バイトを終えて、お店の裏口から出てきたら・・・
視界の端にちらっと黒塗りの高級車が入り込んでくる。
あー、もー、あの男は、 何だってこんな時に・・・
あたしは今それどころじゃないんだけど!
面倒臭いから知らん振りして逆方向に歩いちゃおうか?
それともだだーっと一気に車の脇を駆け抜けちゃうとか?
そう考えながら足を前に運び始めた時に、ぐいっと物凄い力で腕を引っ張られて、あたしは呆気なくバランスを崩した。
「ぎゃあっ!」
後ろにずっこけるみたいな感じで倒れ込んだ先には、がっしりした誰かさんの胸板があり、体勢を立て直すよりも早く、ひやりとした掌があたしのおでこに触れた。
「ふん、やっぱりな。」
「な、な、何よ? 何なのよ?」
「お前、こんな熱あるのにバイトなんかしてんじゃねえよ!」
「バイトは休めないって何度言ったら分かるのよ?
お店、人手不足なんだから、女将さん困っちゃう・・・」
「あー、つべこべうるせえ。行くぞ。」
「え? どこも行かないよ。あたしは部屋帰るんだってば・・・」
あたしの話を全く聞いていないこの男は、疲れと発熱のせいで力が入りにくいあたしの身体をぐいぐい引っ張って、車の後部座席に押し込んだ。
そして隣にどかっと座って「どこか夜間救急ある近場の病院探して。」とか運転手さんに横柄な態度で告げてる。
「ちょっと! 勝手な事しないで。
あたし病院なんて行かないっ!
もう帰って寝るんだから。」
「うるせえ、病人の癖に口答えすんな!
大体お前は自分の体力、過信し過ぎなんだよ。
こんなヒョロヒョロの身体で、碌なモン食ってなくて、寝てるだけで治る訳ねーだろ。」
「総二郎様・・・
ここから一番近いところですと、高輪の方で受け入れしている病院があるとの事ですが。」
「ああ、じゃあ、そこにやって。」
「あ、あの、すみません!
あたし、病院行きませんから!
すぐ降りますから!」
そう言ったら、隣の席の人にギロリと睨み付けられた。
「ふざけんな。絶対に病院連れてくからな。」
「病院なんか行かないって言ってるでしょ!
何であたしの話聞かないのよ?」
「お前こそ俺の言う事全然聞いてねえじゃねえか!
あーーー!!! ったく!
分かった。病院じゃなきゃいいんだな?
大野さん、目黒。目黒に回して。」
「畏まりました。」
車がすうっと動き始める。
「ねえ、目黒って?」
「キーキーうるせえ。ちょっと黙っとけ。」
「何よ、黙っとけって!
あたしは自分がどこに連れてかれるのか、知る権利があるでしょ?」
そう食って掛かった筈なのに、身体がふわっと浮いたような気がして、次の瞬間、あたしはシートに横になってた。
それもこのいけ好かない男の膝を枕にして!
「お前・・・ ホントは喋るのも辛い癖に。
なんだってそんなにギリギリまで頑張っちまうんだよ。
いいから着くまで寝とけ。」
不意に優しい言葉を掛けられて。
急に強張っていた身体から力が抜けてしまった。
目を覆うようにあてがわれた大きな手がひやりとして気持ちが良くて。
意固地になっていた気持ちがすうっと解れていく。
ずーっとズキンズキンと痛んでいた頭も、横になったらすこし楽になった気がした。
「はぁ・・・」
胸の中から熱い呼気が溢れてくる。
何故だかちょっと泣きそうだ。
瞼の裏がじんじんする。
人の手があたしに触れている感触ってこんなに安心しちゃう事だったんだっけ?
あたしはそんな事、忘れていたみたい。
段々とあたしの熱を吸い取って、温まりつつある掌を感じながら、また熱い吐息をふう・・・と吐いた。
背筋がゾクゾクするせいで身体をふるっと震わせたら、掌がおでこから離れて行き・・・
多少の振動と衣擦れの音の後に、ぱさりと上半身に何かが掛けられた。
薄目を開けて見遣れば、それは思った通り西門さんが着ていた柔らかそうなカシミアのコート。
「い、いいよ。
西門さんが風邪引いちゃう。」
「こんな暖房効いてる車内にいて、風邪なんか引かねえよ。
お前は黙って寝てろ。」
そう言ってまたあたしの瞼を指でなぞって、目を閉じさせちゃう。
目を瞑っているのに目が回るのは・・・
熱のせいなのか、この人のせいなのか?
