きつくきつく目を閉じても。
それは何の意味もないよ。
だって、深く息を吸い込めば、貴方の香りがするから。
時々漏れ聞こえてくる微かな吐息混じりの声。
手を伸ばして触れた汗ばむ肌。
あたしに触れている手も、与えてくれる熱も、激しさも、全部貴方だけのもの。
「牧野、目瞑ってろよ。」
貴方はいつもそう言うけれど。
本当に意味がないと思うんだ。
目を閉じていようとも、今ここにいるのは貴方だと、あたしの全てで感じてる。
分不相応な恋をしていることは、元から分かっていた事。
それでも心のどこかでは、一縷の望み捨てきれずにいたらしい。
いつかこんな日が来るんじゃないかって、何度も何度も恐れながら想像してしまっていたのに。
久し振りに聞いた電話越しの声は、あたしの耳に硬く響いた。
自分から決して謝ったりしない俺様のあいつが「すまない。俺の力不足だった。」なんて言うのを、どこか夢現で受け止める。
あいつは悪くない。
ただ待つことしか出来なかったあたしの為に、きっと精一杯頑張ってくれた。
強く想えば、努力すれば、願いは必ず叶う・・・なんて信じていたのは、何も知らなかった子供の頃のあたし。
今は現実を知っている筈なのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう・・・?
通話を終えて、携帯電話を手放すと、一粒の涙が零れて、ぱたりと音を立て服の上に染みを作った。
喉の奥に熱いものが迫り上がって来て、それをこくりと飲み下そうと試みたけど、どうにも出来なくて。
足掻いているうちに涙が両の目からぽろぽろと零れ落ちて、止められなくなった。
声を上げないように堪えていたのに、段々としゃくりあげ、咽び泣く。
どのくらい時間がだったのだろう。
ひとしきり泣いて、とうとう泣く気力も無くなって、ベッドに突っ伏していると、部屋にチャイムの音が響いた。
どうせ新聞の勧誘か何かだろうと、無視することにしたのに、何度もしつこくチャイムが鳴らされる。
早く諦めて通り過ぎてよ・・・
そう思った時にその声は聞こえて来た。
「牧野、いるんだろ?」
「お前、居留守なんか使ってんじゃねえぞ。」
「牧野、ドア開けろ。さっさと開けないと蹴破るぞ。」
何だってこんな時に?
本当に安普請のドアを蹴破られそうな気がして、そんな事をやりかねない人だとも思えて、渋々重い身体を引きずって、玄関のドアを開けたら、声の主は一瞬目を見開いて驚いた顔をした。
あたしが相当酷い顔をしていたんだろう。
そしてふう・・・と一つ大きな溜息を吐いた後、「やっぱり居留守じゃねえか。」と呟いた。
「・・・何しに来たの?」
泣き腫らした顔を見られる気不味さから、つい顔をあらぬ方向へと逸らす。
「 あたし、今日は誰かと会いたい気分じゃないから。
悪いけど帰ってくれないかな?」
「・・・泣いてたんだろ?」
「関係ないでしょ、西門さんには。」
今こうやって、立っているだけでも辛いのに。
人と喋ったりする気力なんか湧いてこない。
放っといて欲しい。
早く1人になりたい。
それなのに、こんな弱っているあたしを、見過ごしてくれない。
ドアの内側に無理矢理押し入って来るという乱暴さとは裏腹に、温かな掌がそっとそっと壊れ物に触れるかのように頬っぺたを包み、親指の腹で涙の痕をなぞられた。
そんな優しさがちくちくとあたしの心を刺激して、また身体の内側の水位がぐっと上がってしまう。
「触んないで。」
こんな時に人の温もりを感じたくない。
それに縋りつきそうになってしまうもの。
自分をちゃんと保てない事が俄かに怖くなって、その手を振り払おうとしたのに、軽い衝撃を受けると同時に視界は暗転し、身動きが取れなくなる。
