牧野の小さな白い掌の中に、沢山の小さな星が瞬いて。
優しく微笑む牧野と目が合えば、俺まで自然と頬が緩んで。
胸の奥から湧き起こる愛おしい気持ちに全てが包まれるこの刹那。
俺はこの世で一番幸せな男だ。
-*-*-*-*-*-
「お散歩」と称して牧野が俺を連れ出した。
秋の深まった晴れた日の午後。
空は雲ひとつなく晴れ渡り、淡いブルーがどこまでも広がってる。
細い川縁の遊歩道を、2人でゆっくり歩を進める。
「気持ちいいねぇ、西門さん!」
俺の数歩前を歩きながら、腕を伸ばして深呼吸している牧野。
少し上向きになった頭の黒髪が艶艶と輝いて、天使の輪が出来ている。
天使ねぇ。
どっちかっつーと小悪魔だよな、こいつは。
それも無意識で色んなことしでかしてくれるから質が悪ぃんだよ。
「あぁ、そうだな。」
振り返った牧野に向かって少し首を傾げ、ちらっと流し目を送って返事をしてやれば、途端にぽっと頬を赤らめ、恥ずかしそうに小さく笑う。
お前のそういう表情が、俺をたまんない気持ちにさせんだよ。
ったく、無意識って無敵だよな。
「ここさぁ、春は桜がすっごく綺麗なの!
前に優紀と来た事あるんだけど、のんびり出来て、ゆっくりお散歩するのが、とってもいい気分だったんだよねぇ。
今度は紅葉の季節と春の桜の季節にも一緒に来てね!」
人通りもまばらな遊歩道。
確かに周りを見渡せば、桜並木が続いている。
紅葉の季節にはまだちょっと早いが、今は別のものが盛りのようだ。
「ふーん、今日は金木犀が香ってるな。」
「そう! あたしね、金木犀の香りが大好きなの!
朝家を出て歩き始めると、何処かからふわっと金木犀の香りがしてさ、秋が来たなぁって思うんだ。」
金木犀の木が車道と遊歩道を隔てる為の生垣のように連なっているから、俺達の周りは、甘い香りに包まれている。
生垣に顔を寄せて、金木犀の香りを楽しんでる牧野。
うっとりと目を閉じて、その芳香を胸に吸い込む横顔は、キスする直前の牧野を思い起こさせ、また俺をどきりとさせた。
ふとこちらを向いて、「いー匂い!」と破顔する。
眩しい笑顔が輝いて、俺は思わず周りに人がいないか、それとなく視線を巡らせた。
こんな無防備な笑顔、他の誰かに見せられない。
これを見つめていいのは俺だけだ。
ちょっと盛りを過ぎた木もあるのだろうか。
ぽろぽろと落ち始めたオレンジ色の小さな花が地面を彩る。
しゃがみ込んだ牧野はそれを丁寧に拾い集め、掌に載せて懐かしそうに話し出した。
「子供の頃、おままごとにこの花使ったの。
プラスチックのお茶碗に入れて、ご飯!って言ったり。
もうちょっと大きくなってからは、お裁縫セットを外に持ち出して。
針と糸を使ってネックレスなんて作ったなぁ。
あとね、ママからもらったちっちゃなガラス瓶に水と一緒に詰めて。
香水だよーなんて言ってた。」
「へぇ、女の子は色々楽しそうだな。」
「そう。子供の頃から、いつも金木犀の季節が待ち遠しくて。
この香りがしてくるのを待ってた気がする。」
俺の見た事のない子供の牧野が、小さな花で遊んでいる様を思い浮かべた。
きっと今と同じように、生き生きとして、笑顔が可愛くて、元気いっぱいの女の子だったんだろう。
「今夜は中華料理でも食べに行くか。」
「どしたの? 急にそんなこと言い出して。
いっつも食べ物の話ばっかりするってあたしを笑ってるくせに。
あ、西門さん、もうお腹減っちゃった?」
「バーカ、違ぇよ。そんなに金木犀の香りが好きなら、桂花陳酒でも飲もうかと思って。
中華料理の食前酒だろ。」
「桂花陳酒って金木犀と何か関係あるの?」
「んー? 知らねぇの? 白ワインに金木犀の花を浸け込んだのが桂花陳酒だ。」
「それ飲んでみたい!」
「だろ?」
こっくり頷いた牧野は、片手の掌いっぱいの金木犀の小さな花を、大事そうにそっともう片方の手と一緒に包み込んで、また遊歩道を歩き出した。
「じゃあ、いっぱいお散歩して、お腹減らして、美味しいお酒とご飯を食べに行こっ!」
「…お前、そんなことしなくても、いつも美味そうに食ってんじゃん。」
「そうだけど… お腹が減ってる方が、より美味しく食べられるってことだよ。」
貪欲な俺の食いしん坊な彼女に思わず苦笑が漏れる。
「金木犀の香りを追いかけて、歩いていこ?
