いつもとは違う、切ない2人です。
__________
夏の終わりを告げる雨が降っていた。
これからは一雨毎に秋が近づくんだろう。
夏の装いのままでは少し肌寒い。
フロントガラスに映った街灯が雨で滲む。
牧野に呼び出された。
ホテルの部屋番号が書かれたメール。
頭のどこかで行ってはいけないとアラームが鳴る。
なのに車を駆らずにいられない俺がいた。
行ってどうするんだ?
終わりがすぐそこに見えている。
何も求めてはならないのに。
喉から手が出る程欲しいものがある。
それを思ったら、自分が焼け焦げそうだ。
メールにあった部屋番号のドアの前に立った。
息苦しくて、手にびりびりと痺れが走る。
チャイムを鳴らすと、ドアがかちゃりと開いた。
中には呼び出しておきながら、俺の顔を見て驚いている牧野がいた。
「来てくれたんだ…」
「だって呼んだろう?」
「呼んだけど…来てはくれないだろうって思ってたから…」
俺を間接照明だけが点いた仄暗い部屋に招き入れながら、そんな事を小さな声で呟いた。
牧野は部屋を横切り、大きなガラス窓の前に佇んだ。
下に広がる東京の光の洪水を見ているのだろうか。
雨粒が窓に当たって、景色はまるでモザイク画のようだ。
ぼうっと突っ立ったまま、牧野を見ていた。
「一つだけ欲しいものがあるの。」
牧野が振り返る。
外からもたらされる僅かな光に縁取られ、雨のモザイク画の前に身体の輪郭が浮かび上がる。
「西門さんが欲しい。」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
牧野の目線が真っ直ぐ俺に刺さる。
本気なんだと告げている。
「お前、何言って…?」
奥手で初心で、からかうだけで顔を真っ赤にさせていた牧野。
なのに今は顔色一つ変えない。
知らない女のように見えた。
「今夜だけでいい。
明日になったら忘れて。
だから今夜だけあたしのものになって欲しい。」
「牧野…」
牧野は俺の気持ちに気付いてる。
俺が絶対にそれを口にしない事も。
だからこんな事を自分から言い出してる。
俺に免罪符を与える為に。
そんな牧野の気持ちが痛くて。
胸に言いようのない激情がせり上がってきた。
自分の手の震えを抑えようと、きつく拳を握り締める。
牧野が一歩一歩こちらに近づいてくるのに、俺は立ち尽くしたままだった。
「お願い。見て見ぬ振りはしないで。
本当は知ってたでしょ、あたしの気持ち。
今夜だけだから。
一夜の夢なら、誰も傷付いたりしないよ…」
そう言って牧野は俺の胸に額をぽすんと埋めた。
俺の右の拳にひやりとした指が伸びてきて、握り締めていた指を一本ずつ解いていく。
両手でそっと包み込んでくれるのを感じた。
「この手に触れたかった…」
という牧野の呟きが聞こえてきた時、俺の中で何かが決壊した。
無我夢中で牧野を抱き締めた。
「牧野…、牧野…、牧野っ!」
名前を呼ぶだけで、他の言葉が出て来ない。
言葉にならない気持ちを伝えたくて、口付けた。
何度も何度も重なる唇。
今迄抑え込んできた牧野への想いは、一度溢れ出したらもう止まらなくなった。
口付けはどんどん深くなる。
いくら唇を貪っても足りない。
「……んっ……」
時々漏れ聞こえる牧野の喘ぎ声に煽られて、俺の頭の中が痺れていく。
俺のシャツを掴んでいる牧野の手が震えている。
それに気付いてやっと唇を離した。
「牧野、好きだ…
お前が好きだ…
もうどうしたらいいのか分からないんだ…」
俺の本心の吐露に、牧野は声もたてずにポロポロと涙を零した。
仄かな灯りに照らされたその雫はまるで真珠のようで。
なんて綺麗なんだろうと思う俺がいた。
涙を唇で追い掛けて、掬い取って。
泣かないでくれという気持ちを載せて、また口付けていく。
2人できつく身体を抱き締め合う。
縺れるようにベッドに倒れ込み、思うままに牧野を抱いた。
-*-*-*-*-*-
「西門さん、殺して…あたしを殺して…」
そう言いながら、牧野は俺の手を自分の首元に引っ張りあげた。
牧野のしっとりと汗ばんで、どくどくと脈打つ細い首に俺の手を巻き付け、その上に自分の手を重ねて置く。
「このままずっと、明日が来ないように。
今ここで息の根を止めて欲しい…」
口角が緩やかに上がったアルカイックスマイルのような牧野の表情。
瞼が閉じられ、真意が見えない。
「何言ってんだよっ。」
牧野の小さい手にじわじわと力が籠る。
俺はその手を払い除けるように、首元から自分の手を引き剥がし、牧野の肩をがたがたと揺すぶった。
「お前、何バカな事言ってんだよ!