抱き竦められているのだと気付くのに、少しの時間が必要だった。
「牧野、目を瞑ってろよ。
そうすりゃ、お前が求めてる男がここにいるって思えるだろ。」
憐れみなんか要らない。
そう言おうとしたのに、その前に唇を塞がれた。
力任せの口付けを受けながら、行き場のない想いが涙になって流れてく。
知らない唇の感触に、余計に切なくなるばかりで、あいつがここにはいないと実感させられる。
泣きながら口を塞がれているせいで酸素が足りなくて、瞼の裏でちかちかと光が瞬き、膝から力が抜けていった。
やっと解放された口から息を吸い込み、溺れかけた人の様にはあはあと喘ぐ。
唇で涙を掬い上げられ、目尻にそれが押し当てられた。
「牧野・・・」
あたしの気持ちを宥めようと名前を優しく囁く。
でもそんなの逆効果だ。
その優しさはあたしに涙を流させるだけ。
何故この人が今ここにいるのか・・・とか、どうしてこんな事をしてあたしに涙を流させるのか・・・とか、大切な事を何も考えられずに、その腕に縋り付いて泣くことしか出来なかった。
西門さんは不意に現れては、あの台詞を口にする。
「牧野、目瞑ってろよ。」
時に隣にそっと寄り添い、時に手を握り。
あたしが眠ってしまうまで、束の間の人の温もりを与えてくれる。
それはあくまでも優しい行いなのに、あたしの心は逆に乱れるばかりだった。
どんなに目を閉じていても、貴方を他の誰かの身代わりだなんて思えないよ。
あいつはあいつで。
貴方は貴方だもの。
あたしの中のぽっかりと開いた穴は埋められることはなく、そのまま残り。
その一方で、新しい胸騒ぎが居座るようになった。
言われた通りに目を瞑れば、見えないからこそ、他の感覚は些細な変化でも拾おうと、常よりも敏感になる。
優しく触れていた指先が、熱が籠ってこれまでと違う意味を持っている事に気付いた夜。
その手から逃げずに身体を任せたのは、決して投げ遣りな気持ちじゃなかった。
きっとあたしは変えたかったんだ。
「目を瞑って。」って、言われるのはもう止めたかった。
目を開いて、向かい合いたい。
そう望んだけれど、初めての夜を越えた後も、互いの立ち位置は変わることが無かった。
ねえ、西門さん。
どうしたらあたし達は向かい合えるの?
誰かの身代わりなんかじゃなく、真っ直ぐ貴方を見詰めたい。
貴方にも、同情じゃなく、憐みじゃなく、あたしをあたしとして見詰めて欲しい。
そう望むのは、貴方にとって重荷なのかな・・・
今夜も貴方はあたしの耳元で囁くんだろう。
「牧野、目瞑ってろよ。」って。
あたしはまた目を閉じて、貴方を感じる為に、全ての感覚を研ぎ澄ます。
__________
大変長らくお待たせいたしました。
年末からほぼ1ヶ月放置していた拙宅ですが、やっと1話UPすることが出来ました。
はあ、良かった。
それにしては、ちょっと切なめのお話となりましたが。
個人的には切ない話書くの大好きなので、ノリノリで書きました(苦笑)
ひと月の間、書いてなかった訳じゃないんですよー。
色んなのの続きを書いてみたり、全然違う新しいのを書いちゃったり。
でもUP出来る程度まで纏まってなくて(^_^;)
ボチボチ頑張ります!
1月7日。七草粥の事をすっかり忘れてカレー作っちゃった。
1月11日。鏡開きもすっかり忘れ、翌12日に気付く。餅は13日に焼いて食べた。
1月16日。突然ノロウイルスに倒れる。いやー、辛かったわ、ホントに!
ノロウイルス、気を付けてるつもりでも毎年罹ってるんですよねぇ。
インフルエンザも流行ってますし。
皆様も体調管理、お気を付け下さいね!
関東は昨日から雪!
