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hortensia

Author:hortensia
花男にはまって幾星霜…
いつまで経っても、自分の中の花男Loveが治まりません。
コミックは類派!
二次は総二郎派!(笑)
総×つくメインですが、類×つく、あき×つくも、ちょっとずつUPしています!
まず初めに「ご案内&パスワードについて」をお読み下さい。
https://potofu.me/hortensia

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心の器 1

拙宅のメインの主人公(?)、ちょっと暗めの総二郎とつくしのお話、始まります~。
お祭りコンビの片割れだとか、究極のロマンチストといった側面が全然出て来ませんので、イメージ壊れるわ!という方はご注意ください。
そしてまた季節外れな場面から始まっております。
そのうちお話がこっちの季節に追いつくといいなぁ。


_____________


<つくし 20歳直前の12月>

空っぽだ。
あたしは空っぽだ。

12月のある日の夕方。
あたしは1人で歩いていた。
大学に入って2回目の冬。
なんだか目に入る物全ての色が薄く見えて、空気がぴりっと冷えていて。
冬なんだなぁとぼんやり思う。
この季節は苦手だ。
街がクリスマス一色になって、どこに行っても楽し気な人が溢れて。
なんだか焦らされる。
年末が近いからか、クリスマスという一大イベントが来るにも関わらず、1人で歩いているからか。
寒さのせいで、知らず知らずのうちに、肩を縮こませて歩いていた。
それに気付いて、肩の力を抜こうとちょっと首を左右にコキコキと振った。
その拍子にふと空に目をやって、淡い色の夕焼けを見た時に、不意に気付いてしまった。
あたしは空っぽだということに。

自分の身体の中には気持ちを入れておく入れ物があって。
そこの中には溢れる程の色々な感情が注がれていたはずなのに。
今はその中身がすっからかんになっていた。
そんな事に急に気付いたけれど、驚いた訳でもなく、悲しい訳でもなく。
ただ淡々と、空っぽになっちゃったな…と感じた。

道明寺の記憶は戻らなかった。
そのままNYに行ってしまった。
でもいつか思い出してくれるんじゃないかって、帰って来てくれるんじゃないかって、心の何処かで思ってた。
だから道明寺と過ごした、あの高校2年の怒涛の日々を繰り返し思い出して、反芻して。
信じて待ちたいって思っていたはずなのに。
時間が経つにつれて思い出になり。
リアルな感情から、心のアルバムに貼られた、懐かしい青春の1ページに変化してしまった。
そしその密度の濃い1ページも、何度も何度も取り出して見過ぎたせいで、ボロボロに擦り切れて、色褪せたものになっている。
あいつの声も、手の温もりも、もう思い出せなくなってしまった。

「空っぽ」の次に浮かんだ事は「どうしよう?」だった。
どうしよう?
この空っぽをどうしよう?
どうしたらいいのかちっとも分からないままとぼとぼ歩いて、気が付いたらアパートに着いていた。

高校3年の時、我武者羅に勉強して、英徳の特待生になれたから、大学の授業料は免除で通える事になった。
ここで待っていたら、道明寺とまた会えるんじゃないかと思っていたから。
毎年授業料免除になる為には、学科首席かそれに近い成績が必要だったから、それこそ必死に勉強した。
幸い、パパとママには住み込みの仕事が見付かり、東京のお隣の県(と言ってもかなりの田舎)へ、進も連れて行っている。
あたしはそこから通えないから、1人でボロアパートに住んでいるけど、自分の生活費だけ稼げば暮らしていけるから、バイトは家庭教師をするだけで足りていた。

誰も道明寺の話をしなくなった。
あたしに気を使ってくれている。
何だか申し訳ない気分で、いたたまれなくなった。
週に3回の家庭教師。
あとの4日は何をしていいか分からない。
何かしていないとマイナスの感情に取り込まれそうな気がした。
だから皆の言うがままに時間を過ごした。
類とする語学レッスンは穏やかで安らげるひと時になったし、美作さんちに行けば、可愛い双子ちゃんとおば様と過ごすのは、夢の国に行ったような気持ちになれた。
西門さんにお茶のお稽古を付けてもらうと、その時だけは全ての雑念が取り払われて、静かな世界に没頭出来た。
何の用事もない日は、優紀や滋さんや桜子が声を掛けてくれて、連れ出してくれた。

