え? 嘘っ? 雨?
さっきまで晴れ間も見えていて、蝉の鳴き声まで聞こえてたのに。
俄かに掻き曇り、空が暗くなった・・・と思ったら、ぱたぱたぱたっと雨粒が落ち始めた。
もう梅雨明けだって、この間TVで言ってたし。
朝見た天気予報も晴れマークだったから、すっかり油断して、折り畳み傘を持って出るのを忘れちゃった。
雨宿りしたいけど…
今は駅からアパートへと帰る途中。
運悪く、ぱっと傘を買えそうなコンビニも、軒下を借りられそうなお店もない住宅街を歩いてる。
仕方なく、冷房対策で持ち歩いてる薄手のパーカーを羽織って、フードもすっぽり被った。
まるでてるてる坊主みたいな見てくれだろうけど仕方ない。
最初は小粒だった雨は、どんどん大粒になり、降ってくる勢いも増している。
バッグに水が入らないように胸にしっかり抱えて、小走りでアパートへ向かった。
こんな天気だからか、道は行き交う人もなく、ただただ黒く濡れたアスファルトが続いてる。
雨が都会の澱んだ空気を洗い流していくかのように、埃っぽいような雨の匂いが鼻に届いた。
気付けば、防水でもない服の内側に雨水が入り込み、肌の上をつつつ・・・と流れてく。
でも今日の雨はちっとも冷たくない。
まるで温めのシャワーを浴びてるかのような気分だ。
これだけ濡れちゃったら、もう急がなくてもいいか・・・と、懸命に前に運び続けていた脚の動きを緩めた。
雨にこうやって打たれるのは好きじゃない。
思い出したくない記憶が呼び覚まされるから。
あの日はもっと遅い時間で、暗くて、寒くて。
ちっぽけで無力な自分が惨めで仕方なかった。
そして好きだった人を深く深く傷つけてしまって、背を向けてから泣いたっけ。
雨の冷たさよりも、張り裂けそうな胸の痛みを覚えてる。
道明寺はあたしの事、全部忘れてしまったけれど。
あの日の事も忘れてくれたんだから、あたしはどこか救われてるところがある。
あんな哀しい目をさせた。
喉の奥から絞り出すような苦しげな声、聞きたくなかった。
あたしの嘘で、道明寺の心を切り裂いた。
その事はもう道明寺の記憶に残っていない。
あの嘘はもう道明寺を傷つける事はないと思うと、自分の罪が減る訳じゃないけど少し軽くなる気がする。
水を吸って重くなった服に、重くなった足取りでアパートの前に辿り着くと、部屋の前には、その場に全くそぐわない人が立っていた。
「・・・何してんの、そんなとこで。」
「つくしちゃんこそ何やってんだよ、ずぶ濡れで。」
「あたしは傘持ってなくて、夕立に降られちゃったの。
悪いけどそこどいて。
あたし、服の中までびしょびしょなの。」
切れ長の綺麗な目がすっと細められて、何を考えてるのか読み取れない。
「俺も傘持ってねえ。」
「電話一本で黒塗りの車が迎えに来るんでしょ?
要らないじゃん。」
そう言いながら、この人は一体いつからここに立ってたんだろう・・・と思う。
見たところ濡れてはいないようだけど。
「じゃ、車が来るまで待たせてよ、牧野の部屋で。」
「あのね、あたしの部屋はワンルームなの!
こんな格好なんだよ。
お風呂も入りたいし、着替えもしたいの。
西門さんにいられちゃ困るの!」
「見て見ぬフリしてやるから、気にすんな。」
「無理っ!」
身体にへばりついてるパーカーを脱いで水を絞りたいんだけど、この人の前でそんな事をするのは憚られ。
取り敢えず、髪の毛から滴る水を絞って、バッグから出したタオルであちこちを拭った。
やっと寄り掛かっていたドアの前から退いてくれたから、鍵を回してドアを開ける。
「ごめん、傘貸すから・・・」
今日のところは帰って・・・と言う筈だったのに、背中からぎゅうっと抱き留められて、言葉が出て来なくなった。
「ぬ、れちゃうよ・・・」
「別に構わねえ。」
「こんなとこで困るよ。
人に見られる・・・」
「じゃ、部屋入れてくれ。」
変な脅し。
でも何故か聞き入れてしまって、2人で狭い部屋の中に立ってる。
雨音が洩れ聞こえる安普請のアパートの部屋で、何の言葉も交わさず、抱き締められていた。
熱い吐息が首に掛かって、えも言われぬ気持ちが湧き起こる。
「寒いか・・・?」
「寒くないよ。
夕立も何だか温かくってさ。
まるでシャワー浴びてるみたいだった。」
「みたい・・・じゃなくて、そのまんまだろ。
夕立は英語で “a sudden shower” だから。」
「ふうん・・・ そっか・・・」
この人は濡れてるあたしを抱き締めて、何してるんだろ・・・?
