されて、パーっとお祝い。
あたし、それを励みに頑張る!」

そう言って嬉しそうに微笑んだ牧野に、俺は心底ほっとして、緊張しがちだった身体が少し軽くなり、胸には温かな気持ちが溢れた。

1月最後の金曜日。
晴れが続いてた東京には、久し振りに朝から冷たい雨が降っていた。
全ての試験を終わらせて外に出てみたら、雨は霙まじりの雪に替わっていた。
地熱があるからアスファルトの上に積もる事はないけれど、白い雪がどんどん降って来るのは寒さを呼ぶ。
その冷気に首を縮こまらせながらも、肩の荷を下ろしたような開放感を感じつつ足を踏み入れたラウンジ。
だけどそこには、牧野と俺しかいなかった。

「あれ? 美作さんとあたしだけ? 皆は?」
「・・・ドタキャンらしいぞ。」

類、総二郎、桜子にも勿論声を掛けていた。
皆から色よい返事を貰っていたのに、3人揃って当日キャンセルの連絡をしてくる。
携帯の画面を睨みながら、してやられた・・・と思った。

「え? 3人とも? どうしたんだろ、皆・・・」

そう言って自分の携帯をチェックしている牧野。

「類は寒いし眠い・・・だって。雪の中わざわざ家から出たくないって。
西門さんは・・・ 女の子と雪見デート入っちゃったからまた今度って書いてある。全くもう・・・。
桜子は『お花のお稽古が入っていたのを失念しておりました。もうすぐ大きな展覧会があるのでお休みできません。すみませんが、今日は皆さんと楽しんでいらして下さい。』だって。
ちょっと皆自由過ぎるよねえ。」

牧野が読み上げているのは、俺の携帯に届いているメッセージとは違う文面だ。
担がれたとは全く思わないらしい牧野が、そう言って苦笑いしている。

「どうする? 皆の都合聞いて仕切り直すか?」
「えー? 今日を楽しみに頑張って来たのに!
何か美味しい物食べに行こうよ、美作さん。
できれば、あたしのお財布の中身でも間に合うお店が有り難いけど・・・
もしかして、もうお店予約してたりした?」
「いや、どうせあいつらがその時の気分で食べたい物選ぶだろうと思って、どこも予約はしてないんだ。」
「じゃあさ、今日はあたしの行きたいお店でもいい?」
「勿論。」
「ちょっとね、1人では入りにくいなーと思ってたお店があるの!
そこに行こう!」

建物の外に出てくると、日の入りが迫っていて、辺りは更に薄暗くなっていた。
キャンパスの中は雪のせいで既に人の姿はまばらで、皆傘を差して足早に歩いている。
俺と牧野もそれに倣って駐車場まで少し速足で歩いた。 
車のボンネットには薄らとシャーベット状の雪が載っていて、いつもより寒そうに俺と牧野を待っている。
その車に乗り込み、エンジンを掛け、ワイパーで視界をクリアにした。

「ちょっと暖まってから運転するんでいいか?」
「うん。」

そう断って、牧野の右手を握った。
さっきはお互い傘を差していて、その手を取れなかったから。
牧野は『ちょっと暖まって』の意味を深く考えてはいなかったんだろう。
自分の手を握られてびっくりしている。
でもされるがままになっているのをいいことに、俺はその手をもっとこちらに引き寄せた。

俺がこの手を、そしてこの手の持ち主の牧野を護りたい。
牧野が胸を痛めていることを忘れさせ、その苦しみから救い出したい。
その為に俺は強くなりたい。

そう思いながら、やんわりと嫋やかな小さな手を握る。
さっきまであれこれ話していた牧野が途端に口を噤むから、そっと顔色を窺った。
手を取ると緊張するって事は、少しは男として意識されているんだろう・・・と自惚れている。
本当に嫌だったら、振り解いて距離を取っている筈だ。
総二郎への激しい拒絶っぷりを思い出してみても、それとは違う牧野が俺の手の中にはいる。
逆に類には何されても、この照れ屋な牧野は平然としてるけれど。
2人の間には、他人には侵し難い信頼が流れていて、牧野は類が何をしても許してしまう。
それを見てると思う事がある。
ソウルメイトっていうのは、本当にあるのかも知れないって。
性別も、見た目も、境遇も全く違う2人がこんな風に通じあうのは、生まれる前から出会う事が決まっていて、互いの魂が引き付け合って各々を必要としてるからじゃないかって。
そんな類に穏やかじゃない気持ちを持つこともある。
だけどきっと・・・
俺だけの居場所が牧野の傍にあることを願って、俺はその手を握り締める。

「こうしてる方が温かいって思わない?」
「・・・美作さんの手はいつだって温かいよ。」
「そうか?」
「そうだよ。」
「でも今日はすごく寒いな。」
「うん、ホントに。午後はずっと雪だったもんね。」

