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Author:hortensia
花男にはまって幾星霜…
いつまで経っても、自分の中の花男Loveが治まりません。
コミックは類派!
二次は総二郎派!(笑)
総×つくメインですが、類×つく、あき×つくも、ちょっとずつUPしています!
まず初めに「ご案内&パスワードについて」をお読み下さい。
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難破船 1

携帯の光が、暗い部屋の中で灯台の明かりのように、点いては消え、点いては消え・・・を繰り返している。
あれは自分のじゃなくて、彼の携帯だ。

そうだ、あたしはもうあの光を待つのを止めたんだ。
待たなくなったあたしの視界には、何の道標も無くなった。
自分がどこに向かって行けばいいのか分からない。
唯々波に揺られて暗い海を漂うだけ。
いつ転覆するのかも分からない。
でももう大きな波に飲まれてしまう事すらどうでもよくなった。
そうなるならなればいい。
海の底に沈んでしまっても、それもまたあたしの運命なんだろう。

そんな投げ遣りな気持ちで、暗闇で瞬く光を見詰める。

彼には、あの携帯を鳴らす人がいる。
彼に会いたいと焦がれている人がいる。
心のどこかで、あの光を羨ましいと思ってしまうけれど、果たしてあたしはどちらを羨んでいるのだろう?
携帯を鳴らし、相手の声を聞きたいと願う情熱を持つことにか、それとも誰かにそうやって想われたいという希求なのか。
あたしは・・・

そこまで考えたけど、やっぱり考えても仕方ない事だと思い直した。
今更どんなに足掻いても、あたしの携帯はもう光らないし、あたしから電話を掛ける事も無いのだから。

もう何も望まない。
求めない。

あたしは胸が潰れるような想いを真っ暗な海へと手放して、思い描いていた儚い夢を水底に沈め、唯々漂い流されていくだけなのだ。



あたしがおずおずとバスルームから出て行くと、彼は窓際に立っていた。
よく知っている彼の、見慣れないバスローブ姿に、どきりとしてしまう。
手にしていた携帯をぱたりとテーブルに置いて、あたしの方に振り返った。
あたしはこの期に及んで怖気付き、逃げ出したいような気持ちになったのに、彼はこの上なく優し気な表情であたしを見詰めてくる。

「牧野。」

どうしていいのか分からないでその場に立ち竦んでいたら、彼はふ・・・と甘く目を眇めた。

「おいで。」

おいで・・・と言ったけど、彼の方があたしに歩み寄って来て、目の前で立ち止まる。
そのまま抱き締められるか、キスされるのかと想像したけれど、何も起こらない。
どうしてだろう?と不思議に思って顔を上げたら、甘い微笑みが降ってきて、そして頬っぺたを大きな掌で包まれた。
そのまま指先で耳の淵をなぞられ、反射的に首を縮めてしまう。

「緊張してる?」
「ん・・・」

こくりと頷くと、「俺もだよ。」と返された。

嘘だ、そんなの。
貴方にとって、こんなのはよくある場面のうちのほんのひとつで。
いつも相手にしている女の人達の方がきっとずっと綺麗で魅力的なのに。
こんなあたし相手に緊張するなんて、社交辞令に決まってる。

そう頭では分かっている筈なのに、あたしの身体は尻込みする心とは反対に、半歩前に進んで、彼の胸に飛び込んでしまった。
それだけあたしは独りでいる事にもう耐えられなくなっていたのかもしれない。

ああ、「おいで。」って言われたのは、こうして自分から飛び込む勇気があるならおいで・・・っていう意味だったのか。
優しい貴方は、あたしが迷ったままなら、きっと何もせずに帰してくれたんだろう。

片腕があたしの背に回る。
それと同時に頤を指で掬われて、ゆっくり顔が近付く。
吐息が感じられる程の距離に耐え切れず目を瞑った。
それを合図にしたかのように下唇だけを優しく食まれて、背中がぞくりと震える。

