携帯の光が、暗い部屋の中で灯台の明かりのように、点いては消え、点いては消え・・・を繰り返している。
あれは自分のじゃなくて、彼の携帯だ。
そうだ、あたしはもうあの光を待つのを止めたんだ。
待たなくなったあたしの視界には、何の道標も無くなった。
自分がどこに向かって行けばいいのか分からない。
唯々波に揺られて暗い海を漂うだけ。
いつ転覆するのかも分からない。
でももう大きな波に飲まれてしまう事すらどうでもよくなった。
そうなるならなればいい。
海の底に沈んでしまっても、それもまたあたしの運命なんだろう。
そんな投げ遣りな気持ちで、暗闇で瞬く光を見詰める。
彼には、あの携帯を鳴らす人がいる。
彼に会いたいと焦がれている人がいる。
心のどこかで、あの光を羨ましいと思ってしまうけれど、果たしてあたしはどちらを羨んでいるのだろう?
携帯を鳴らし、相手の声を聞きたいと願う情熱を持つことにか、それとも誰かにそうやって想われたいという希求なのか。
あたしは・・・
そこまで考えたけど、やっぱり考えても仕方ない事だと思い直した。
今更どんなに足掻いても、あたしの携帯はもう光らないし、あたしから電話を掛ける事も無いのだから。
もう何も望まない。
求めない。
あたしは胸が潰れるような想いを真っ暗な海へと手放して、思い描いていた儚い夢を水底に沈め、唯々漂い流されていくだけなのだ。
あたしがおずおずとバスルームから出て行くと、彼は窓際に立っていた。
よく知っている彼の、見慣れないバスローブ姿に、どきりとしてしまう。
手にしていた携帯をぱたりとテーブルに置いて、あたしの方に振り返った。
あたしはこの期に及んで怖気付き、逃げ出したいような気持ちになったのに、彼はこの上なく優し気な表情であたしを見詰めてくる。
「牧野。」
どうしていいのか分からないでその場に立ち竦んでいたら、彼はふ・・・と甘く目を眇めた。
「おいで。」
おいで・・・と言ったけど、彼の方があたしに歩み寄って来て、目の前で立ち止まる。
そのまま抱き締められるか、キスされるのかと想像したけれど、何も起こらない。
どうしてだろう?と不思議に思って顔を上げたら、甘い微笑みが降ってきて、そして頬っぺたを大きな掌で包まれた。
そのまま指先で耳の淵をなぞられ、反射的に首を縮めてしまう。
「緊張してる?」
「ん・・・」
こくりと頷くと、「俺もだよ。」と返された。
嘘だ、そんなの。
貴方にとって、こんなのはよくある場面のうちのほんのひとつで。
いつも相手にしている女の人達の方がきっとずっと綺麗で魅力的なのに。
こんなあたし相手に緊張するなんて、社交辞令に決まってる。
そう頭では分かっている筈なのに、あたしの身体は尻込みする心とは反対に、半歩前に進んで、彼の胸に飛び込んでしまった。
それだけあたしは独りでいる事にもう耐えられなくなっていたのかもしれない。
ああ、「おいで。」って言われたのは、こうして自分から飛び込む勇気があるならおいで・・・っていう意味だったのか。
優しい貴方は、あたしが迷ったままなら、きっと何もせずに帰してくれたんだろう。
片腕があたしの背に回る。
それと同時に頤を指で掬われて、ゆっくり顔が近付く。
吐息が感じられる程の距離に耐え切れず目を瞑った。
それを合図にしたかのように下唇だけを優しく食まれて、背中がぞくりと震える。
「牧野。」
また名前を呼ばれて、胸の奥から生まれた痛みが身体を走り抜けてく。
どうして彼の口があたしの名前を紡ぐだけで、こんなに切ない気持ちになるんだろう。
その痛みも、抱えているやるせなさも、寂しさも、全てを掻き消してしまいたくて、今度は自分から彼の首に手を回し、深く口付けた。