束の間、あたしの意識は遠のき、気が付いた時には車はどこかのマンションの前に停まっていた。
「牧野、着いたぞ。歩けるか?」
「ん・・・」
ぎしぎしする身体を起こそうと力を入れようとしたら、それよりも早く西門さんの手で座席に座らされてた。
車のドアが開けられ、西門さんがあたしの手を取って、車から降ろしてくれる。
西門さんのコートを羽織らされ、熱でぼうっとしたまま、手を引かれるままに後をついていった。
「ねえ、ここ、どこ?」
「すぐに分かる。」
インターホンに向かって「あ、俺。」としか言わないから。
誰に向かって話してるのかちっとも分からないし。
頭がくらくらして、真面な思考が働かない。
もう抵抗する気もなくなって、西門さんの手に導かれるまま、知らないマンションの廊下を歩いて行くと、少し先のドアの前に女の人が1人立っている。
え? この男、あたしを自分のオンナのマンションに連れて来たの?
何それ? 一体どういうつもり?
「総二郎くん、こっち、こっち。」
綺麗な女の人が西門さんに向かって手を振っている。
途端に胸がムカムカしてきた。
踵を返そうにも、 西門さんに手をがっちり握られてるし、もうその人は目前に立ってるしで、逃げ出せない。
「あなたが牧野さんね。
顔、真っ赤だ。辛いでしょ? 大丈夫?
早く中に入って。」
「ありがと、ミヤコさん。助かる。」
「ふふふ、ウチは夜間急患診療所じゃないわよー。
高くつくよ、総二郎くん。」
「ミヤコさんの好きなワインを好きなだけ届けさせるから。
それで勘弁してよ。」
「それはそれは。でも美味しいつまみもないとねえ。」
「はいはい、チーズだろ。仰せのままに。
だから、早くコイツのこと診てやってよ。」
気安い感じに言葉を交わしてるけど、西門さんの方がちょっと手玉に取られてるような、あたしの知らない不思議な力関係の女の人。
一体この人は西門さんの何なんだろう?
診てやってよ・・・って、お医者さん?
頭の中にはハテナが飛び交いながら、促されるままその人の部屋であろう中に入ってしまった。
ソファに座らされ、体温計を手渡される。
「ちょっと失礼。」
両手で首のリンパ節を探られる。
「口開けてー。
あーって声出してみて。」
「あー・・・」
「うん、喉ちょっと赤いねえ。」
ぴぴぴっと鳴った体温計。
自分で数値を確認する間もなく、女の人に取られてしまった。
「8度3分。まだこれから上がるかも知れないなあ。
総二郎くん、ちょっとキッチン行って、温かいお茶淹れて来て。」
「・・・はいはい。」
西門さんがリビングを出て行く。
目の前の人があたしにパチリとウインクした。
小さな声で悪戯っぽく囁く。
「邪魔者はいなくなったから。
ちょっと胸の音聞かせてね。」
どこかから取り出した聴診器を耳に当て、あたしに服を捲るように促してきた。
「吸ってー、吐いてー、はい、もう一回吸ってー、吐いてー。
うん、胸の音は綺麗。
肺炎とかじゃないから、安心してね。
風邪だなあ、これ。
大人しくして、栄養取るのが一番早く元気になる近道。」
あたしの服を整えるのを手助けしてくれながら、女の人はそう言った。
「あ、あの・・・ お医者様なんですか?」
「え? あ、うん、そうだけど。私の事、聞いてないの?」
「はあ。何も・・・」
「ホント、しょうがないな、あのコは。
何を照れてるんだか。」
西門さんの事、あのコって呼んじゃうこの人は一体・・・?
そう思った時、目の前の美しい女医さんはにっこり笑って自己紹介した。
「初めまして、牧野つくしさん。
お噂はかねがね。
西門 京です。宜しくね。」
__________
Happy Birthday 総二郎!
12月3日、本日は総二郎のお誕生日です♪
今年のBirthday SSはつくし視点でのお話となりました。
それも風邪引かされてるしー(苦笑)
これは、先日まで管理人がしつこい風邪と戦っていた影響が色濃く出ております(^^;
優しく看病してくれるいいオトコは・・・生憎いなかったけどな!
新キャラ・ミヤコさん登場です。
まあ、皆様、想像通りの方ですよ(笑)
つくしは鈍感だから分からないけど!
まだ全然お誕生日っぽくないですが・・・ラストまでには誕生日っぽくなる・・・筈!
という事で、お楽しみ頂ければ幸いです!

ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
視界の端にちらっと黒塗りの高級車が入り込んでくる。
あー、もー、あの男は、 何だってこんな時に・・・
あたしは今それどころじゃないんだけど!
面倒臭いから知らん振りして逆方向に歩いちゃおうか?
それともだだーっと一気に車の脇を駆け抜けちゃうとか?
そう考えながら足を前に運び始めた時に、ぐいっと物凄い力で腕を引っ張られて、あたしは呆気なくバランスを崩した。
「ぎゃあっ!」
後ろにずっこけるみたいな感じで倒れ込んだ先には、がっしりした誰かさんの胸板があり、体勢を立て直すよりも早く、ひやりとした掌があたしのおでこに触れた。
「ふん、やっぱりな。」
「な、な、何よ? 何なのよ?」
「お前、こんな熱あるのにバイトなんかしてんじゃねえよ!」
「バイトは休めないって何度言ったら分かるのよ?
お店、人手不足なんだから、女将さん困っちゃう・・・」
「あー、つべこべうるせえ。行くぞ。」
「え? どこも行かないよ。あたしは部屋帰るんだってば・・・」
あたしの話を全く聞いていないこの男は、疲れと発熱のせいで力が入りにくいあたしの身体をぐいぐい引っ張って、車の後部座席に押し込んだ。
そして隣にどかっと座って「どこか夜間救急ある近場の病院探して。」とか運転手さんに横柄な態度で告げてる。
「ちょっと! 勝手な事しないで。
あたし病院なんて行かないっ!
もう帰って寝るんだから。」
「うるせえ、病人の癖に口答えすんな!
大体お前は自分の体力、過信し過ぎなんだよ。
こんなヒョロヒョロの身体で、碌なモン食ってなくて、寝てるだけで治る訳ねーだろ。」
「総二郎様・・・
ここから一番近いところですと、高輪の方で受け入れしている病院があるとの事ですが。」
「ああ、じゃあ、そこにやって。」
「あ、あの、すみません!
あたし、病院行きませんから!
すぐ降りますから!」
そう言ったら、隣の席の人にギロリと睨み付けられた。
「ふざけんな。絶対に病院連れてくからな。」
「病院なんか行かないって言ってるでしょ!
何であたしの話聞かないのよ?」
「お前こそ俺の言う事全然聞いてねえじゃねえか!
あーーー!!! ったく!
分かった。病院じゃなきゃいいんだな?
大野さん、目黒。目黒に回して。」
「畏まりました。」
車がすうっと動き始める。
「ねえ、目黒って?」
「キーキーうるせえ。ちょっと黙っとけ。」
「何よ、黙っとけって!
あたしは自分がどこに連れてかれるのか、知る権利があるでしょ?」
そう食って掛かった筈なのに、身体がふわっと浮いたような気がして、次の瞬間、あたしはシートに横になってた。
それもこのいけ好かない男の膝を枕にして!
「お前・・・ ホントは喋るのも辛い癖に。
なんだってそんなにギリギリまで頑張っちまうんだよ。
いいから着くまで寝とけ。」
不意に優しい言葉を掛けられて。
急に強張っていた身体から力が抜けてしまった。
目を覆うようにあてがわれた大きな手がひやりとして気持ちが良くて。
意固地になっていた気持ちがすうっと解れていく。
ずーっとズキンズキンと痛んでいた頭も、横になったらすこし楽になった気がした。
「はぁ・・・」
胸の中から熱い呼気が溢れてくる。
何故だかちょっと泣きそうだ。
瞼の裏がじんじんする。
人の手があたしに触れている感触ってこんなに安心しちゃう事だったんだっけ?
あたしはそんな事、忘れていたみたい。
段々とあたしの熱を吸い取って、温まりつつある掌を感じながら、また熱い吐息をふう・・・と吐いた。
背筋がゾクゾクするせいで身体をふるっと震わせたら、掌がおでこから離れて行き・・・
多少の振動と衣擦れの音の後に、ぱさりと上半身に何かが掛けられた。
薄目を開けて見遣れば、それは思った通り西門さんが着ていた柔らかそうなカシミアのコート。
「い、いいよ。
西門さんが風邪引いちゃう。」
「こんな暖房効いてる車内にいて、風邪なんか引かねえよ。
お前は黙って寝てろ。」
そう言ってまたあたしの瞼を指でなぞって、目を閉じさせちゃう。
目を瞑っているのに目が回るのは・・・
熱のせいなのか、この人のせいなのか?