「牧野。」

また名前を呼ばれて、胸の奥から生まれた痛みが身体を走り抜けてく。

どうして彼の口があたしの名前を紡ぐだけで、こんなに切ない気持ちになるんだろう。

その痛みも、抱えているやるせなさも、寂しさも、全てを掻き消してしまいたくて、今度は自分から彼の首に手を回し、深く口付けた。



目が覚めたら、部屋の灯りは消されていて、辺りは暗くなっていた。
その中で瞬いていた携帯の光に、一人で物思いにふける。
隣の彼は規則正しい寝息をたてているから、あたしはそっとベッドを抜け出そうと身体を捩った。
広いベッドの乱れたシーツに手が触れると、ひやりと冷たい。

ここを後にして帰る自分の部屋はもっと寒い事だろう。
でも帰ろう。
独りきりのあの部屋へ。
ここはあたしに相応しい場所じゃないから。

そろりそろりと彼から離れようと動き始めた時、背中から柔く拘束され、再び彼の隣に引き戻された。

「こんな夜中に何処行く?」
「・・・起きてたの?」
「寝てたさ。でも置いていかれそうな気配に目が覚めた。」

背中に唇が落とされる。
彼の柔らかな髪が背筋を擽る感覚と相俟って、背中が勝手に弓形になった。

「あ、たし、帰らなきゃ。」
「どうして?」
「だって・・・」
「俺を一人にするなよ。
朝までこのまま一緒に。」

さっきよりきつく抱き締められる。
肌と肌がぴたりと重なって温かいのに、ざわざわと寒気のようなものに襲われた。

これは恐怖だ。
この温もりに慣れてしまった後に独りきりに戻る事への恐怖。

「牧野。」

優しい声音で名を呼ばれ、それが鼓膜だけじゃなく身体の中まで震わせるから、ぎゅっと目を閉じて堪えようとした。
息が止まる。
またキリキリと胸が軋む。

「あいつと俺を比べてる?」

思いもよらない言葉にはっとさせられた。
比べるなんて。
比べられる温もりを、あたしはもう思い出せないのに。

「いいよ、比べても。
俺は俺のやり方でお前の事を・・・・・」

背中のあちこちに唇を滑らせながら発せられた最後のくぐもった一言は「アイスカラ」と聞こえた気がしたけど、何かの聞き間違いだろう。

あたしが彼に愛されるなんて・・・有り得ない。

意思の弱いあたしは、優しい漣が大きなうねりとなってあたしを攫って行くのを拒めなかった。
ただひたすらに波に揉まれて、熱い吐息と声を漏らし、身体を震わせた。

こうやって知らない波間を漂う小舟であればいい。
行きたい場所も、行くべき場所もあたしには無いんだから。

ぼんやりした頭でそう考えながら、眠気に抗えずに暗い何処かへ引き込まれていく。


__________



あきらきゅんのお誕生日に向けて、ちょっと書いていきたいなーと思ってます。
間に合うのかが一番の問題だ!

うーん、こんな深夜だけどハラヘッタf^_^;
今日(日付的には昨日)、心が折れる事があってですね。そりゃもう、ポッキリ折れてしまって。
どんよりどよどよしてたんですが。
そんな時こそ、お話書いて現実逃避よ!と無理矢理奮起してみました。
ありがとう、妄想の世界!
これがあるから生きていける!←大袈裟!


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難破船 2

牧野と司が駄目になったのは、道明寺が起死回生の一手として発表した業務提携の話が聞こえて来た時に気が付いた。
正式な話ではなかったけれど、まことしやかに囁かれ始めた司の政略結婚の噂が付随していたから。
2人の友人の事が心配で、真偽を確かめるべく連絡を取ろうとしたけれど、恐らく最も多忙な時期を迎えているだろう司は音信不通。
それとは逆に、至極簡単に会えたのは牧野だった。
類、総二郎と一緒に食事に行った先で、牧野は司との別離をあっさりと認めた。

「皆、あたしを心配してくれたんでしょ。
大丈夫だよ。
あたしね、もう振られちゃってるから。
『俺じゃお前を幸せにしてやれない。』って言われちゃったんだよね。
でもさ、ホントはあたしなんかじゃ道明寺を幸せにしてあげられないから、ダメになっちゃったんだよ。
あたしってば、あいつの言う事聞かないで、自分の思うとおりにしてきたし。
NYに来いって言われても、ずーっと行く踏ん切りがつかないままだったしさ。
いつかこういう時が来ちゃうっていうのは、仕方がない事だったのかもね。」

