総二郎が結婚した。
西門と古くから付き合いのあった旧家の一人娘だという、整った容姿の女と。
旧友の披露宴だというのに、司と類は現れなかった。
来られない程の仕事を抱えているのか、遥か彼方で足止めされているのか、俺には何の連絡もない。
新郎友人のテーブルは、俺と牧野と桜子と、後は顔見知りではあるけれど挨拶を交わす程度の付き合いしかない同年代の男女で埋められていた。
そんな中でも牧野は異色だった。
かつて英徳の中に居た時のように。
牧野だけが名も無き家の出で。
テーブルの他の奴等の無遠慮な視線を浴びていた。
牧野のドレスとメイクは桜子の見立てで、どこに出しても恥ずかしくない程に仕上がっているし。
テーブルマナーだって完璧。
桜子と2人で談笑する様はつい目を細めたくなる程だ。
なのに誰もが『あの牧野つくしだ』とちらちら様子を窺っている。
『あの道明寺司を惑わせた女』。
『あの道明寺司に捨てられた女』。
言葉にせずとも、奴等の視線にはそんな意が込められているのが感じられた。
その中で牧野はそんな視線の数々を全く意に介さず、微笑みを浮かべつつ総二郎を祝福する為にグラスを掲げ、美味そうに食事をして、程々に酒を飲んでほんのりと頬と目尻を赤らめ、そして宴の終盤に「はぁ・・・」と深く溜息を吐いた。
「どうした? 疲れたか?」
「え? ううん。ただ・・・」
そう言って、遥か遠くの高砂の上にいる総二郎の方を見遣った。
「西門さんは大変だなぁって。
だってこの会場の中、何百人ってお客さんがいるんでしょ?
それに、今日だけじゃ終わらなくて、他のお客さんの為にもう一度披露宴するんでしょ?
F4が凄いのは知ってたつもりだったけど。
こんなのあたしの想像以上だよ。」
他人に聞かれないようにする為か、俺の方にそっと身体を寄せてそう呟いた牧野。
最後に俺の方に顔を向けて、くすっと小さく笑ったその表情に、俺の視線が絡め取られた。
牧野ってこんな顔する女だったか?
こんなに艶っぽい笑い方するなんて、今迄知らなかった。
高校の頃から見てきたじゃじゃ馬で強気な雑草牧野じゃない。
大人になって美しく花を咲かせた牧野がそこにはいた。
宴がお開きになって、気心の知れた3人で飲み直そうか?と提案したのは俺。
だけど桜子は、「ちょっと祖母の体調が不安定なので今夜はここで失礼します。」と言って帰ってしまった。
「美作さん、先輩をきちっと部屋まで送って行って下さいね。
こういう場に放置すると、フラフラして危ないんです、先輩は。」なんて言い置いて。
「あたしはちゃんとしてますー!
全然フラフラなんてしてないでしょ!
全く、桜子はあたしの事何だと思ってるのよ。
あたしももういい大人だっつーの!」
ちょっと唇を尖らせて抗議してるけれど、桜子の言わんとしている事は分からないでもない。
こんな綺麗にドレスアップして、酒も入ってる牧野を1人にするなんて、狼の群れの前に羊を置き去りにするようなものだろう。
本人に自分が『羊』だという自覚もないのだ。
ロビーで桜子を見送ってから、最上階のラウンジの景色のいい席に陣取って、2人で煌めく夜景を見ながらあれこれと話をした。
「あの西門さんが結婚ねぇ。
もう悪さしないといいんだけど。」
「結婚してから悪さをしない為の放蕩三昧の日々だったんじゃないのか?
人目も立場もあるんだ。きっと落ち着くさ。」
「そうだといいけど・・・
って言うか、そうじゃないと困るよね!
お嫁さんの事、幸せにしてあげて欲しいなぁ。」
総二郎の家の内情を知っている俺としては、これ以上の言葉を重ねられない。
家元が家元夫人との間に3人の息子を生した後、家庭を顧みなくなった事は公然の事実だった。
そんな中で育った子供らが何も感じない訳はない。
家を継ぐべき長男の祥一郎さんは医師になって出て行ってしまったし、急に重荷を背負わされた総二郎はあんな風に捻くれた性格になってしまった事も俺はよく分かっていた。
総二郎はきっと自分の親と同じような道を辿るのだろうと思ってしまう。
そして、いつか生まれてくるであろう総二郎の子供もまた、そんな家に生まれて、全てを手にしながらも心は満たされずに苦しむのかも知れない。
出来ればそんな事にはならないで欲しいけれど・・・
「美作さんは?」
「ん?」
「結婚。
西門さんがそういうお年頃ってことは、美作さんもでしょ?
もしかしてもう決まってたりして?」
「お年頃って・・・。
それを言うなら牧野もだろ。
結婚してもいいって思えるような男、いないのか?」
「ぜーんぜん!