あたしは皆に支えられてなんとか立っているだけ。
皆の優しさに甘えている。

そう思ったら、自分の中身が空っぽになった事は言えなかった。
誰かに話したら、また助けの手が差し伸べられて、あたしはきっとその手に縋ってしまう。
だから1人でこの「空っぽ」と向き合わなきゃ。
そう思った。


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心の器 2

<つくし20歳 総二郎21歳 早春>


絶対に触れない。
踏み込まない。
そう決めていたのに、呆気なくその決意は崩れてた。
あいつと自分の心の器を覗いてしまったから・・・


俺は牧野が大学に入ってから、週一で茶道の稽古をつけている。
出世払いの口約束で、次期家元直々、一対一の稽古。
ホント特別待遇だ。
金曜の午後の授業が終わったら、ラウンジで待ち合わせて、一緒に西門の邸に行く。
稽古をつけた後は、牧野を車で送って行ったり、あいつらと待ち合わせて食事に行ったりすることもある。
それももうすぐ丸2年になる。
所作も熟れてきて、最近は茶道に真っ直ぐ向かってきているのを感じられる。
正直牧野がここまでやるとは思っていなかった。

今は試験期間が終わった春休み。
試験期間中休んでいた稽古を再開する為、いつもの時間に牧野を呼んでいた。

2時間程の稽古が終わった。

「有り難うございました。」

すっと綺麗に礼をした牧野が、身体を起こして、ふぅっと小さく息を吐き出して緊張を解く。

「牧野、今日は良かったぞ。」
「ホント? 頑張ってはいるけど、なかなか上手くいかなくて・・・
でもそんな風に言ってもらえたら、ちょっと自信つくな!」

破顔一笑。
季節外れの撫子の花が咲いたみたいなふわりとした笑い顔に、俺ともあろう者が不意を突かれた。
一瞬、目を奪われた。
慌てて手元の茶道具へと目線を逸らす。

高校時代、司と牧野がドタバタな恋愛をしていた頃、牧野の笑い顔は向日葵みたいに明るくてエネルギーに満ち溢れたものだった。
司が牧野を忘れ、2人が引き離されてから、牧野はあの笑顔を忘れてしまっている。
司が居なくなってそろそろ3年。
牧野の笑顔はどこか儚げで、見ている者に少しの胸の痛みを残す。
多分、俺たち皆が、口に出さずとも感じていることだ。

「あ、わりぃ、今日送ってけねぇんだわ。
急な来客があって、この後一席あるんだよ。」
「えっ、そんな日にごめんね。
あたしのお稽古なんて、日延べしたって良かったのに。」
「いや、ホントに急な事で、俺もさっき聞いたんだ。
雪降り始めたから、早目に気を付けて帰れよ。」

庭にチラチラと舞い降り始めた雪に目をやりながら言った。

「はぁい。お師匠様、有り難うございましたー!」

牧野は笑いながら戯けて答えて、茶室を出て行った。

不在の家元の代わりに客人の相手をし、雪の中、見送りに出た。
車が走り去って、何気なく雪の積もり具合を確かめようとぐるりを見渡すと、街灯の下でスポットライトを浴びたように浮かび上がる傘の花が視界の端に入った。
あの傘の色には見覚えがある。