俺達の誰とも目を合わせずに、テーブルに置かれた料理ばかり見詰めながら、苦笑いしている牧野。
本当は無理に笑いたい気分でもないだろうし、俺達とこの事について話したい訳でもない事は明白だ。
だけど、責任感の塊のような牧野だから。
ずっと2人の恋を見守って来た俺達に、きちんと報告しなきゃいけないと思っているんだろう。

その場に広がった重い空気を誤魔化すために、総二郎が「じゃあ俺がつくしちゃんの次の恋人に立候補するかなー?」なんて詰まらない冗談を言って。
ムキになった牧野が「西門さんなんかお断りっ!」と声を荒げる。
そこに類が「暫くは俺だけの牧野でいてくれるんでいいじゃん。」と笑いかけるから、途端に耳まで紅く染めた牧野がそっぽを向きつつ「類ってば、何言ってるのよ!?」と呟く。
全てがいつも通りのような。
寧ろ、決まっていた台詞を各々が演劇のように口にしている場面が繰り広げられ、妙な違和感が俺の胸に広がる。
高校時代に出逢って、互いの事だけを想い、いつか傍に寄り添える日が来ることを夢見て、時を重ねて来た牧野と司。
その恋を失って傷付き、打ちひしがれている筈なのに、まるで他人事のように淡々と話して、常日頃と同じ様に振る舞おうとする牧野が痛々しくて見詰めているのがとても辛いのだ。
励ましてやりたいけれど、何を言っても慰めにならないだろう。
手を差し伸べたいけれど、傍らには常に類というソウルメイトの存在があるのだから、それを飛び越して牧野が俺の手を掴むとも思えない。
きっと今の牧野に必要なのは、傷を癒すための静かな時間なんじゃないかと俺には思えた。

牧野もそう感じていたからなのか、それとも俺達に会うと司を連想してしまうのが辛いのか、牧野は俺達を避けるようになった。
去る者は追わずを主義としている総二郎は、

「少しほっといてやったらいいんじゃねえの?
類もあきらも、牧野を過保護に扱い過ぎなんだよ。
あいつももう大人なんだし。
暫くしたら、あの雑草魂で復活してくるだろ。」

なんて、あっさりしたもので。
類はというと、

「俺は牧野がされて嫌な事はしないんだ。
気が済むまで一人にして欲しいって思ってるなら、俺は遠くから見守るだけだよ。」

と宣言し、牧野に会おうとする事を止めてしまった。
そもそも牧野の恋人は誰なんだ?と誰もが思ってしまう程に、類は牧野の盾となり、影となり、いつも牧野を護りながら傍にいた。
遠く離れた所にいて、気持ちはあっても、その身を添わせる事は叶わない司よりも、牧野の事を理解し、牧野にも心を許されているように見えた。
でも、その類をも遠ざける程、司との別れは牧野に傷を負わせたのだと思う。
俺は、牧野と司の事が気になるけれども、何も出来る事はない・・・と、自分に言い聞かせつつ、ふとした時に気になってしまう日々が続いていた。
ある日、外での仕事の打ち合わせを終えて、建物の外に出た時、ここは牧野の職場の近くだな・・・と気付く。
時計を見れば17時を回り、定時退勤するならばデスクを離れる頃だろう。
会えるとも限らないのに、足は勝手に牧野の勤める会社の入っているビルがある方へと向いていた。
ビルのエントランスからは続々と人が吐き出されている。
牧野に連絡を取るか、携帯を手にしながらもまだ悩んでいたところに、当の牧野が現れた。
マフラーを巻き直しながら、一人最寄りの駅に向かって歩いて行く。
その横顔は、俺が知っている牧野よりも小さく見えて、はっとすると同時に、後悔の念が湧いてきた。
後を追い掛けて、声を掛けるよりも早く、俺の手は牧野の腕を掴んでいた。
コートの上から握っているのに、そこは想像よりもずっとほっそりしていて、やっぱり・・・と思わずにいられない。
不意に腕を掴まれて驚いた牧野が振り返り、ぎょっとした顔から安堵で緩んでいく。
でも近くで見ると余計に、牧野の顔がシャープになっているのが分かった。