振り解けないあたしも大概未練がましいけど。
あたし達、こんな事してちゃいけない・・・
そう思ったら胸が鋭い痛みに貫かれた。
「牧野・・・」
「ん・・・?」
「お前のすべてを俺にくれ・・・ 頼む・・・」
そう言われて、一層強く抱きすくめられて。
身も心も苦しくなる。
「ダメだよ、そんな事言っちゃ・・・
西門さんにはあたしなんかじゃなくて、ちゃんとした人が相応しいんだから。」
「お前しかいらない。
お前しか欲しくない。
頼むから、うんって言ってくれ。」
震えてるのはあたしなんだろうか、それとも熱い熱を伝えてくる、この腕の方なんだろうか?
自分の目から熱い雫がぽろぽろと溢れ落ちて来て、濡れそぼった頬っぺたを更に濡らしてく。
「絶対苦労させる。
そんな事分かってんだ。
それでも俺にはお前しかいないから。
頼む、牧野・・・」
いいのかな・・・?
そんな事許されるんだろうか?
あたし、何も持ってないのに・・・
でも、いつもちゃらんぽらんを装ってるこの人の、真剣な言葉はあたしの胸に沁みて、幸せで目が回りそうになる。
「あたしでいいの・・・?」
「牧野じゃなきゃダメなんだよ。
お前みたいな女、他にはいねえだろ。」
そんな言葉に涙も止まり、ついくすりと笑ってしまった。
雑草は雑草のままだけど、美しく咲く花の陰に寄り添って支える事位は出来るのかもしれない。
それなら自分なりに頑張ってみようか・・・?
不安気な表情を浮かべてる顔を仰ぎ見て、そっと背伸びして唇を寄せたら、沢山のキスが降って来て、雨音さえ聞こえなくなった。
__________
えー、先日拙宅はコメント1000件を超えました。
(拍手コメントは含まれてません。)
いつも有り難うございます。
そのコメント1000件突破記念SSでございます。
先日、マジでびしょ濡れになった体験を活用しました。
転んでもタダでは起きません(笑)

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さっきまで晴れ間も見えていて、蝉の鳴き声まで聞こえてたのに。
俄かに掻き曇り、空が暗くなった・・・と思ったら、ぱたぱたぱたっと雨粒が落ち始めた。
もう梅雨明けだって、この間TVで言ってたし。
朝見た天気予報も晴れマークだったから、すっかり油断して、折り畳み傘を持って出るのを忘れちゃった。
雨宿りしたいけど…
今は駅からアパートへと帰る途中。
運悪く、ぱっと傘を買えそうなコンビニも、軒下を借りられそうなお店もない住宅街を歩いてる。
仕方なく、冷房対策で持ち歩いてる薄手のパーカーを羽織って、フードもすっぽり被った。
まるでてるてる坊主みたいな見てくれだろうけど仕方ない。
最初は小粒だった雨は、どんどん大粒になり、降ってくる勢いも増している。
バッグに水が入らないように胸にしっかり抱えて、小走りでアパートへ向かった。
こんな天気だからか、道は行き交う人もなく、ただただ黒く濡れたアスファルトが続いてる。
雨が都会の澱んだ空気を洗い流していくかのように、埃っぽいような雨の匂いが鼻に届いた。
気付けば、防水でもない服の内側に雨水が入り込み、肌の上をつつつ・・・と流れてく。
でも今日の雨はちっとも冷たくない。
まるで温めのシャワーを浴びてるかのような気分だ。
これだけ濡れちゃったら、もう急がなくてもいいか・・・と、懸命に前に運び続けていた脚の動きを緩めた。
雨にこうやって打たれるのは好きじゃない。
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あの日はもっと遅い時間で、暗くて、寒くて。
ちっぽけで無力な自分が惨めで仕方なかった。
そして好きだった人を深く深く傷つけてしまって、背を向けてから泣いたっけ。
雨の冷たさよりも、張り裂けそうな胸の痛みを覚えてる。
道明寺はあたしの事、全部忘れてしまったけれど。
あの日の事も忘れてくれたんだから、あたしはどこか救われてるところがある。
あんな哀しい目をさせた。
喉の奥から絞り出すような苦しげな声、聞きたくなかった。
あたしの嘘で、道明寺の心を切り裂いた。
その事はもう道明寺の記憶に残っていない。
あの嘘はもう道明寺を傷つける事はないと思うと、自分の罪が減る訳じゃないけど少し軽くなる気がする。
水を吸って重くなった服に、重くなった足取りでアパートの前に辿り着くと、部屋の前には、その場に全くそぐわない人が立っていた。
「・・・何してんの、そんなとこで。」
「つくしちゃんこそ何やってんだよ、ずぶ濡れで。」
「あたしは傘持ってなくて、夕立に降られちゃったの。
悪いけどそこどいて。
あたし、服の中までびしょびしょなの。」
切れ長の綺麗な目がすっと細められて、何を考えてるのか読み取れない。
「俺も傘持ってねえ。」
「電話一本で黒塗りの車が迎えに来るんでしょ?
