いつもなら忙しがっている金曜の夕方だというのに、何故か今日はバイトが無くて暇だという牧野と、映画を観る事になるだなんて。
唐突過ぎて、どうにも落ち着かない。
「これこれ。これ観たかったんだー!」
映画館に向かう通りに並ぶ掲示板。
牧野が指を指したのは話題のハリウッド映画のミステリーもので、赤と黒とで彩られた怪しげな雰囲気が漂うポスターになっていた。
主演の俳優はオスカーにノミネートされた事もある実力派。
「ふうん、つくしちゃん、こんなの好みなんだな。」
「ストーリーも面白そうだし、出ている俳優陣も豪華でしょ。有名どころばっかり。」
「台詞全部英語だぞ。分かんのか?」
「当たり前でしょ、字幕あるもん。
・・・ねえ、もしかして西門さんは、外国の映画でも字幕見なくても全部分かっちゃうの?」
「んー、まあ、英語とフランス語くらいなら。
イタリア語やスペイン語やドイツ語になると半分分かるくらいか。
俺、そんなに語学に長けてないんだよ。
アジアや東欧の言葉は挨拶程度しか話せねえ。
アフリカなんかはからっきしだな。」
「・・・十分でしょ。」
「まあな。
俺の仕事の舞台は日本がメインだし。
外国の人相手にする時も、英語とフランス語話せりゃ、大体何とかなるんだよな。」
「何かムカつく。」
「はぁー?
今の話、どこにムカつくポイントがあった?」
「それが分かんないのもムカつくわ。」
どうでもいいような事にぷりぷりし出した牧野は、俺の隣じゃなくて一歩先を歩き始める。
まあ、コンパスの差があるから、あっという間に追い付いてみせるけれど。
だがチケットを買う時にもう一悶着あった。
「ね、学生証出して。」
「何で?」
「学生料金でチケット買うからに決まってんでしょ。
早く出してよ。」
「いや、折角来たんだからこのプレミアムシートってのにしようぜ。
「何言ってんの? そんな無駄遣いするわけないじゃん!」
「俺が出せばいいんだろ。
あ、プレミアムシートで。
なるべくセンター寄りの所にしてもらえます?」
と、さっさと言ってしまい、無理矢理押し切った。
さっき迄のぷりぷり具合に拍車が掛かることにはなったけど、まるで恋人同士で座るみたいな、ゆったりしたソファ席を確保して、俺はすこぶるご機嫌だ。
怒ってる牧野を宥めるには食い物に限る。
売店でポップコーンとドリンクのセットを買う事にした。
「お前、何飲む?」
「・・・烏龍茶。」
「ポップコーン、味2種類選べるってよ。
何味がいいんだ、つくしちゃんは?」
「自分で選べばいいじゃん。」
「ポップコーンなんて普段食わねえから、どれが美味いか知らねえんだよ。」
「・・・塩味とキャラメル味で。」
「それと、俺は生ビール。
あ、あと、このチュロスってのも1本。」
「ちょっと! 誰が食べるのよ、それ。」
「つくしちゃんだろ。それともあっちのでっかい肉まんの方が良かったか?」
「はあ・・・、もういいよ。」
盛大に溜息を吐いて、諦観の表情を浮かべた牧野は、ポップコーンや飲み物を載せたトレーを手に歩き出す。
機嫌を宥めるには甘いもんがあった方が絶対いい。
それは俺の対牧野の経験則から来ている。
シアターの入り口で中の見取り図を見ながら「席どこ?」と聞いてきた。
チケットとその図を見比べて、指を指す。
「んー? あ、ここだな。」
シアター後方のプレミアムシート。
行ってみれば、ゆったりとした大きめのソファと、その前にはトレーを置くためのコーヒーテーブルが据えられていた。
牧野は目をぱちくりさせながら聞いてくる。
「ここ?」
「ああ、そうだろ。
シートの番号も合ってるし。」
「これ、映画館の椅子じゃないよ。」
牧野より一足先にソファに座ってみると、なかなかいい感触。
「お、結構いい感じだぜ。
つくしちゃんも座ってみろよ。」
無言でトレーをテーブルに置いて。
少し俺とは距離を取って浅く腰掛けてる。
「そうじゃなくて。
背凭れに寄りかかってみろよ。」
「えー? 映画始まってからでいいよ。」
「いいから試してみろって。」
「んーーー・・・
うーわ! すっごい、このソファ!