「牧野・・・」
「あ・・・ 美作さんか。びっくりしちゃった。
急に腕掴むんだもん。
先に声掛けてよー。」
「お前・・・ ちゃんと食べてるのか? 痩せたろ。」
「ええっ? そうかな? 自分じゃよく分かんないけど。
どしたの? 何でこんな所にいるの?
一人?
まさかここまで歩いてきた訳・・・じゃないよね?」

俺の質問には明確に答えずに、代わりにいくつもの質問で返して来た。
そんな誤魔化しは、余計に俺を不安にするだけなのに、きっと俺に心配掛けまいとして言っているのだろう。
牧野の胸の内を思うと、俺まで苦しくて。
ついつい眉根を顰めつつ、牧野を見詰めてしまう。
よっぽど険しい表情を浮かべていたのだろうか。
牧野はそれ以上の質問を口にすることは無かった。

「牧野。」
「うん?」
「一緒に帰ろう。」
「え? いいよ、いいよ。
美作さん、車でしょ? 方向違うし。
あたし地下鉄で帰るから。
ほら、定期あるし。使わないと勿体ないもの。」

自分ではにこやかに笑っているつもりなんだろう。
小首を傾げて念押ししてくるけれど、そんな儚い笑顔では、俺は自分が今日まで何もせずに来た後悔を打ち消すことは出来ない。
ちらりと道路に目線を流し、タクシーが走って来るのを見つけた。

「行くぞ。」
「いや、あの、さ・・・ あたし・・・」

やんわりと牧野の背を押しながら、タクシーに手を上げて止める。
有無を言わさず後部座席に牧野をエスコートし、タクシーに乗せてしまった。

「ねえ、美作さん・・・」

恐る恐る俺に話し掛けてくる牧野ではなく、タクシーの運転手に邸の住所を告げる。

「このまま牧野も一緒に俺んちに来てくれ。」
「いや、あたし、美作さんちにお邪魔するつもりは・・・
家に帰りたいんだけど・・・。」
「牧野。」

自分の焦りが声に表れてるな・・・と自覚させられ、ふうと小さく息を吐いた。

怖がらせてどうする?
牧野は何も悪くないのに。

気を取り直して、牧野に笑いかける。

「お願いがあるんだよ。
一緒にメシ食ってくれ。
今俺んち、誰もいないんだ。
親父のところにお袋が絵夢と芽夢連れて遊びに行ってるから。」
「あ、そうなんだ・・・
おじ様、今はどちらなの?」
「シンガポール。
たった2週間で戻るっていうのに、絵夢と芽夢にあそこの動物園を見せたいから!とか適当な言い訳作って3人で追いかけて行ったんだよな。」
「おば様も双子ちゃんも、おじ様の事が大好きなんだよー。
いいね、仲良くって。」
「どうだかなあ。いなくて静かではある。」
「それがちょっと寂しくて、あたしをご飯に誘いに来たの?」
「ま、そんなとこかな。」

やっと少し顔を綻ばせた牧野が現れる。
手を伸ばして頭をぽんぽんと優しく撫でたら、子共扱いされたと思ったのか、ちょっとだけ唇を尖らせた。
それでも文句は言われなかったから、少しだけほっとする。

この日を境に、時々牧野の仕事終わりに待ち伏せして、食事に連れて行くようになった。


__________



うー、眠くて後書き書けませんー。
気絶しそうー。
悪しからず。


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難破船 3

道明寺と別れたのは約束の4年なんかとっくに過ぎた、社会人2年目の冬の事だった。
一緒にいられた時間より、遥かに多かった会えない時間。
目に見えない約束を信じて待つ事に、あたしは耐えられなくなってしまったんだと思う。
遠距離恋愛は会えなければ会えない程燃え上がる・・・なんて、そんなの嘘。
会えなければ会えない程寂しいに決まってる。
信じている筈なのに何処か空しくて。
体温が感じられない距離がもどかしくて。
いつしか自分の持っている情熱の炎を灯し続けることが難しくなっていった。
それでも全てを諦め切る事はなかなか出来ないまま、重ねていった長い年月。
いつ携帯が鳴るのか分からないから、片時も離せないで握っていて、友達には「携帯依存症だ。」と笑われたけど、あたしにとっては、この小さな電子機器が、NYと東京を繋ぐ細い糸で。
深夜に枕元でチカチカ光り、着信音が鳴るのを縁にしていたけれど・・・
あたしの気持ちが段々と空ろになっていくのは、遥か遠くにいる道明寺にも伝わっていたんだと思う。
そんなあたしに別れを切り出したのは、道明寺からだった。
理由はお決まりの、『政略結婚の話があるから』だった。