生きるんだよ!
死ぬなんて絶対言うな!
お前は生きて笑ってなきゃダメなんだよ!」
そう怒鳴りつけたら、くすんと小さく笑って牧野は目を開けた。
「冗談だよ。
西門流の若宗匠に人殺しをさせる訳にいかないでしょ。
ただ、このまま時間が止まればいいって思っちゃったの。」
「それならそう言えよ。
お前の冗談、全然面白くねぇよ。笑えねぇ。」
「うん、ごめん…」
そう言って一度目を伏せて。
一呼吸の後、今にも涙が零れるんじゃないかと思うほど潤んだ黒い瞳でゆっくり俺を見遣って、
「もう一度抱いて。」
と囁くような小さな声で言った。
いきなり心臓を鷲掴みにされたように胸がぐっと痛んだ。
息をするのを忘れた。
耳の奥でずくんと脈打つ音が聞こえた。
俺は色んな事を見て見ぬ振りをして、牧野に引き込まれていった。
牧野も誤魔化された振りをして俺に絡め取られた。
きっと一言で良かったのに。
俺は牧野の不安を拭い去る言葉を言えなかった。
自分の持っている全てを牧野に注ぎ込んで、2人で昇り詰めて堕ちて。
ぐったりした牧野を手繰り寄せて、きつく抱き締めながら思った事は…
明日が来なければいい。
このまま時間が止まればいい。
それは死への憧憬によく似ている。
今心臓が止まれば、時間は止まり、明日は来ない。
そうだな、牧野。
俺も今死んでもいいって心の何処かで思ってる。
でもやっぱり俺は生きていたい。
生きて俺の名前を呼ぶお前の声を聞いていたい。
お前を抱き締めたい。
お前を守りたい。
これから先、ずっとずっとずっと。
牧野の髪に顔をうずめ、深く香りを吸い込む。
熱い吐息と共に「愛してる…」と耳元で呟いた。
明日一緒にいられるかも分からないというのに。
__________
今日のしとしと雨見てたら、切ない話を書きたくなりました。
タイトルの Je te veux は、英語だと I want you の意味。
「お前(あなた)が欲しい」です。



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夏の終わりを告げる雨が降っていた。
これからは一雨毎に秋が近づくんだろう。
夏の装いのままでは少し肌寒い。
フロントガラスに映った街灯が雨で滲む。
牧野に呼び出された。
ホテルの部屋番号が書かれたメール。
頭のどこかで行ってはいけないとアラームが鳴る。
なのに車を駆らずにいられない俺がいた。
行ってどうするんだ?
終わりがすぐそこに見えている。
何も求めてはならないのに。
喉から手が出る程欲しいものがある。
それを思ったら、自分が焼け焦げそうだ。
メールにあった部屋番号のドアの前に立った。
息苦しくて、手にびりびりと痺れが走る。
チャイムを鳴らすと、ドアがかちゃりと開いた。
中には呼び出しておきながら、俺の顔を見て驚いている牧野がいた。
「来てくれたんだ…」
「だって呼んだろう?」
「呼んだけど…来てはくれないだろうって思ってたから…」
俺を間接照明だけが点いた仄暗い部屋に招き入れながら、そんな事を小さな声で呟いた。
牧野は部屋を横切り、大きなガラス窓の前に佇んだ。
下に広がる東京の光の洪水を見ているのだろうか。
雨粒が窓に当たって、景色はまるでモザイク画のようだ。
ぼうっと突っ立ったまま、牧野を見ていた。
「一つだけ欲しいものがあるの。」
牧野が振り返る。
外からもたらされる僅かな光に縁取られ、雨のモザイク画の前に身体の輪郭が浮かび上がる。
「西門さんが欲しい。」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
牧野の目線が真っ直ぐ俺に刺さる。
本気なんだと告げている。
「お前、何言って…?」
奥手で初心で、からかうだけで顔を真っ赤にさせていた牧野。
なのに今は顔色一つ変えない。
知らない女のように見えた。
「今夜だけでいい。
明日になったら忘れて。
だから今夜だけあたしのものになって欲しい。」
「牧野…」
牧野は俺の気持ちに気付いてる。
俺が絶対にそれを口にしない事も。
だからこんな事を自分から言い出してる。
俺に免罪符を与える為に。
そんな牧野の気持ちが痛くて。
胸に言いようのない激情がせり上がってきた。
自分の手の震えを抑えようと、きつく拳を握り締める。