朝には結構積もってる筈。
自転車通勤封印だー。
転ばないように歩くのには自信があります!(北国育ちゆえ)

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それは何の意味もないよ。
だって、深く息を吸い込めば、貴方の香りがするから。
時々漏れ聞こえてくる微かな吐息混じりの声。
手を伸ばして触れた汗ばむ肌。
あたしに触れている手も、与えてくれる熱も、激しさも、全部貴方だけのもの。
「牧野、目瞑ってろよ。」
貴方はいつもそう言うけれど。
本当に意味がないと思うんだ。
目を閉じていようとも、今ここにいるのは貴方だと、あたしの全てで感じてる。
分不相応な恋をしていることは、元から分かっていた事。
それでも心のどこかでは、一縷の望み捨てきれずにいたらしい。
いつかこんな日が来るんじゃないかって、何度も何度も恐れながら想像してしまっていたのに。
久し振りに聞いた電話越しの声は、あたしの耳に硬く響いた。
自分から決して謝ったりしない俺様のあいつが「すまない。俺の力不足だった。」なんて言うのを、どこか夢現で受け止める。
あいつは悪くない。
ただ待つことしか出来なかったあたしの為に、きっと精一杯頑張ってくれた。
強く想えば、努力すれば、願いは必ず叶う・・・なんて信じていたのは、何も知らなかった子供の頃のあたし。
今は現実を知っている筈なのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう・・・?
通話を終えて、携帯電話を手放すと、一粒の涙が零れて、ぱたりと音を立て服の上に染みを作った。
喉の奥に熱いものが迫り上がって来て、それをこくりと飲み下そうと試みたけど、どうにも出来なくて。
足掻いているうちに涙が両の目からぽろぽろと零れ落ちて、止められなくなった。
声を上げないように堪えていたのに、段々としゃくりあげ、咽び泣く。
どのくらい時間がだったのだろう。
ひとしきり泣いて、とうとう泣く気力も無くなって、ベッドに突っ伏していると、部屋にチャイムの音が響いた。
どうせ新聞の勧誘か何かだろうと、無視することにしたのに、何度もしつこくチャイムが鳴らされる。
早く諦めて通り過ぎてよ・・・
そう思った時にその声は聞こえて来た。
「牧野、いるんだろ?」
「お前、居留守なんか使ってんじゃねえぞ。」
「牧野、ドア開けろ。さっさと開けないと蹴破るぞ。」
何だってこんな時に?
本当に安普請のドアを蹴破られそうな気がして、そんな事をやりかねない人だとも思えて、渋々重い身体を引きずって、玄関のドアを開けたら、声の主は一瞬目を見開いて驚いた顔をした。
あたしが相当酷い顔をしていたんだろう。
そしてふう・・・と一つ大きな溜息を吐いた後、「やっぱり居留守じゃねえか。」と呟いた。
「・・・何しに来たの?」
泣き腫らした顔を見られる気不味さから、つい顔をあらぬ方向へと逸らす。
「 あたし、今日は誰かと会いたい気分じゃないから。
悪いけど帰ってくれないかな?」
「・・・泣いてたんだろ?」
「関係ないでしょ、西門さんには。」
今こうやって、立っているだけでも辛いのに。
人と喋ったりする気力なんか湧いてこない。
放っといて欲しい。
早く1人になりたい。
それなのに、こんな弱っているあたしを、見過ごしてくれない。
ドアの内側に無理矢理押し入って来るという乱暴さとは裏腹に、温かな掌がそっとそっと壊れ物に触れるかのように頬っぺたを包み、親指の腹で涙の痕をなぞられた。
そんな優しさがちくちくとあたしの心を刺激して、また身体の内側の水位がぐっと上がってしまう。
「触んないで。」
こんな時に人の温もりを感じたくない。
それに縋りつきそうになってしまうもの。
自分をちゃんと保てない事が俄かに怖くなって、その手を振り払おうとしたのに、軽い衝撃を受けると同時に視界は暗転し、身動きが取れなくなる。