2人きりの空間で、手を繋いで、ぽつりぽつりと言葉を交わす。
俺にとって幸せなこんな時間も、牧野にとってはどうなんだろう・・・と気になってしまう。

「で、今日行きたい所はどこ?」
「えーっとね・・・ 携帯見てもいいかな?」
「うん。」

簡単に解けていく手。
その手で牧野がバッグから携帯を取り出して、行きたい店を検索している。

「あ、ここなの!」

見せられた住所をナビにセットして、ひとつ深呼吸してから、俺は雪降る夜道に車を発進させた。


__________



まったりまったり展開・・・
これがこの話のテンポだったかも・・・と思い出しつつ書いております、管理人でございます。

暖かい日があったり、日が落ちたらぐっと冷えたり。
冷たい風がぴゅーぴゅー吹いたり。
お天気が気紛れですね。
このお話を書くためには、雪を見たいところなんですが・・・
叶わないかもなー。


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粉雪舞い降りる君の肩先 5

雪がフロントガラスにぶつかって、滑り落ちていくのを見ていて心配になったのか、牧野が尋ねてきた。

「美作さん、車の運転、雪降ってても大丈夫なの?」
「ああ、全然積もってないし。
タイヤも一応スタッドレスって言って、雪道でも走れるものに交換してあるから。」
「ふうん、東京に住んでてもそんなの必要なんだ。」
「冬場は寒い日に道路が凍結するかもしれないだろ?
だから念のためにな。」
「そうなんだ・・・。」
「明日から休みだから、どこか遠くにドライブ・・・なんて時にも、スタッドレスの方が安心だし。」
「へえー。美作さん、どこ行くの?」
「どこ行きたい?」
「え? あたし?」
「そう、牧野が行きたい所に連れてくよ。」
「・・・分かんない。思ってもみなかったから・・・。」
「じゃあちょっと考えといて。」
「・・・うん。」

もしかしたら、2人でどこかに遠出できるかもしれないと思うと、身体の中で心臓がどくんと音を立てる。
自然とハンドルを握る手に力が籠った。

牧野が指定した店のすぐ近くにコインパーキングの空きがあったので、車はそこに停めることにした。
車を降りた時には既に雪ではなく雨が降っていて、少し残念な気持ちになる。
牧野と2人、のんびりと降りしきる雪を見詰める・・・なんて乙女チックな事を、どうやら俺はしたかったようだ。
傘を差して歩くことほんの1分程で、牧野お目当ての店に着いた。
そこはこじんまりとしたヨーロピアンテイストのカフェレストランで。
内装も使われている家具も、どこか双子達の持っているドールハウスを思わせるような雰囲気。
案内された席のしっとりとした手触りのベルベット張りのチェアに座って、周りをそれとなく見渡していると、牧野が話し出した。

「ここね、外から見てて素敵だなあって思ってたんだけど・・・
落ち着いた雰囲気だから、1人で気軽にお茶しに入るって出来なくて。
いつか来たいなあって思ってたの。
それにさ、美作さんならこういう感じ、似合うし。」
「俺、似合うか?」
「お家ではもっとフリフリーでキラキラーな感じの中にいるじゃない。」
「あれは俺の趣味じゃないぞ。」
「それは知ってるけど。」

くすりと小さく牧野が笑う。
それだけで心臓にきゅうっと甘い痛みが走る。
2人でメニューを吟味して、牧野がちょっと高い・・・と尻込みしているコースメニューを2人前注文してしまった。
折角の打ち上げなんだから、好きなものを食べよう・・・と言いくるめて。
というか、ディナーでこの価格は安すぎる位だ。
牧野が予算オーバーしている分は何か理由をつけて俺が払ってしまえばいい。
前菜のサラダ、ベーコンと玉ねぎのキッシュ、メインは肉か魚かを選ぶようになっていて、2人ともその日のおすすめ料理だったスズキのポワレにした。
デザートはショコラのムースに苺が添えられたプレート。
それに食後のコーヒーと、牧野にはミルクティーを頼んだ。

「美味しいねっ!」

一口食べる毎に嬉しそうにしている牧野を目の当たりにして、こちらも嬉しくなる。

「お料理だけじゃなくて、パンも美味しい!」
「本当にそうだな。焼き立てだ、これは。」
「良かったあ、美作さんも美味しいって食べてくれて。」
「牧野の見る目が確かだったんだよ。」

そんなタイミングでまた焼き立てのパンを籠に入れて持って来てくれるものだから、2人ともついお代わりを貰ってしまった。

「これは・・・食べちゃうよね。」
「そうだな。
料理が無くてもパンだけでいけちゃうな。」
「あーん、ヤバい。
お料理も食べたいのにパンも進んじゃう!」
「両方食べたらいいだろ?」
「お腹には限界あるの!」