牧野が一歩一歩こちらに近づいてくるのに、俺は立ち尽くしたままだった。
「お願い。見て見ぬ振りはしないで。
本当は知ってたでしょ、あたしの気持ち。
今夜だけだから。
一夜の夢なら、誰も傷付いたりしないよ…」
そう言って牧野は俺の胸に額をぽすんと埋めた。
俺の右の拳にひやりとした指が伸びてきて、握り締めていた指を一本ずつ解いていく。
両手でそっと包み込んでくれるのを感じた。
「この手に触れたかった…」
という牧野の呟きが聞こえてきた時、俺の中で何かが決壊した。
無我夢中で牧野を抱き締めた。
「牧野…、牧野…、牧野っ!」
名前を呼ぶだけで、他の言葉が出て来ない。
言葉にならない気持ちを伝えたくて、口付けた。
何度も何度も重なる唇。
今迄抑え込んできた牧野への想いは、一度溢れ出したらもう止まらなくなった。
口付けはどんどん深くなる。
いくら唇を貪っても足りない。
「……んっ……」
時々漏れ聞こえる牧野の喘ぎ声に煽られて、俺の頭の中が痺れていく。
俺のシャツを掴んでいる牧野の手が震えている。
それに気付いてやっと唇を離した。
「牧野、好きだ…
お前が好きだ…
もうどうしたらいいのか分からないんだ…」
俺の本心の吐露に、牧野は声もたてずにポロポロと涙を零した。
仄かな灯りに照らされたその雫はまるで真珠のようで。
なんて綺麗なんだろうと思う俺がいた。
涙を唇で追い掛けて、掬い取って。
泣かないでくれという気持ちを載せて、また口付けていく。
2人できつく身体を抱き締め合う。
縺れるようにベッドに倒れ込み、思うままに牧野を抱いた。
-*-*-*-*-*-
「西門さん、殺して…あたしを殺して…」
そう言いながら、牧野は俺の手を自分の首元に引っ張りあげた。
牧野のしっとりと汗ばんで、どくどくと脈打つ細い首に俺の手を巻き付け、その上に自分の手を重ねて置く。
「このままずっと、明日が来ないように。
今ここで息の根を止めて欲しい…」
口角が緩やかに上がったアルカイックスマイルのような牧野の表情。
瞼が閉じられ、真意が見えない。
「何言ってんだよっ。」
牧野の小さい手にじわじわと力が籠る。
俺はその手を払い除けるように、首元から自分の手を引き剥がし、牧野の肩をがたがたと揺すぶった。
「お前、何バカな事言ってんだよ!
生きるんだよ!
死ぬなんて絶対言うな!
お前は生きて笑ってなきゃダメなんだよ!」
そう怒鳴りつけたら、くすんと小さく笑って牧野は目を開けた。
「冗談だよ。
西門流の若宗匠に人殺しをさせる訳にいかないでしょ。
ただ、このまま時間が止まればいいって思っちゃったの。」
「それならそう言えよ。
お前の冗談、全然面白くねぇよ。笑えねぇ。」
「うん、ごめん…」
そう言って一度目を伏せて。
一呼吸の後、今にも涙が零れるんじゃないかと思うほど潤んだ黒い瞳でゆっくり俺を見遣って、
「もう一度抱いて。」
と囁くような小さな声で言った。
いきなり心臓を鷲掴みにされたように胸がぐっと痛んだ。
息をするのを忘れた。
耳の奥でずくんと脈打つ音が聞こえた。
俺は色んな事を見て見ぬ振りをして、牧野に引き込まれていった。
牧野も誤魔化された振りをして俺に絡め取られた。
きっと一言で良かったのに。
俺は牧野の不安を拭い去る言葉を言えなかった。
自分の持っている全てを牧野に注ぎ込んで、2人で昇り詰めて堕ちて。
ぐったりした牧野を手繰り寄せて、きつく抱き締めながら思った事は…
明日が来なければいい。
このまま時間が止まればいい。
それは死への憧憬によく似ている。
今心臓が止まれば、時間は止まり、明日は来ない。
そうだな、牧野。
俺も今死んでもいいって心の何処かで思ってる。
でもやっぱり俺は生きていたい。
生きて俺の名前を呼ぶお前の声を聞いていたい。
お前を抱き締めたい。
お前を守りたい。
これから先、ずっとずっとずっと。
牧野の髪に顔をうずめ、深く香りを吸い込む。
熱い吐息と共に「愛してる…」と耳元で呟いた。
明日一緒にいられるかも分からないというのに。
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タイトルの Je te veux は、英語だと I want you の意味。
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