抱き竦められているのだと気付くのに、少しの時間が必要だった。
「牧野、目を瞑ってろよ。
そうすりゃ、お前が求めてる男がここにいるって思えるだろ。」
憐れみなんか要らない。
そう言おうとしたのに、その前に唇を塞がれた。
力任せの口付けを受けながら、行き場のない想いが涙になって流れてく。
知らない唇の感触に、余計に切なくなるばかりで、あいつがここにはいないと実感させられる。
泣きながら口を塞がれているせいで酸素が足りなくて、瞼の裏でちかちかと光が瞬き、膝から力が抜けていった。
やっと解放された口から息を吸い込み、溺れかけた人の様にはあはあと喘ぐ。
唇で涙を掬い上げられ、目尻にそれが押し当てられた。
「牧野・・・」
あたしの気持ちを宥めようと名前を優しく囁く。
でもそんなの逆効果だ。
その優しさはあたしに涙を流させるだけ。
何故この人が今ここにいるのか・・・とか、どうしてこんな事をしてあたしに涙を流させるのか・・・とか、大切な事を何も考えられずに、その腕に縋り付いて泣くことしか出来なかった。
西門さんは不意に現れては、あの台詞を口にする。
「牧野、目瞑ってろよ。」
時に隣にそっと寄り添い、時に手を握り。
あたしが眠ってしまうまで、束の間の人の温もりを与えてくれる。
それはあくまでも優しい行いなのに、あたしの心は逆に乱れるばかりだった。
どんなに目を閉じていても、貴方を他の誰かの身代わりだなんて思えないよ。
あいつはあいつで。
貴方は貴方だもの。
あたしの中のぽっかりと開いた穴は埋められることはなく、そのまま残り。
その一方で、新しい胸騒ぎが居座るようになった。
言われた通りに目を瞑れば、見えないからこそ、他の感覚は些細な変化でも拾おうと、常よりも敏感になる。
優しく触れていた指先が、熱が籠ってこれまでと違う意味を持っている事に気付いた夜。
その手から逃げずに身体を任せたのは、決して投げ遣りな気持ちじゃなかった。
きっとあたしは変えたかったんだ。
「目を瞑って。」って、言われるのはもう止めたかった。
目を開いて、向かい合いたい。
そう望んだけれど、初めての夜を越えた後も、互いの立ち位置は変わることが無かった。
ねえ、西門さん。
どうしたらあたし達は向かい合えるの?
誰かの身代わりなんかじゃなく、真っ直ぐ貴方を見詰めたい。
貴方にも、同情じゃなく、憐みじゃなく、あたしをあたしとして見詰めて欲しい。
そう望むのは、貴方にとって重荷なのかな・・・
今夜も貴方はあたしの耳元で囁くんだろう。
「牧野、目瞑ってろよ。」って。
あたしはまた目を閉じて、貴方を感じる為に、全ての感覚を研ぎ澄ます。
__________
大変長らくお待たせいたしました。
年末からほぼ1ヶ月放置していた拙宅ですが、やっと1話UPすることが出来ました。
はあ、良かった。
それにしては、ちょっと切なめのお話となりましたが。
個人的には切ない話書くの大好きなので、ノリノリで書きました(苦笑)
ひと月の間、書いてなかった訳じゃないんですよー。
色んなのの続きを書いてみたり、全然違う新しいのを書いちゃったり。
でもUP出来る程度まで纏まってなくて(^_^;)
ボチボチ頑張ります!
1月7日。七草粥の事をすっかり忘れてカレー作っちゃった。
1月11日。鏡開きもすっかり忘れ、翌12日に気付く。餅は13日に焼いて食べた。
1月16日。突然ノロウイルスに倒れる。いやー、辛かったわ、ホントに!
ノロウイルス、気を付けてるつもりでも毎年罹ってるんですよねぇ。
インフルエンザも流行ってますし。
皆様も体調管理、お気を付け下さいね!
関東は昨日から雪!
朝には結構積もってる筈。
自転車通勤封印だー。
転ばないように歩くのには自信があります!(北国育ちゆえ)



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