あいつ、何やってんだ?
茶室を出て行ってからもう2時間は経ってる。

突然胸の奥から何かがせり上がってきた。
気が付いたら駆け寄っていた。

「牧野っ!」

と呼んで、傘を持っている右手の肘を引っ張り、こちらに向かせる。

「あれぇ~、西門さん、どしたの? お客様なんでしょ?」

「もう帰った。お前、こんな雪の中、何してんだよっ。
身体、冷え切ってんじゃねーか!」

掴んだ肘は冷気しか伝えてこない。
明らかに色を失った唇が目に飛び込んできた。

「あー、大丈夫、大丈夫。
ただ雪降ってくるの見惚れてただけ。もう帰るよ。」
「馬鹿、こんな冷えたままいたら風邪引くに決まってんだろ。来いっ!」

ジタバタしている牧野を無理矢理引きずって戻り、さっきまで使っていた茶室に押し込んだ。
床暖房の設定を、普段は滅多に使うことのない【強】に切り替える。

身体を温めるもの・・・
卵酒、ホットワイン、ブランデー入りのホットミルク。
いや、牧野は酒が入らない物の方がいいから、葛湯か。

葛湯と茶菓子と毛布を持ってくるように言いつけて、俺は牧野に煎茶を入れてやった。
茶碗を持たせると

「はぁ、あったかい・・・」

と、飲まずに茶碗を湯たんぽ代わりにしている。

「飲めよ。飲んだ方があったまるだろ。」

「うん、でも今猫舌になってそうで、もう少し冷めてから飲んだ方がいいかと思って・・・」

そこに葛湯も運ばれてきた。
生姜の香りが鼻をくすぐる。

「あーーーっ、もうとにかく早くあったまってくれ!
俺に心配させてんじゃねぇ!」

弱っている牧野を見ているとイライラする。思わず怒鳴りつけていた。

「ごめん、西門さん・・・」

毛布で身体をすっぽり包み、恐る恐る葛湯を小さな匙で口に運ぶ。

「美味しい・・・」

あったりまえだ。
吉野葛と和三盆使ってる最高級品だぜ。
美味いに決まってる。


__________



管理人が食いしん坊の為、食べ物の描写がよくあります(笑)
葛を使った食べ物なら、ホントは葛湯じゃなくて、葛餅がいいです!
奈良に遊びに行ったとき、あの柔らかぷるるんな葛餅に魅了されました。
また食べたい・・・
(↑話とまったく関係ない!)


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心の器 3

一息ついて、牧野の頬にも唇にも赤味がさしてきた頃、俺はこの胸にくすぶる嫌な感じを解消したくて、説教モードでカミナリを落とした。

「お前さぁ、なんで俺の言う事聞いて無い訳?
雪だから早く帰れって言っただろうが。
どんだけあそこに立ってたんだよ。
俺がたまたま見つけなかったら、雪に埋まる迄立ってるつもりだったのか?
一応オンナなんだから、身体を厭えよ。」

「うん、ごめん。」

俯きながら牧野が謝罪の言葉を口にする。

「だーかーらー、ごめんじゃなくて。
お前、何してたんだよ?
なんであんなとこに突っ立ってた訳?」

少し考え込んだあと、牧野はぽつりぽつりと話し出した。

「ん・・・ いや、ホントに時間経ってる事に気付けなかったの。
帰ろうと思って、お邸出たら日が暮れててね。
雪のせいかいつもより辺りが暗くてさ。
あの街灯の下迄歩いて行ったら、雪がしんしんと降って来るのが目に飛び込んできて見惚れちゃったの。
あたし、あんな風に雪が降ってくるのを見るの、初めてだった。
雪が音を吸い取るってホントなんだね。
余計な音がしなくって、雪が綺麗で目が離せなくて。
で、気が付いたら西門さんがいた。」

「はぁ・・・・・・」

溜息しか出てこない。

「心配かけちゃってごめんね。」

「雪に見惚れるなんて、何乙女みたいな事言ってんだよ、牧野のくせに。」

「乙女じゃなくて悪かったわね!
ホントに見惚れちゃったんだからしょうがないでしょっ!」

口答えするくらいには回復したらしい。

「ふ・・・ん、分かったよ。
それで身体は温まったのか?」

「あ、うん、もう大丈夫。」

「じゃあ、車の手配するからちょっと待ってろ。
俺の車、この雪じゃ出せないから、タクシーだけどな。」

「えっ、あっ、いいよ!電車で・・・」

「もう、道にもかなり積もってて危ないから、車に乗って帰れ!
師匠の言うこと聞いてろ!」

「はい・・・」

そう言い置いて、着替える為に一旦自室へ向かった。

タクシーはすぐには来なかった。
こんな天気だ。皆出払っているんだろう。
牧野と居るとまたイライラしてしまうだろうと思い、自室で時間を潰す。
車が来たと連絡があったのは小一時間も経った頃だったろうか。
牧野がいる茶室に戻って声をかけた。

「牧野、行くぞ。」

「えっ、西門さんも?いいよ、一人で。」

「いいから行くぞ。」

今日は一人きりで牧野を車に乗せたくないのはなんでだろう?