目が覚めたら、部屋の灯りは消されていて、辺りは暗くなっていた。
その中で瞬いていた携帯の光に、一人で物思いにふける。
隣の彼は規則正しい寝息をたてているから、あたしはそっとベッドを抜け出そうと身体を捩った。
広いベッドの乱れたシーツに手が触れると、ひやりと冷たい。
ここを後にして帰る自分の部屋はもっと寒い事だろう。
でも帰ろう。
独りきりのあの部屋へ。
ここはあたしに相応しい場所じゃないから。
そろりそろりと彼から離れようと動き始めた時、背中から柔く拘束され、再び彼の隣に引き戻された。
「こんな夜中に何処行く?」
「・・・起きてたの?」
「寝てたさ。でも置いていかれそうな気配に目が覚めた。」
背中に唇が落とされる。
彼の柔らかな髪が背筋を擽る感覚と相俟って、背中が勝手に弓形になった。
「あ、たし、帰らなきゃ。」
「どうして?」
「だって・・・」
「俺を一人にするなよ。
朝までこのまま一緒に。」
さっきよりきつく抱き締められる。
肌と肌がぴたりと重なって温かいのに、ざわざわと寒気のようなものに襲われた。
これは恐怖だ。
この温もりに慣れてしまった後に独りきりに戻る事への恐怖。
「牧野。」
優しい声音で名を呼ばれ、それが鼓膜だけじゃなく身体の中まで震わせるから、ぎゅっと目を閉じて堪えようとした。
息が止まる。
またキリキリと胸が軋む。
「あいつと俺を比べてる?」
思いもよらない言葉にはっとさせられた。
比べるなんて。
比べられる温もりを、あたしはもう思い出せないのに。
「いいよ、比べても。
俺は俺のやり方でお前の事を・・・・・」
背中のあちこちに唇を滑らせながら発せられた最後のくぐもった一言は「アイスカラ」と聞こえた気がしたけど、何かの聞き間違いだろう。
あたしが彼に愛されるなんて・・・有り得ない。
意思の弱いあたしは、優しい漣が大きなうねりとなってあたしを攫って行くのを拒めなかった。
ただひたすらに波に揉まれて、熱い吐息と声を漏らし、身体を震わせた。
こうやって知らない波間を漂う小舟であればいい。
行きたい場所も、行くべき場所もあたしには無いんだから。
ぼんやりした頭でそう考えながら、眠気に抗えずに暗い何処かへ引き込まれていく。
__________
あきらきゅんのお誕生日に向けて、ちょっと書いていきたいなーと思ってます。
間に合うのかが一番の問題だ!
うーん、こんな深夜だけどハラヘッタf^_^;
今日(日付的には昨日)、心が折れる事があってですね。そりゃもう、ポッキリ折れてしまって。
どんよりどよどよしてたんですが。
そんな時こそ、お話書いて現実逃避よ!と無理矢理奮起してみました。
ありがとう、妄想の世界!
これがあるから生きていける!←大袈裟!

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あれは自分のじゃなくて、彼の携帯だ。
そうだ、あたしはもうあの光を待つのを止めたんだ。
待たなくなったあたしの視界には、何の道標も無くなった。
自分がどこに向かって行けばいいのか分からない。
唯々波に揺られて暗い海を漂うだけ。
いつ転覆するのかも分からない。
でももう大きな波に飲まれてしまう事すらどうでもよくなった。
そうなるならなればいい。
海の底に沈んでしまっても、それもまたあたしの運命なんだろう。
そんな投げ遣りな気持ちで、暗闇で瞬く光を見詰める。
彼には、あの携帯を鳴らす人がいる。
彼に会いたいと焦がれている人がいる。
心のどこかで、あの光を羨ましいと思ってしまうけれど、果たしてあたしはどちらを羨んでいるのだろう?