要らないじゃん。」
そう言いながら、この人は一体いつからここに立ってたんだろう・・・と思う。
見たところ濡れてはいないようだけど。
「じゃ、車が来るまで待たせてよ、牧野の部屋で。」
「あのね、あたしの部屋はワンルームなの!
こんな格好なんだよ。
お風呂も入りたいし、着替えもしたいの。
西門さんにいられちゃ困るの!」
「見て見ぬフリしてやるから、気にすんな。」
「無理っ!」
身体にへばりついてるパーカーを脱いで水を絞りたいんだけど、この人の前でそんな事をするのは憚られ。
取り敢えず、髪の毛から滴る水を絞って、バッグから出したタオルであちこちを拭った。
やっと寄り掛かっていたドアの前から退いてくれたから、鍵を回してドアを開ける。
「ごめん、傘貸すから・・・」
今日のところは帰って・・・と言う筈だったのに、背中からぎゅうっと抱き留められて、言葉が出て来なくなった。
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「別に構わねえ。」
「こんなとこで困るよ。
人に見られる・・・」
「じゃ、部屋入れてくれ。」
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でも何故か聞き入れてしまって、2人で狭い部屋の中に立ってる。
雨音が洩れ聞こえる安普請のアパートの部屋で、何の言葉も交わさず、抱き締められていた。
熱い吐息が首に掛かって、えも言われぬ気持ちが湧き起こる。
「寒いか・・・?」
「寒くないよ。
夕立も何だか温かくってさ。
まるでシャワー浴びてるみたいだった。」
「みたい・・・じゃなくて、そのまんまだろ。
夕立は英語で “a sudden shower” だから。」
「ふうん・・・ そっか・・・」
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あたし達、こんな事してちゃいけない・・・
そう思ったら胸が鋭い痛みに貫かれた。
「牧野・・・」
「ん・・・?」
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そう言われて、一層強く抱きすくめられて。
身も心も苦しくなる。
「ダメだよ、そんな事言っちゃ・・・
西門さんにはあたしなんかじゃなくて、ちゃんとした人が相応しいんだから。」
「お前しかいらない。
お前しか欲しくない。
頼むから、うんって言ってくれ。」
震えてるのはあたしなんだろうか、それとも熱い熱を伝えてくる、この腕の方なんだろうか?
自分の目から熱い雫がぽろぽろと溢れ落ちて来て、濡れそぼった頬っぺたを更に濡らしてく。
「絶対苦労させる。
そんな事分かってんだ。
それでも俺にはお前しかいないから。
頼む、牧野・・・」
いいのかな・・・?
そんな事許されるんだろうか?
あたし、何も持ってないのに・・・
でも、いつもちゃらんぽらんを装ってるこの人の、真剣な言葉はあたしの胸に沁みて、幸せで目が回りそうになる。
「あたしでいいの・・・?」
「牧野じゃなきゃダメなんだよ。
お前みたいな女、他にはいねえだろ。」
そんな言葉に涙も止まり、ついくすりと笑ってしまった。
雑草は雑草のままだけど、美しく咲く花の陰に寄り添って支える事位は出来るのかもしれない。
それなら自分なりに頑張ってみようか・・・?
不安気な表情を浮かべてる顔を仰ぎ見て、そっと背伸びして唇を寄せたら、沢山のキスが降って来て、雨音さえ聞こえなくなった。
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