あたし、出会いがないんだよねー。」
あっけらかんと笑ってるのが、目の前のガラス窓に映ってる。
「恋愛とか、よく分かんなくて。
恋愛問題の大家の美作さんに弟子入りしよっかな?」
「何だよ、それ?」
「ほら、酸いも甘いも噛み分けた・・・みたいなさ。
経験豊富でしょ?
ねえ、恋ってどうやって始めるの?」
恋なんてその気になればいつだって始められる。
自分の気持ち次第だ。
「まず気になる相手を見付けるところからじゃないのか?」
「だから、そういう人に出会わないの!」
「そりゃ牧野に恋したいって気持ちが無いんだよ。」
「・・・えー?」
「『恋人募集中!』って札を首から下げてるような女性に魅力は感じないけど。
『恋愛全然興味ありません』って背中に書いてあるような女性にも、敢えて手を出そうとする物好きはあまりいない。」
「・・・書いてないし!」
「勝手に滲み出るものなんだよ。」
「勝手に読み取らないでよ!」
牧野の必死な声音が可笑しくて、つい笑ってしまった。
「んー、じゃあ、レッスンその1。
10秒真面目な顔して俺と見詰め合って。
それから力抜いてにっこり笑い掛ける。
やってみせて。」
「えー?」
「弟子入りするんだろ?」
「美作さんみたいな真似、あたし出来ないよ。」
「出来ないから練習するんだ。
ほら、牧野、こっち向け。」
俺の声に導かれて、つい・・・と牧野が俺の方に顔を向けて、ぱちりぱちりとゆっくり瞬きした。
薄く開いた唇から、ふうっと吐息が吐き出され・・・
こちらの心臓がどきりと鳴った瞬間、目の前でふわりと表情が崩れた。
優しげな、だけどちょっと泣き笑いにも見えるような、目尻の下がった笑い顔。
それに目が釘付けになった。
_________
このところ総二郎のお話を書いていたら、不意にあきらのお話が書きたい欲がむくむくと。
それも「粉雪」じゃないネタで書きたいと思ってしまいました^^;
「粉雪」書けって!
書いた事ないから、不倫の話を書いてみたい!と思ったけど・・・
つくしと誰が結婚してんの?
で、誰と不倫するの?
それってW不倫なの?
とか、どうしたらいいのか分からなくなってしまったので、不倫は諦めて。
この話を書きました。
総二郎結婚ネタって(苦笑)
総さんにこっぴどく怒られそ。
あと1話続きます。
お陰様でやっと元気になって来ました。
お見舞いのお言葉、ありがとうございます。
って、気付いたら新年明けて10日も経ってた。
時間の流れがおかしいよー!

ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
西門と古くから付き合いのあった旧家の一人娘だという、整った容姿の女と。
旧友の披露宴だというのに、司と類は現れなかった。
来られない程の仕事を抱えているのか、遥か彼方で足止めされているのか、俺には何の連絡もない。
新郎友人のテーブルは、俺と牧野と桜子と、後は顔見知りではあるけれど挨拶を交わす程度の付き合いしかない同年代の男女で埋められていた。
そんな中でも牧野は異色だった。
かつて英徳の中に居た時のように。
牧野だけが名も無き家の出で。
テーブルの他の奴等の無遠慮な視線を浴びていた。
牧野のドレスとメイクは桜子の見立てで、どこに出しても恥ずかしくない程に仕上がっているし。
テーブルマナーだって完璧。
桜子と2人で談笑する様はつい目を細めたくなる程だ。
なのに誰もが『あの牧野つくしだ』とちらちら様子を窺っている。
『あの道明寺司を惑わせた女』。
『あの道明寺司に捨てられた女』。
言葉にせずとも、奴等の視線にはそんな意が込められているのが感じられた。
その中で牧野はそんな視線の数々を全く意に介さず、微笑みを浮かべつつ総二郎を祝福する為にグラスを掲げ、美味そうに食事をして、程々に酒を飲んでほんのりと頬と目尻を赤らめ、そして宴の終盤に「はぁ・・・」と深く溜息を吐いた。
「どうした? 疲れたか?」
「え? ううん。ただ・・・」
そう言って、遥か遠くの高砂の上にいる総二郎の方を見遣った。
「西門さんは大変だなぁって。
だってこの会場の中、何百人ってお客さんがいるんでしょ?
それに、今日だけじゃ終わらなくて、他のお客さんの為にもう一度披露宴するんでしょ?
F4が凄いのは知ってたつもりだったけど。
こんなのあたしの想像以上だよ。」
他人に聞かれないようにする為か、俺の方にそっと身体を寄せてそう呟いた牧野。
最後に俺の方に顔を向けて、くすっと小さく笑ったその表情に、俺の視線が絡め取られた。
牧野ってこんな顔する女だったか?
こんなに艶っぽい笑い方するなんて、今迄知らなかった。
高校の頃から見てきたじゃじゃ馬で強気な雑草牧野じゃない。
大人になって美しく花を咲かせた牧野がそこにはいた。
宴がお開きになって、気心の知れた3人で飲み直そうか?と提案したのは俺。
だけど桜子は、「ちょっと祖母の体調が不安定なので今夜はここで失礼します。」と言って帰ってしまった。
「美作さん、先輩をきちっと部屋まで送って行って下さいね。
こういう場に放置すると、フラフラして危ないんです、先輩は。」なんて言い置いて。
「あたしはちゃんとしてますー!