あたし、そうやってあっちかな、こっちかな?って金木犀探して歩いてお散歩するのが大好き。」
「それ、いつの間にか迷子になりそうだな。」
「んー、案外平気なもんだよ。この季節のお楽しみ!」
悪戯っぽく笑う牧野の隣に立って、その掌を覗き込んだ。
顔を寄せて、香りを楽しんでから、「うん、いい香りだな。」って笑いかけて。
また頬を染めた牧野から、そっと触れるだけのキスを奪う。
ムードもへったくれもないこの女は、
「ちょ、ちょっと、こんなところで何すんのっ!」
と飛び退って逃げたけど。
大丈夫。誰も見ちゃいねえよ。
「誰もいないからいいだろ?」
「そういう事じゃないでしょっ!」
「そうなのか?」
「そうなのっ!」
じゃあ、早く2人きりになれるところに行かなきゃな。
お前に付き合って香りを楽しむ散歩なんてしてたら、夕暮れ時まで歩かされそうだ。
「なぁ、疲れたよ。そろそろ車呼んで、どっか入ろうぜ。」
「えーっ? まだ金木犀の香りを満喫してない!」
「お前の掌ん中にいっぱいあるだろ?」
「うーん…」
自分の掌の中を見つめて、
「ねえ、金木犀のお花って、ちっちゃな星みたいで可愛いよね。」
と笑った。
その笑顔が俺の胸をぎゅっと締め付けた。
思わず言葉が溢れ出す。
「好きだよ、牧野。」
一瞬ぽかんと呆けて、それから幸せそうに微笑んで。
「あたしも大好き。」
と囁くように呟いた。
__________
あきつくぶった切って、甘めの総つくSS。
本日拙宅開設より半年でございますー。
沢山の皆様からの温かい応援で、ここまで続けて来れました。
ちょっと最近バタバタですが…
「半年記念のSSは金木犀にちなんだものにしよう!」と思ったのは、毎日病院へ通う為の自転車通勤の途中でした。
鼻をくすぐる秋の甘い香り、大好きです!
その香りを胸に吸い込んで、今日も頑張るぞ!と出掛けていけた気がします。
きっとここら辺の金木犀は、昨日と今日の雨で落ちてしまいますが…
このSSを読んで、ちょっとでも秋の香りが皆様の元に届いたら幸いです。



ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
優しく微笑む牧野と目が合えば、俺まで自然と頬が緩んで。
胸の奥から湧き起こる愛おしい気持ちに全てが包まれるこの刹那。
俺はこの世で一番幸せな男だ。
-*-*-*-*-*-
「お散歩」と称して牧野が俺を連れ出した。
秋の深まった晴れた日の午後。
空は雲ひとつなく晴れ渡り、淡いブルーがどこまでも広がってる。
細い川縁の遊歩道を、2人でゆっくり歩を進める。
「気持ちいいねぇ、西門さん!」
俺の数歩前を歩きながら、腕を伸ばして深呼吸している牧野。
少し上向きになった頭の黒髪が艶艶と輝いて、天使の輪が出来ている。
天使ねぇ。
どっちかっつーと小悪魔だよな、こいつは。
それも無意識で色んなことしでかしてくれるから質が悪ぃんだよ。
「あぁ、そうだな。」
振り返った牧野に向かって少し首を傾げ、ちらっと流し目を送って返事をしてやれば、途端にぽっと頬を赤らめ、恥ずかしそうに小さく笑う。
お前のそういう表情が、俺をたまんない気持ちにさせんだよ。
ったく、無意識って無敵だよな。
「ここさぁ、春は桜がすっごく綺麗なの!
前に優紀と来た事あるんだけど、のんびり出来て、ゆっくりお散歩するのが、とってもいい気分だったんだよねぇ。
今度は紅葉の季節と春の桜の季節にも一緒に来てね!」
人通りもまばらな遊歩道。
確かに周りを見渡せば、桜並木が続いている。
紅葉の季節にはまだちょっと早いが、今は別のものが盛りのようだ。
「ふーん、今日は金木犀が香ってるな。」
「そう! あたしね、金木犀の香りが大好きなの!