携帯を鳴らし、相手の声を聞きたいと願う情熱を持つことにか、それとも誰かにそうやって想われたいという希求なのか。
あたしは・・・
そこまで考えたけど、やっぱり考えても仕方ない事だと思い直した。
今更どんなに足掻いても、あたしの携帯はもう光らないし、あたしから電話を掛ける事も無いのだから。
もう何も望まない。
求めない。
あたしは胸が潰れるような想いを真っ暗な海へと手放して、思い描いていた儚い夢を水底に沈め、唯々漂い流されていくだけなのだ。
あたしがおずおずとバスルームから出て行くと、彼は窓際に立っていた。
よく知っている彼の、見慣れないバスローブ姿に、どきりとしてしまう。
手にしていた携帯をぱたりとテーブルに置いて、あたしの方に振り返った。
あたしはこの期に及んで怖気付き、逃げ出したいような気持ちになったのに、彼はこの上なく優し気な表情であたしを見詰めてくる。
「牧野。」
どうしていいのか分からないでその場に立ち竦んでいたら、彼はふ・・・と甘く目を眇めた。
「おいで。」
おいで・・・と言ったけど、彼の方があたしに歩み寄って来て、目の前で立ち止まる。
そのまま抱き締められるか、キスされるのかと想像したけれど、何も起こらない。
どうしてだろう?と不思議に思って顔を上げたら、甘い微笑みが降ってきて、そして頬っぺたを大きな掌で包まれた。
そのまま指先で耳の淵をなぞられ、反射的に首を縮めてしまう。
「緊張してる?」
「ん・・・」
こくりと頷くと、「俺もだよ。」と返された。
嘘だ、そんなの。
貴方にとって、こんなのはよくある場面のうちのほんのひとつで。
いつも相手にしている女の人達の方がきっとずっと綺麗で魅力的なのに。
こんなあたし相手に緊張するなんて、社交辞令に決まってる。
そう頭では分かっている筈なのに、あたしの身体は尻込みする心とは反対に、半歩前に進んで、彼の胸に飛び込んでしまった。
それだけあたしは独りでいる事にもう耐えられなくなっていたのかもしれない。
ああ、「おいで。」って言われたのは、こうして自分から飛び込む勇気があるならおいで・・・っていう意味だったのか。
優しい貴方は、あたしが迷ったままなら、きっと何もせずに帰してくれたんだろう。
片腕があたしの背に回る。
それと同時に頤を指で掬われて、ゆっくり顔が近付く。
吐息が感じられる程の距離に耐え切れず目を瞑った。
それを合図にしたかのように下唇だけを優しく食まれて、背中がぞくりと震える。
「牧野。」
また名前を呼ばれて、胸の奥から生まれた痛みが身体を走り抜けてく。
どうして彼の口があたしの名前を紡ぐだけで、こんなに切ない気持ちになるんだろう。
その痛みも、抱えているやるせなさも、寂しさも、全てを掻き消してしまいたくて、今度は自分から彼の首に手を回し、深く口付けた。
目が覚めたら、部屋の灯りは消されていて、辺りは暗くなっていた。
その中で瞬いていた携帯の光に、一人で物思いにふける。
隣の彼は規則正しい寝息をたてているから、あたしはそっとベッドを抜け出そうと身体を捩った。
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ここを後にして帰る自分の部屋はもっと寒い事だろう。
でも帰ろう。
独りきりのあの部屋へ。
ここはあたしに相応しい場所じゃないから。
そろりそろりと彼から離れようと動き始めた時、背中から柔く拘束され、再び彼の隣に引き戻された。
「こんな夜中に何処行く?」
「・・・起きてたの?」
「寝てたさ。でも置いていかれそうな気配に目が覚めた。」
背中に唇が落とされる。
彼の柔らかな髪が背筋を擽る感覚と相俟って、背中が勝手に弓形になった。
「あ、たし、帰らなきゃ。」
「どうして?」
「だって・・・」
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肌と肌がぴたりと重なって温かいのに、ざわざわと寒気のようなものに襲われた。
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またキリキリと胸が軋む。
「あいつと俺を比べてる?」
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比べるなんて。
比べられる温もりを、あたしはもう思い出せないのに。
「いいよ、比べても。
俺は俺のやり方でお前の事を・・・・・」
背中のあちこちに唇を滑らせながら発せられた最後のくぐもった一言は「アイスカラ」と聞こえた気がしたけど、何かの聞き間違いだろう。
あたしが彼に愛されるなんて・・・有り得ない。
意思の弱いあたしは、優しい漣が大きなうねりとなってあたしを攫って行くのを拒めなかった。
ただひたすらに波に揉まれて、熱い吐息と声を漏らし、身体を震わせた。
こうやって知らない波間を漂う小舟であればいい。
行きたい場所も、行くべき場所もあたしには無いんだから。
ぼんやりした頭でそう考えながら、眠気に抗えずに暗い何処かへ引き込まれていく。
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