待たせていたタクシーに乗り込んだ。
チェーンを巻いていて、騒音がひどい。
いつもよりスローペースな車の流れ。途中スタックした車を何台も見た。
何だか喉の奥に鉛が詰まったような胸苦しさがある。
なんだよ、これ。ホント、イライラする。
牧野にかける言葉も浮かんで来なくて、車窓ばかり見ていた。
牧野がチラチラとこっちを向いているのが分かるが、無視を決め込む。

「西門さん、怒ってる・・・?」

「あぁ? 怒ってねぇよ。」

「怒ってんじゃん。」

「怒ってねぇ! 疲れてんだよ、俺は。メシも食いっぱぐれてるしよ。」

「ごめん、あたしのせいで・・・」

「もういいから、ちょっと黙っとけ。」

しゅんとしょげた牧野に、また胸の別の部分が疼く。
だから、なんなんだよ、これ。
俺はこんな感情、持ちたくないんだ。
人の心に踏み込むのも、自分の心に向き合うのも嫌なんだよ。

俺はずっと牧野とは距離を取ってきたつもりだった。
司の恋人で、類の想い人で、あきらの妹分。
牧野は3人の心に、自然に入り込み、特別な居場所を作った。
俺はそんな関係が怖かった。
自分の心を誰かに侵食されたりするのはごめんだ。
特別な存在は要らない。
だからそんな奴等の一歩外側に立つように、自分の立ち位置を決めていたはずだった。
大学に入って、両親にも住み込みの仕事が見つかった事と、特待生になり授業料免除になった事で、牧野はバイト漬けの日々から抜け出した。
空いた時間に何かしたいと言い出して、それなら稽古するか?と軽い気持ちで声を掛けた。
類とは語学レッスン、美作邸では料理とマナーレッスンをすると言うから、茶道の稽古に誘ったのは自然な流れで、深い意味はなかった。
でもこの2年、茶室で向き合ううちに、牧野は俺の心にも入り込んできた。
その事をちゃんとは考えたくなくて、素知らぬ振りをしてきた。
でもこの胸の奥のざわざわした感覚は何なんだ。

やがて車は牧野のアパート前に着いた。

「西門さん、すいませんでした。ありがとうございましたっ。」

ペコっと頭を下げて、牧野が降りていく。

「あぁ、滑るなよ。」

「うん・・・ ありがと。」

ゆっくり雪を踏み締め、自分の部屋に帰って行く。
玄関のドアが閉まるのを見届けて車を出させた。
帰り道も、胸に巣食うようになったイライラの事を考えたくなくて、ぼうっと雪の車窓を眺めていた。


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心の器 4

翌朝、目が覚めてみたら、一面の銀世界だった。
まだ粉雪が降り続いてる。
東京でこんなに雪が降るのは珍しい。
TVのニュースでは数十年振りの大雪だと伝えている。
一晩寝たら、昨日の胸苦しさもなんとなくうやむやになり、いつもの自分に戻れたような気がして、ちょっとほっとした俺が居た。

雪のせいで交通がマヒし、今日明日の予定が全てキャンセルになった。
週末で良かったよな。
平日にこんな事になったら、雪に弱い東京は大パニックだ。
ぽっかり空いた時間はどうして過ごそうか。
牧野はどうしたろう。
よく貧乏人は寒さに強いとか言ってるけど、限度ってもんがある。

【起きたら一度連絡しろ。】

とメールしておく。
だが何時になっても牧野から連絡がない。
あいつの事だからどうせぐーすか寝てるんだろうと思いつつ、やはり気になって、とうとう昼前に携帯を鳴らした。
たっぷり10回はコールした後、やっと繋がった。