朝家を出て歩き始めると、何処かからふわっと金木犀の香りがしてさ、秋が来たなぁって思うんだ。」
金木犀の木が車道と遊歩道を隔てる為の生垣のように連なっているから、俺達の周りは、甘い香りに包まれている。
生垣に顔を寄せて、金木犀の香りを楽しんでる牧野。
うっとりと目を閉じて、その芳香を胸に吸い込む横顔は、キスする直前の牧野を思い起こさせ、また俺をどきりとさせた。
ふとこちらを向いて、「いー匂い!」と破顔する。
眩しい笑顔が輝いて、俺は思わず周りに人がいないか、それとなく視線を巡らせた。
こんな無防備な笑顔、他の誰かに見せられない。
これを見つめていいのは俺だけだ。
ちょっと盛りを過ぎた木もあるのだろうか。
ぽろぽろと落ち始めたオレンジ色の小さな花が地面を彩る。
しゃがみ込んだ牧野はそれを丁寧に拾い集め、掌に載せて懐かしそうに話し出した。
「子供の頃、おままごとにこの花使ったの。
プラスチックのお茶碗に入れて、ご飯!って言ったり。
もうちょっと大きくなってからは、お裁縫セットを外に持ち出して。
針と糸を使ってネックレスなんて作ったなぁ。
あとね、ママからもらったちっちゃなガラス瓶に水と一緒に詰めて。
香水だよーなんて言ってた。」
「へぇ、女の子は色々楽しそうだな。」
「そう。子供の頃から、いつも金木犀の季節が待ち遠しくて。
この香りがしてくるのを待ってた気がする。」
俺の見た事のない子供の牧野が、小さな花で遊んでいる様を思い浮かべた。
きっと今と同じように、生き生きとして、笑顔が可愛くて、元気いっぱいの女の子だったんだろう。
「今夜は中華料理でも食べに行くか。」
「どしたの? 急にそんなこと言い出して。
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あ、西門さん、もうお腹減っちゃった?」
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中華料理の食前酒だろ。」
「桂花陳酒って金木犀と何か関係あるの?」
「んー? 知らねぇの? 白ワインに金木犀の花を浸け込んだのが桂花陳酒だ。」
「それ飲んでみたい!」
「だろ?」
こっくり頷いた牧野は、片手の掌いっぱいの金木犀の小さな花を、大事そうにそっともう片方の手と一緒に包み込んで、また遊歩道を歩き出した。
「じゃあ、いっぱいお散歩して、お腹減らして、美味しいお酒とご飯を食べに行こっ!」
「…お前、そんなことしなくても、いつも美味そうに食ってんじゃん。」
「そうだけど… お腹が減ってる方が、より美味しく食べられるってことだよ。」
貪欲な俺の食いしん坊な彼女に思わず苦笑が漏れる。
「金木犀の香りを追いかけて、歩いていこ?
あたし、そうやってあっちかな、こっちかな?って金木犀探して歩いてお散歩するのが大好き。」
「それ、いつの間にか迷子になりそうだな。」
「んー、案外平気なもんだよ。この季節のお楽しみ!」
悪戯っぽく笑う牧野の隣に立って、その掌を覗き込んだ。
顔を寄せて、香りを楽しんでから、「うん、いい香りだな。」って笑いかけて。
また頬を染めた牧野から、そっと触れるだけのキスを奪う。
ムードもへったくれもないこの女は、
「ちょ、ちょっと、こんなところで何すんのっ!」
と飛び退って逃げたけど。
大丈夫。誰も見ちゃいねえよ。
「誰もいないからいいだろ?」
「そういう事じゃないでしょっ!」
「そうなのか?」
「そうなのっ!」
じゃあ、早く2人きりになれるところに行かなきゃな。
お前に付き合って香りを楽しむ散歩なんてしてたら、夕暮れ時まで歩かされそうだ。
「なぁ、疲れたよ。そろそろ車呼んで、どっか入ろうぜ。」
「えーっ? まだ金木犀の香りを満喫してない!」
「お前の掌ん中にいっぱいあるだろ?」
「うーん…」
自分の掌の中を見つめて、
「ねえ、金木犀のお花って、ちっちゃな星みたいで可愛いよね。」
と笑った。
その笑顔が俺の胸をぎゅっと締め付けた。
思わず言葉が溢れ出す。
「好きだよ、牧野。」
一瞬ぽかんと呆けて、それから幸せそうに微笑んで。
「あたしも大好き。」
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あきつくぶった切って、甘めの総つくSS。
本日拙宅開設より半年でございますー。
沢山の皆様からの温かい応援で、ここまで続けて来れました。
ちょっと最近バタバタですが…
「半年記念のSSは金木犀にちなんだものにしよう!」と思ったのは、毎日病院へ通う為の自転車通勤の途中でした。
鼻をくすぐる秋の甘い香り、大好きです!
その香りを胸に吸い込んで、今日も頑張るぞ!と出掛けていけた気がします。
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