全然フラフラなんてしてないでしょ!
全く、桜子はあたしの事何だと思ってるのよ。
あたしももういい大人だっつーの!」
ちょっと唇を尖らせて抗議してるけれど、桜子の言わんとしている事は分からないでもない。
こんな綺麗にドレスアップして、酒も入ってる牧野を1人にするなんて、狼の群れの前に羊を置き去りにするようなものだろう。
本人に自分が『羊』だという自覚もないのだ。
ロビーで桜子を見送ってから、最上階のラウンジの景色のいい席に陣取って、2人で煌めく夜景を見ながらあれこれと話をした。
「あの西門さんが結婚ねぇ。
もう悪さしないといいんだけど。」
「結婚してから悪さをしない為の放蕩三昧の日々だったんじゃないのか?
人目も立場もあるんだ。きっと落ち着くさ。」
「そうだといいけど・・・
って言うか、そうじゃないと困るよね!
お嫁さんの事、幸せにしてあげて欲しいなぁ。」
総二郎の家の内情を知っている俺としては、これ以上の言葉を重ねられない。
家元が家元夫人との間に3人の息子を生した後、家庭を顧みなくなった事は公然の事実だった。
そんな中で育った子供らが何も感じない訳はない。
家を継ぐべき長男の祥一郎さんは医師になって出て行ってしまったし、急に重荷を背負わされた総二郎はあんな風に捻くれた性格になってしまった事も俺はよく分かっていた。
総二郎はきっと自分の親と同じような道を辿るのだろうと思ってしまう。
そして、いつか生まれてくるであろう総二郎の子供もまた、そんな家に生まれて、全てを手にしながらも心は満たされずに苦しむのかも知れない。
出来ればそんな事にはならないで欲しいけれど・・・
「美作さんは?」
「ん?」
「結婚。
西門さんがそういうお年頃ってことは、美作さんもでしょ?
もしかしてもう決まってたりして?」
「お年頃って・・・。
それを言うなら牧野もだろ。
結婚してもいいって思えるような男、いないのか?」
「ぜーんぜん!
あたし、出会いがないんだよねー。」
あっけらかんと笑ってるのが、目の前のガラス窓に映ってる。
「恋愛とか、よく分かんなくて。
恋愛問題の大家の美作さんに弟子入りしよっかな?」
「何だよ、それ?」
「ほら、酸いも甘いも噛み分けた・・・みたいなさ。
経験豊富でしょ?
ねえ、恋ってどうやって始めるの?」
恋なんてその気になればいつだって始められる。
自分の気持ち次第だ。
「まず気になる相手を見付けるところからじゃないのか?」
「だから、そういう人に出会わないの!」
「そりゃ牧野に恋したいって気持ちが無いんだよ。」
「・・・えー?」
「『恋人募集中!』って札を首から下げてるような女性に魅力は感じないけど。
『恋愛全然興味ありません』って背中に書いてあるような女性にも、敢えて手を出そうとする物好きはあまりいない。」
「・・・書いてないし!」
「勝手に滲み出るものなんだよ。」
「勝手に読み取らないでよ!」
牧野の必死な声音が可笑しくて、つい笑ってしまった。
「んー、じゃあ、レッスンその1。
10秒真面目な顔して俺と見詰め合って。
それから力抜いてにっこり笑い掛ける。
やってみせて。」
「えー?」
「弟子入りするんだろ?」
「美作さんみたいな真似、あたし出来ないよ。」
「出来ないから練習するんだ。
ほら、牧野、こっち向け。」
俺の声に導かれて、つい・・・と牧野が俺の方に顔を向けて、ぱちりぱちりとゆっくり瞬きした。
薄く開いた唇から、ふうっと吐息が吐き出され・・・
こちらの心臓がどきりと鳴った瞬間、目の前でふわりと表情が崩れた。
優しげな、だけどちょっと泣き笑いにも見えるような、目尻の下がった笑い顔。
それに目が釘付けになった。
_________
このところ総二郎のお話を書いていたら、不意にあきらのお話が書きたい欲がむくむくと。
それも「粉雪」じゃないネタで書きたいと思ってしまいました^^;
「粉雪」書けって!
書いた事ないから、不倫の話を書いてみたい!と思ったけど・・・
つくしと誰が結婚してんの?
で、誰と不倫するの?
それってW不倫なの?
とか、どうしたらいいのか分からなくなってしまったので、不倫は諦めて。
この話を書きました。
総二郎結婚ネタって(苦笑)
総さんにこっぴどく怒られそ。
あと1話続きます。
お陰様でやっと元気になって来ました。
お見舞いのお言葉、ありがとうございます。
って、気付いたら新年明けて10日も経ってた。
時間の流れがおかしいよー!



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