なんか背中が吸い込まれる・・・。」
「な、いい感じだろ?」
「あたし、映画館で映画観ながら寝るの、勿体無いと思ってるからしたことないんだけど。
今日はもしかすると寝ちゃうかもしれない。」
そう言いながら幸せそうに目を閉じてソファに身を委ねてる。
甘いもんを食べさせる前に機嫌は治ったらしい。
それを感じて、そっと安堵の息を吐いた。
場内が暗くなって予告編が始まる。
牧野は時折ポップコーンを口に運びながら、もう視線はスクリーンに釘付けだ。
本編が始まり、俺はポップコーンのバケツに手を伸ばしては、それをきっかけに身体をじわりじわりと牧野の方にずらしていくという、なんともショボい作戦を繰り広げていた。
ちらりちらりと隣の牧野の方を盗み見る。
牧野はスクリーンばっかり観ているから、俺の座ってる位置が微妙に近づいてるなんて気付かない。
_________
片想い総二郎と鈍感つくしの映画館デート(と思っているのは総二郎のみ?)のお話です。
これでもお誕生日SS第3弾のつもりです^^;
映画館、好きですー。
映画館で働いてた事もありますし。
1年で映画館で100本観てた事もあるくらい。
こんなプレミアムシートじゃなくても。
劇場で観るっていうのが好きです。
ただ家と違って、ラストがめっちゃ泣ける映画だとズタボロになって明るい所に出ていかないといけないのが難点だと思ってます(苦笑)

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唐突過ぎて、どうにも落ち着かない。
「これこれ。これ観たかったんだー!」
映画館に向かう通りに並ぶ掲示板。
牧野が指を指したのは話題のハリウッド映画のミステリーもので、赤と黒とで彩られた怪しげな雰囲気が漂うポスターになっていた。
主演の俳優はオスカーにノミネートされた事もある実力派。
「ふうん、つくしちゃん、こんなの好みなんだな。」
「ストーリーも面白そうだし、出ている俳優陣も豪華でしょ。有名どころばっかり。」
「台詞全部英語だぞ。分かんのか?」
「当たり前でしょ、字幕あるもん。
・・・ねえ、もしかして西門さんは、外国の映画でも字幕見なくても全部分かっちゃうの?」
「んー、まあ、英語とフランス語くらいなら。
イタリア語やスペイン語やドイツ語になると半分分かるくらいか。
俺、そんなに語学に長けてないんだよ。
アジアや東欧の言葉は挨拶程度しか話せねえ。
アフリカなんかはからっきしだな。」
「・・・十分でしょ。」
「まあな。
俺の仕事の舞台は日本がメインだし。
外国の人相手にする時も、英語とフランス語話せりゃ、大体何とかなるんだよな。」
「何かムカつく。」
「はぁー?