束の間、あたしの意識は遠のき、気が付いた時には車はどこかのマンションの前に停まっていた。
「牧野、着いたぞ。歩けるか?」
「ん・・・」
ぎしぎしする身体を起こそうと力を入れようとしたら、それよりも早く西門さんの手で座席に座らされてた。
車のドアが開けられ、西門さんがあたしの手を取って、車から降ろしてくれる。
西門さんのコートを羽織らされ、熱でぼうっとしたまま、手を引かれるままに後をついていった。
「ねえ、ここ、どこ?」
「すぐに分かる。」
インターホンに向かって「あ、俺。」としか言わないから。
誰に向かって話してるのかちっとも分からないし。
頭がくらくらして、真面な思考が働かない。
もう抵抗する気もなくなって、西門さんの手に導かれるまま、知らないマンションの廊下を歩いて行くと、少し先のドアの前に女の人が1人立っている。
え? この男、あたしを自分のオンナのマンションに連れて来たの?
何それ? 一体どういうつもり?
「総二郎くん、こっち、こっち。」
綺麗な女の人が西門さんに向かって手を振っている。
途端に胸がムカムカしてきた。
踵を返そうにも、 西門さんに手をがっちり握られてるし、もうその人は目前に立ってるしで、逃げ出せない。
「あなたが牧野さんね。
顔、真っ赤だ。辛いでしょ? 大丈夫?
早く中に入って。」
「ありがと、ミヤコさん。助かる。」
「ふふふ、ウチは夜間急患診療所じゃないわよー。
高くつくよ、総二郎くん。」
「ミヤコさんの好きなワインを好きなだけ届けさせるから。
それで勘弁してよ。」
「それはそれは。でも美味しいつまみもないとねえ。」
「はいはい、チーズだろ。仰せのままに。
だから、早くコイツのこと診てやってよ。」
気安い感じに言葉を交わしてるけど、西門さんの方がちょっと手玉に取られてるような、あたしの知らない不思議な力関係の女の人。
一体この人は西門さんの何なんだろう?
診てやってよ・・・って、お医者さん?
頭の中にはハテナが飛び交いながら、促されるままその人の部屋であろう中に入ってしまった。
ソファに座らされ、体温計を手渡される。
「ちょっと失礼。」
両手で首のリンパ節を探られる。
「口開けてー。
あーって声出してみて。」
「あー・・・」
「うん、喉ちょっと赤いねえ。」
ぴぴぴっと鳴った体温計。
自分で数値を確認する間もなく、女の人に取られてしまった。
「8度3分。まだこれから上がるかも知れないなあ。
総二郎くん、ちょっとキッチン行って、温かいお茶淹れて来て。」
「・・・はいはい。」
西門さんがリビングを出て行く。
目の前の人があたしにパチリとウインクした。
小さな声で悪戯っぽく囁く。
「邪魔者はいなくなったから。
ちょっと胸の音聞かせてね。」
どこかから取り出した聴診器を耳に当て、あたしに服を捲るように促してきた。
「吸ってー、吐いてー、はい、もう一回吸ってー、吐いてー。
うん、胸の音は綺麗。
肺炎とかじゃないから、安心してね。
風邪だなあ、これ。
大人しくして、栄養取るのが一番早く元気になる近道。」
あたしの服を整えるのを手助けしてくれながら、女の人はそう言った。
「あ、あの・・・ お医者様なんですか?」
「え? あ、うん、そうだけど。私の事、聞いてないの?」
「はあ。何も・・・」
「ホント、しょうがないな、あのコは。
何を照れてるんだか。」
西門さんの事、あのコって呼んじゃうこの人は一体・・・?
そう思った時、目の前の美しい女医さんはにっこり笑って自己紹介した。
「初めまして、牧野つくしさん。
お噂はかねがね。
西門 京です。宜しくね。」
__________
Happy Birthday 総二郎!
12月3日、本日は総二郎のお誕生日です♪
今年のBirthday SSはつくし視点でのお話となりました。
それも風邪引かされてるしー(苦笑)
これは、先日まで管理人がしつこい風邪と戦っていた影響が色濃く出ております(^^;
優しく看病してくれるいいオトコは・・・生憎いなかったけどな!
新キャラ・ミヤコさん登場です。
まあ、皆様、想像通りの方ですよ(笑)
つくしは鈍感だから分からないけど!
まだ全然お誕生日っぽくないですが・・・ラストまでには誕生日っぽくなる・・・筈!
という事で、お楽しみ頂ければ幸いです!



ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
