もう春なのに。
桜もすっかり散っちゃって、色んな花がカラフルに咲いていて、木の枝は萌黄色の新芽がぐんぐん伸び出してる春なのに。
暖かいダウンや厚手のコートなんかもうしまっちゃって、手元にはペラペラのスプリングコートしかないっていうのに!
今日の寒さは一体何なのよ?
寒の戻りって言われたって、身も心も急過ぎる変化についてけない。
頼りなさ気な薄くて軽いナイロン生地を、無駄だと知りつつぎゅうっと身体に巻き付けて、寒風吹き荒ぶバス停に立ってた。
こんな日に限ってバスは時刻表通りにはやって来ない。
じりじりしながら、腕時計とバスが走って来る筈の道路を見比べること3回。
いや、間にもう一度時刻表も確認した。
それでもバスはまだ来ない。
そんな時、突然背中からふわんと温かなものに包まれた。
それが何なのか考える間もなく、耳元に甘い囁きが流れ込んで来る。
「牧野…」
ただ単に苗字を呼ばれただけなのに、この人の声で耳に届くと、途端に身体がふわふわと浮き上がるような感覚に襲われる。
聞き取った耳がどこか擽ったくて。
その擽ったさが漣のように耳から首筋、肩、腕を通して指先まで、そして背中にもじわんと広がって、あたしはそっと息を吐き出した。
「西門さん…?」
そんな声の持ち主の名前を呼んでみる。
あたしを緩く抱き締めてる腕を指先でなぞりつつ。
疑問形で聞いてはいるけど、あたしがその声の主を間違える訳ない。
世界中で一番好きな声。
ちょっと低くて、深みのある、それでいて通りのいいその声が聴こえるだけで、あたしは幸せになっちゃうんだから。
もっとその声が聴きたい。
さっきあたしを呼んでくれた声を頭の中でリフレインさせながら、そう思った。
携帯電話がぴぴぴと鳴って、はっとした。
目を開けて飛び込んで来た景色は、見慣れたあたしの部屋。
深呼吸を繰り返すと、とくとく鳴ってた心臓が、段々ゆっくりと落ち着きを取り戻してく。
なあんだ、夢か。
寒かったのは寝相が悪くて布団から転がり出たかららしい。
そしてふんわり包んでくれたのは、優しい温かな腕なんかじゃなくて、あたしのお気に入りの毛布だった。
それをぎゅっと握り締めてた指を解く。
もっと夢見てたかったな…
目覚まし、掛けなきゃ良かった。
夢でもいいから会いたいなんて、まるで恋する乙女みたいな事を思っちゃってる自分が女々しい気がして。
それを振り払うようにえいっ!と気合を入れて身体を起こした。
今日も1日が始まる。
いつもと変わらない1日。
西門さんがここにいない1日。
西門さんは京都だ。
宗家所縁の禅寺での修行中。
そろそろそれも1年になる。
お家元はまだまだお若いしお元気だけれども、もしかしたら東京に帰ってきた暁には、西門さんの身には大きな動きがあるのかも知れない。
襲名とか… 婚約とか…?
一般庶民のあたしにはとても理解できない世界だけど。
兎も角、あの煩悩の塊みたいな人が、世間から隔絶された山奥のお寺で、真面目にお坊さんをやってるのを想像すると自然に笑いが込み上げてくる。
美味しいお酒もご飯も封印されて、夜遊びも出来ず、テレビも観れない、携帯電話も使えないところで暮らしてる西門さんって、どんな事になっちゃってるんだろ?
頭も一休さんよろしく丸めてたりして?
僧衣に身を包んだりしてるのかな?
でも、きっと本気になったら何でもやり遂げちゃうんだよね…
ちゃらんぽらんを装ってはいたけれど、本当は次期家元として茶の道に真摯に力を注いでいたのを知ってる。
自分の立ち位置に甘んじる事なく、常に弛まぬ努力を続け、その姿勢は流派の人達にも認められていた。
お寺でもお茶、点ててるのかなぁ?
茶室での西門さんの流れる様な美しい所作を思い浮かべながら、そんな事を思う。
折に触れ短い手紙を出していた。
自分が出掛けた先で撮った風景写真を添えて。
この1年の間に何通出したかは忘れたけど、返事は一度も届かなかった。
忙しいんだと思う。
あたしになんか返事を書く暇すら無いのかも知れない。
それでも手紙を出し続けたのは、読んでくれてたらいいな…と願ったから。
厳しい修行の合間に、ほんのひと時でもあたしの手紙を読んで、和んで欲しいと思ったから。
案外、封も切らずにそこら辺にうっちゃってたりして…
有り得る。
あのオトコなら有り得そうでヤダ!
家を出る時と、帰って来た時、1日2回郵便受けをチェックするのは、この1年の間に習慣になってしまった。
今朝もぱくりと開けた金属製の箱の中には、夜中にポスティングされたらしいチラシが数枚入ってた。
それを確認して扉を閉じる。
待ち焦がれているものは届かない。
来ないと分かっていても毎日見てしまう。
ふう…と小さな溜息が自分の口から漏れた。
__________
本日、拙宅開設1周年を迎えました!
わー! パチパチパチ*\(^o^)/*
偏にいつも遊びに来て下さってる皆様のお陰です。
そして、記念すべきこの日に60万HIT達成となります。
本当に有り難うございます!
これからもぼちぼち頑張りますので、応援、どうぞよろしくお願い致します!
1周年記念SS、色々なネタが浮かんでしまって。
書いてたら長くなり過ぎました!
ので、途中でぶった切りました。
今日中に後編のUPが目標です!