今の話、どこにムカつくポイントがあった?」
「それが分かんないのもムカつくわ。」
どうでもいいような事にぷりぷりし出した牧野は、俺の隣じゃなくて一歩先を歩き始める。
まあ、コンパスの差があるから、あっという間に追い付いてみせるけれど。
だがチケットを買う時にもう一悶着あった。
「ね、学生証出して。」
「何で?」
「学生料金でチケット買うからに決まってんでしょ。
早く出してよ。」
「いや、折角来たんだからこのプレミアムシートってのにしようぜ。
「何言ってんの? そんな無駄遣いするわけないじゃん!」
「俺が出せばいいんだろ。
あ、プレミアムシートで。
なるべくセンター寄りの所にしてもらえます?」
と、さっさと言ってしまい、無理矢理押し切った。
さっき迄のぷりぷり具合に拍車が掛かることにはなったけど、まるで恋人同士で座るみたいな、ゆったりしたソファ席を確保して、俺はすこぶるご機嫌だ。
怒ってる牧野を宥めるには食い物に限る。
売店でポップコーンとドリンクのセットを買う事にした。
「お前、何飲む?」
「・・・烏龍茶。」
「ポップコーン、味2種類選べるってよ。
何味がいいんだ、つくしちゃんは?」
「自分で選べばいいじゃん。」
「ポップコーンなんて普段食わねえから、どれが美味いか知らねえんだよ。」
「・・・塩味とキャラメル味で。」
「それと、俺は生ビール。
あ、あと、このチュロスってのも1本。」
「ちょっと! 誰が食べるのよ、それ。」
「つくしちゃんだろ。それともあっちのでっかい肉まんの方が良かったか?」
「はあ・・・、もういいよ。」
盛大に溜息を吐いて、諦観の表情を浮かべた牧野は、ポップコーンや飲み物を載せたトレーを手に歩き出す。
機嫌を宥めるには甘いもんがあった方が絶対いい。
それは俺の対牧野の経験則から来ている。
シアターの入り口で中の見取り図を見ながら「席どこ?」と聞いてきた。
チケットとその図を見比べて、指を指す。
「んー? あ、ここだな。」
シアター後方のプレミアムシート。
行ってみれば、ゆったりとした大きめのソファと、その前にはトレーを置くためのコーヒーテーブルが据えられていた。
牧野は目をぱちくりさせながら聞いてくる。
「ここ?」
「ああ、そうだろ。
シートの番号も合ってるし。」
「これ、映画館の椅子じゃないよ。」
牧野より一足先にソファに座ってみると、なかなかいい感触。
「お、結構いい感じだぜ。
つくしちゃんも座ってみろよ。」
無言でトレーをテーブルに置いて。
少し俺とは距離を取って浅く腰掛けてる。
「そうじゃなくて。
背凭れに寄りかかってみろよ。」
「えー? 映画始まってからでいいよ。」
「いいから試してみろって。」
「んーーー・・・
うーわ! すっごい、このソファ!
なんか背中が吸い込まれる・・・。」
「な、いい感じだろ?」
「あたし、映画館で映画観ながら寝るの、勿体無いと思ってるからしたことないんだけど。
今日はもしかすると寝ちゃうかもしれない。」
そう言いながら幸せそうに目を閉じてソファに身を委ねてる。
甘いもんを食べさせる前に機嫌は治ったらしい。
それを感じて、そっと安堵の息を吐いた。
場内が暗くなって予告編が始まる。
牧野は時折ポップコーンを口に運びながら、もう視線はスクリーンに釘付けだ。
本編が始まり、俺はポップコーンのバケツに手を伸ばしては、それをきっかけに身体をじわりじわりと牧野の方にずらしていくという、なんともショボい作戦を繰り広げていた。
ちらりちらりと隣の牧野の方を盗み見る。
牧野はスクリーンばっかり観ているから、俺の座ってる位置が微妙に近づいてるなんて気付かない。
_________
片想い総二郎と鈍感つくしの映画館デート(と思っているのは総二郎のみ?)のお話です。
これでもお誕生日SS第3弾のつもりです^^;
映画館、好きですー。
映画館で働いてた事もありますし。
1年で映画館で100本観てた事もあるくらい。
こんなプレミアムシートじゃなくても。
劇場で観るっていうのが好きです。
ただ家と違って、ラストがめっちゃ泣ける映画だとズタボロになって明るい所に出ていかないといけないのが難点だと思ってます(苦笑)



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