目の前にとても『牧野らしい牧野』がいる。
昔の牧野みたいな朗らかさ。
それが嬉しくて、つい牧野に見惚れてしまう自分がいた。
俺の視線に気付くと恥ずかしそうに俯くところまでも、こちらの胸を高鳴らせる。

「明日から2ヶ月も休みだろ?
牧野は何するんだ?」
「んー、塾とカテキョのバイトはいつも通りあるから・・・
普段学校行ってる間は何しようかなぁ?
去年はどうしてたんだっけ?
あ、昼間は短期の日払いのバイト入れてたんだ。」
「これ以上働く気か?」
「うーん、だってもし授業料免除にならなかったら大変だから・・・
休みの間に貯えておかないといけないんだよ。」
「そういう時は奨学金とか、他にも手立てがあるだろ?
今迄の実績があればきっと・・・」
「奨学金って、給付型のものは少なくて。
大部分は貸与型なんだ。
それは結局返さないといけないし。
有利子のものしか審査通らなかったら、更に返す金額に上乗せされちゃうから。
やっぱり働いておくのが無難なんだよ。」

俺に気を遣わせまいと軽い調子で話しているけれど。
こういう時に牧野から線を引かれている気がする。
牧野が望めば俺だって類だって総二郎だって、いくらでも手を差し伸べる事は出来る。
でも牧野は絶対にそれだけは良しとしないんだろう。
自分の力でどうにかしないと・・・と思ってる。
俺達から金を借りるだとか援助を受けるだなんて、牧野の辞書にはないのだ。

「あまり働き過ぎないで欲しいな。
俺は牧野の身体が心配だよ。」
「大丈夫、大丈夫。
だってあたし、丈夫だけが取り柄の雑草だよ。」
「だから、俺にとっては牧野は、綺麗に咲いてる一輪の花だって言ったろ。
花は日が当たらずに寒かったら凍えるし。
水や栄養が無かったら萎れるよ。」
「そんなんじゃないよ、あたしは・・・。」
「なあ、牧野。
俺と約束してほしい。
土曜と日曜は完全にバイトは休みにするって。」
「どうして?」
「だって俺と会う日が無くなるだろ?」
「え・・・?」

ぱちぱちと瞬きしながら俺を見詰める瞳も。
ほんの少しだけ開いたまま動きを止めてしまった柔らかそうな唇も。
全部全部今すぐ俺のものになればいいのに。
このまま2人きりの世界へ攫ってしまえたらいいのに。

「2人で車でどこか行こうって、さっき話したろ?」
「あ・・・、うん。」
「バイトばかりになったらそれも叶わなくなる。
だから土日は絶対に休日にすること。」
「完全週休2日制?」
「そう、それ。」
「ん・・・、分かった。それも考えとく。」

ダメ押しで、俺はまた当然のように牧野の右手を掴まえる。
テーブルの上で重なる手と手。
牧野はぽっと頬を染めて、何か文句を言いたいのを堪えてるみたいに唇をきゅっと固く結んでいる。

「考えとく・・・じゃなくて、約束。」
「分かった・・・。」
「あー、良かった。
牧野とのデートの約束取り付けられて。」
「デ、デートっ?」
「今だってそうだろ?
こんな可愛らしい店で2人きりで食事して。
テーブルの上で手を握り合って。
どう見たってデートだ。」
「えええ? だ、だって、これは試験が終わった打ち上げで・・・
手は美作さんが勝手に握ってきたんであって・・・」

牧野の過剰反応に、内心傷付いてる。
でも素知らぬふりして「冗談だよ。」と笑い飛ばした。
それ以外のリカバリー方法が思い付けないから。
「もう揶揄わないでよっ!」と頬を少し膨らませる牧野を見て、俺は更に落ち込むのだ。
俺が欲しているものは永遠に手に出来ないのかもしれないと思ってしまって。

牧野がまた俺との間に線を引く。
これ以上はあたしに近付かないで・・・、あたしの心に踏み込まないで・・・と、暗に言われている気がした。


__________



久し振りに食べ物ネタにしてしまいました。
いやあ、フレンチとか久しく食べに行ってないね( ;∀;)
お話の中だけではせめてマスクをしなくてもいい、ステイホームしなくてもいい日常を書いていたいです。

焼き立てパンって止まらないよね。
ホームベーカリー持ってるんですけど。
焼けるとどんどん食べたくなって危険なので、焼くのが怖い・・・
だってほっかほかのふーわふわのパン、美味し過ぎるんだもん・・・

連日、過去作品への沢山の拍手、有り難うございます(^○^)
励みになります!

あき誕チャット会会場へのご案内は、明日UPする予定です。
27日23時~28日1時位の開催を考えています。
良かったら遊びにいらして下さいね!
宜しくお願いします!


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