「はい・・・」

ちょっと掠れた声。

「牧野、寝てたか? もう昼だぞ。」

「西門さん?」

「おう。メール見てないか?」

「ごめん、気が付かなかった。
昨日はごめんね。有り難うございました。」

「お前、なんか声おかしくね?」

「ん・・・ ちょっと調子悪いみたい・・・」

「風邪引いたのか?」

「んー、多分。でも寝てたらすぐ治るよ。大丈夫。」

出たよ、牧野お得意の『大丈夫』。

「熱あんのか?」

「わかんない。怠くてベッドから出てなくて。
今日は予定ないしゆっくりしとくから大丈夫。」

また言ったよ。こういう時の『大丈夫』は全く信用できない。

「ふーん、お大事に。」

「うん、ありがと。またね。」

電話を切って溜息を一つついた。
あのバカ。絶対熱出してるだろ。
TVで交通情報を確認する。
電車は何とか動いてるらしい。
車もタクシーはチェーンをして走ってる。
時間はかかるかもしれないが、なんとかなるだろ。
タクシーを手配して、薬を探す。
常備薬として持っている物から、風邪薬と解熱剤を選び出してポケットに滑り込ませる。
ホントバカだよ、あの女は。
いや、その女の所に行こうとする俺もバカなのか?
俺は昨日から牧野の事ばかり考えてる。
深く考えたくなくて、また思考を停止した。

牧野のアパートの前に着いて、携帯を鳴らす。

「はい・・・ もしもし・・・」

「牧野、起きれるか? 玄関開けろ。今お前んちの前だ。」

「へ? 何? 西門さん?」

「ああ。だから玄関の鍵開けろって。」

「ちょ、ちょっと待って・・・」

携帯からも部屋の中からも、ガタガタと音がする。
カチっと解錠された音がした。ドアを開けた。
真っ赤な頬で、目に力が無い牧野が下駄箱に寄りかかりながら立ってた。

「ちょっと邪魔するぞ。」

さっさと靴を脱ぎ捨て、牧野を荷物のようにぞんざいに抱きかかえてベッドに落とす。
玄関からベッドまで10歩あったか?
牧野の身体は軽くて熱かった。
一瞬の出来事に牧野がパニくっている。

「わっ、何、何、何?」

「お前、熱あるぞ。明らかに熱い。何か薬飲んだか?」

「あ・・・ いつも持ってる解熱鎮痛剤を飲んだんだけど、あんまり効いてる気がしない・・・」

「食いもんは?」

「あんまり食欲なくて。さっきちょっと林檎食べた。」

「じゃ、これ飲んで寝ろ。」

ポケットから風邪薬を出して牧野に持たせる。

「心配して来てくれたの・・・?」

こちらを見上げている。

「お前ってマジでバカだよな。
雪ん中突っ立って、身体冷やして、熱出して。」

「スイマセン・・・ 返す言葉もないです・・・」

布団に包まりながら、小さくなる牧野。
そこまで言って、俺は床にどさっと腰を下ろした。

「何かして欲しい事あるか?
桜子か優紀ちゃんでも呼んで来てもらうか?」

「いや、いいよ。寝てたら治る・・・
ただの風邪だよ。」

熱で辛いんだろう。
いつもより覇気がない声。

「なら、もう薬飲んで寝ろ。お前が寝たら帰るから。」

「ごめんね、西門さん。ありがと。」

薬を飲んで、布団に入り直した牧野のベッドに寄り掛かるように座り直した。
これなら顔を見なくて済む。
弱ってる牧野を見ていたくなかった。
頭の右斜め後方から牧野の声が降ってくる。

「雪、まだ降ってる?」

「いや、今朝迄降ってたけどもう止んだ。
道路の雪はもう解け出してる。」

「そっか。」

「何十年振りかの大雪らしいぞ。20cmは積もってる。」

「そうなんだ・・・ いっぱい降ったんだね
。昨日の雪、ほんとに綺麗だった。」

そこまで話して、牧野が黙った。
寝たのかと思って、しばらく待って振り返ろうと思った時、また牧野が話し始めた。


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心の器 5

「昨日雪見てた時、雪が自分の中に降り積もるかと思ったの。」

意味が分からなかったが、そのまま黙って聞き続けた。

「自分の身体の中にさ、空っぽのガラスのコップがあるんだよ。
気持ちを入れとく入れ物。
それがある日空っぽになっちゃったのに気がついてさぁ。
でね、毎日どうしよう?どうしよう?って考えあぐねてたんだ。」

こいつは今何の話をしてる?
司への気持ちが無くなったということなのか?
記憶の戻らない司を諦めたと言っているのか?