書けますように…

ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
桜もすっかり散っちゃって、色んな花がカラフルに咲いていて、木の枝は萌黄色の新芽がぐんぐん伸び出してる春なのに。
暖かいダウンや厚手のコートなんかもうしまっちゃって、手元にはペラペラのスプリングコートしかないっていうのに!
今日の寒さは一体何なのよ?
寒の戻りって言われたって、身も心も急過ぎる変化についてけない。
頼りなさ気な薄くて軽いナイロン生地を、無駄だと知りつつぎゅうっと身体に巻き付けて、寒風吹き荒ぶバス停に立ってた。
こんな日に限ってバスは時刻表通りにはやって来ない。
じりじりしながら、腕時計とバスが走って来る筈の道路を見比べること3回。
いや、間にもう一度時刻表も確認した。
それでもバスはまだ来ない。
そんな時、突然背中からふわんと温かなものに包まれた。
それが何なのか考える間もなく、耳元に甘い囁きが流れ込んで来る。
「牧野…」
ただ単に苗字を呼ばれただけなのに、この人の声で耳に届くと、途端に身体がふわふわと浮き上がるような感覚に襲われる。
聞き取った耳がどこか擽ったくて。
その擽ったさが漣のように耳から首筋、肩、腕を通して指先まで、そして背中にもじわんと広がって、あたしはそっと息を吐き出した。
「西門さん…?」
そんな声の持ち主の名前を呼んでみる。
あたしを緩く抱き締めてる腕を指先でなぞりつつ。
疑問形で聞いてはいるけど、あたしがその声の主を間違える訳ない。
世界中で一番好きな声。
ちょっと低くて、深みのある、それでいて通りのいいその声が聴こえるだけで、あたしは幸せになっちゃうんだから。
もっとその声が聴きたい。
さっきあたしを呼んでくれた声を頭の中でリフレインさせながら、そう思った。
携帯電話がぴぴぴと鳴って、はっとした。
目を開けて飛び込んで来た景色は、見慣れたあたしの部屋。
深呼吸を繰り返すと、とくとく鳴ってた心臓が、段々ゆっくりと落ち着きを取り戻してく。
なあんだ、夢か。
寒かったのは寝相が悪くて布団から転がり出たかららしい。
そしてふんわり包んでくれたのは、優しい温かな腕なんかじゃなくて、あたしのお気に入りの毛布だった。
それをぎゅっと握り締めてた指を解く。
もっと夢見てたかったな…
目覚まし、掛けなきゃ良かった。
夢でもいいから会いたいなんて、まるで恋する乙女みたいな事を思っちゃってる自分が女々しい気がして。
それを振り払うようにえいっ!と気合を入れて身体を起こした。
今日も1日が始まる。
いつもと変わらない1日。
西門さんがここにいない1日。
西門さんは京都だ。
宗家所縁の禅寺での修行中。
そろそろそれも1年になる。
お家元はまだまだお若いしお元気だけれども、もしかしたら東京に帰ってきた暁には、西門さんの身には大きな動きがあるのかも知れない。
襲名とか… 婚約とか…?
一般庶民のあたしにはとても理解できない世界だけど。
兎も角、あの煩悩の塊みたいな人が、世間から隔絶された山奥のお寺で、真面目にお坊さんをやってるのを想像すると自然に笑いが込み上げてくる。
美味しいお酒もご飯も封印されて、夜遊びも出来ず、テレビも観れない、携帯電話も使えないところで暮らしてる西門さんって、どんな事になっちゃってるんだろ?
頭も一休さんよろしく丸めてたりして?
僧衣に身を包んだりしてるのかな?
でも、きっと本気になったら何でもやり遂げちゃうんだよね…
ちゃらんぽらんを装ってはいたけれど、本当は次期家元として茶の道に真摯に力を注いでいたのを知ってる。
自分の立ち位置に甘んじる事なく、常に弛まぬ努力を続け、その姿勢は流派の人達にも認められていた。
お寺でもお茶、点ててるのかなぁ?
茶室での西門さんの流れる様な美しい所作を思い浮かべながら、そんな事を思う。
折に触れ短い手紙を出していた。
自分が出掛けた先で撮った風景写真を添えて。
この1年の間に何通出したかは忘れたけど、返事は一度も届かなかった。
忙しいんだと思う。
あたしになんか返事を書く暇すら無いのかも知れない。
それでも手紙を出し続けたのは、読んでくれてたらいいな…と願ったから。
厳しい修行の合間に、ほんのひと時でもあたしの手紙を読んで、和んで欲しいと思ったから。
案外、封も切らずにそこら辺にうっちゃってたりして…
有り得る。
あのオトコなら有り得そうでヤダ!
家を出る時と、帰って来た時、1日2回郵便受けをチェックするのは、この1年の間に習慣になってしまった。
今朝もぱくりと開けた金属製の箱の中には、夜中にポスティングされたらしいチラシが数枚入ってた。
それを確認して扉を閉じる。
待ち焦がれているものは届かない。
来ないと分かっていても毎日見てしまう。
ふう…と小さな溜息が自分の口から漏れた。
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本日、拙宅開設1周年を迎えました!
わー! パチパチパチ*\(^o^)/*
偏にいつも遊びに来て下さってる皆様のお陰です。
そして、記念すべきこの日に60万HIT達成となります。
本当に有り難うございます!
これからもぼちぼち頑張りますので、応援、どうぞよろしくお願い致します!
1周年記念SS、色々なネタが浮かんでしまって。
書いてたら長くなり過ぎました!
ので、途中でぶった切りました。
今日中に後編のUPが目標です!
書けますように…



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