「雪が真っ白で綺麗で。
見ていたら自分の空っぽのコップをその雪で満たせるんじゃないかって思い込んじゃった。」

弱々しく笑う声の後に小さく溜息をついた。

「雪なんかで満たせる訳ないのにね。
でも昨日はそう思えてならなくて、自分の中に降り積もるのを待ってた。
そしたら風邪引いた。」

「バカだな。」

「バカだね。」

限界なんだ。
牧野はもう限界なんだ。
帰って来ない司を待ち続けて、くたびれて、すり減って。
そして空っぽになっちまったんだ。

空っぽ。
心から愛すべき存在がないということだよな。
それは俺も同様だ。
そう思ったら、

「俺も空っぽだよ。」

と呟いていた。

「西門さんも?」

「あぁ。」

「ふふふ。そうだね。そうだ。
空っぽだった、曜変天目茶碗。」

「あぁ? お前、それ、国宝だぜ。」

「知ってるよ。この間見て来たんだもの。
茶道具名品展の特別展示。
一目見た途端に思ったよ。これは西門さんだって。
しっとりと黒くて、碧の斑文に惹きつけられて、目が離せなくて。
誰もが触れてみたくて恋い焦がれるけど、絶対に誰の手にも入らない孤高の茶碗。
もうずっと前から空っぽで、喉がカラカラで。
誰かにお茶を点ててもらってその渇きを癒してもらえる日を待ってるけど、叶わない願いだって諦めて鎮座してる。
セキュリティばっちりのガラスケースの中でずっと一人ぼっち。
西門総二郎は曜変天目。」

「なんだ、それ?」

「だからね、あたしが心に抱えてる空っぽな器が、そこらで買える安物のガラスのコップだとしたら、西門さんの器は国宝の曜変天目だなぁって思ったという話。」

「・・・変な茶碗鑑賞だな。」

「お茶碗の鑑賞なんかしてないよ。おこがましい。
あたしが勝手に感じた事を話しただけ。
でも本当にすごいお茶碗だった。
妖しい魔力が出てると思った。
いくら見ても見飽きる事がなくて、惹きつけられて。
人を狂わせる力を持ってる。
あんなお茶碗があるんだね。」

「牧野から茶碗の話を聞かされるようになるなんて思ってもみなかったな。」

「ふふふ、そうだよね・・・
自分でも不思議。」

「展覧会、行ったんだな?」

「うん、ポスターで見たあのお茶碗をどうしても自分の目で見てみたくて。
勉強熱心な弟子でしょ?」

「自分で言うか?」

「冗談だよ。何者でも無いこと、自分が一番よく分かってる・・・」

「そんな事ねーよ。このところ、いい茶になって来たって思ってた。
お前が真剣に打ち込んでるのが伝わってきてた。
昨日だってそう言ったろ?」

「うん・・・ あのね、西門さんちの門をくぐるとね、自分が空っぽだっていうのとか、どうしよう? どうしよう?って考えてるのがすぅっと消えてくの。
お邸の佇まいだとか、お庭の美しさだとか、歴史の重みを纏った空気だとか、邪魔な音の無い心地良さとか、そう言ったもので自分の内側が満たされてくの。
そしてお着物着て、髪を結うと、自分にスイッチが入ってさ。
凜とした気持ちでお茶に向き合えるの。
お稽古はすごく貴重な時間だよ。
今のあたしの支えだよ。
西門さんのお陰で、あたしは立っていられるんだよ。」

熱に浮かされた牧野は、次から次へと驚くような事を言う。
言葉は耳から入っては来るが、上手く咀嚼しきれない。
黙らせようと思って

「お前、話してばっかいないで少し休め。
治るもんも治らねぇ。」

と言って振り返り、額から両の目に掌を滑らせ、目を瞑らせた。
まだまだ熱は高そうだ。

「ありがと。西門さんももう帰って休んでね。
鍵、玄関にあるから、閉めたら郵便受けから落としといて・・・」

喋り疲れたのか、熱のせいなのか、すぐに寝息が聞こえてきた。
俺は混乱していた。
何だったんだ、今の話は。
酒でも煽りたい気分だった。
牧野の鍵を持って、部屋を抜け出した。


__________



じゃじゃーん! 曜変天目の登場です。
これは国宝の稲葉天目のイメージで書いてます。
一度、世田谷で観てきました。
ホントに素人目にもすごいお茶碗でございました。
こんなところに名前を挙げちゃっていいのかしら???と思いつつUpしちゃいますが。


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