「俺じゃお前を幸せにしてやれない。」

それはあたしの台詞だ。
こんなあたしじゃ、道明寺を幸せにすることなんか出来ない。
出来ないのに、唯一つの想いを手放すのが怖くて、ずっとしがみ付いていたんだ。

「ごめん・・・」
「何でお前が謝るんだよ。
俺が散々待たせた挙句に、こっちの勝手な都合で別れて欲しいって言ってんだ。
怒っていいとこだぜ?
婚約破棄なんだから、慰謝料だって欲しがれよ。」
「そんなの、要らないよ・・・ もらえない。」
「ま、お前ならそう言うと思ってたけどな。
いつか渡したダイヤの指輪。
あれ、返さなくていい。
もうお前にやったもんだから。
金に困ったらあれ売っ払って、何かの足しにしろ。
・・・じゃあな、元気でいろよ。
俺と別れて凹んでるなんて聞いたら、こっちの寝覚めが悪いかんな。
お前は笑ってるのが似合ってんだから。」
「道明寺も身体に気を付けて。」
「ああ、じゃあ切るぞ。」

まだ何か話すべきことがある筈なのに、最後の通話はあっさり切れてしまった。
道明寺は最後まで優しかった。
あたしを責めもせず、全てを自分の所為だと言って、空ろになったあたしを手放してくれたのだ。
恋心は消えかけているのかと思っていたのに、胸が痛くて堪らない。
身の内の痛みを抑える方法が分からないから、代わりに胸元に揺れる土星のチャームをぎゅうっと握り締めた。
何かあった時にはいつもこれに触れていた。
お守りのような、道明寺の欠片のような煌めきに触れる事が、いつの間にか癖になっていた。
だけど、これをくれた人は、もう二度とあたしの隣を歩いてはくれなくなった。

7年も胸に抱いてきた恋が終わったというのに、涙の一粒も出てこない。
唯々胸が痛くて、痛くて、痛くて。
息が止まりそうな程苦しくて。
それを堪える為に独りで身体を縮こめて、床に蹲っていた。



恋に破れても、陽はまた昇って新しい一日はやって来るし、社会人には仕事だって待ってる。
よく眠れない夜を過ごした翌朝、あたしは何事もなかったかのように出社した。
幸か不幸か、仕事はいつも通り忙しく、自分の中の喪失感を忘れていられる。
唯、ふとした瞬間に、どうしようもない胸苦しさがぐぐぐ・・・と身体の奥から這い上がって来てしまう。
土星のチャームを首から外してしまったら、もう頼るものは何も無かった。
唯一出来る事は、ぎゅっと力を込めて握り拳を作り、息を詰めて苦しい時間が過ぎるのを待つだけ。
海の波のように強く寄せて、また少し引いて。
痛みの波が引いたタイミングで息をする。
でもその苦痛が消えてなくなる事はなかった。

誰にも何も知らせなかったのに、あたしが道明寺と別れたと気付いた類と美作さんと西門さんが心配してくれて、食事に連れて行ってくれた。
耳が早い桜子も、さり気無さを装いながら、あたしを色々な所に誘ってくれる。
皆の気遣いは有り難いけれど、何をしてもらっても心が上向く事は無く、空元気を出さなきゃいけない分、誰かと過ごした後は余計に草臥れてしまうから、あたしは皆の誘いを断るようになった。
毎日独りきりの部屋に帰り、ソファに身を投げて溜息を吐き、天井を見上げる。
シャワーを浴びて着替える事も、ご飯を作って食べる事も、ベッドまで移動する気さえ起きなくて、よくそのままそこで夜を明かしていた。
明け方、寝心地の悪い狭いソファで目覚め、ギシギシいう重い身体をそこから何とか引き剥がし、身支度を整えて、仕事に行く。
それを繰り返す日々。
夢の中のようなふわふわした感覚がいつも自分を取り巻いていて、段々生きているこの世界の現実感が薄くなっていった。
きっとあたしはきちんと物事を考える事を拒否してしまっていたんだろう。
そんなあたしを人波の中から見付けてくれたのは、美作さんだった。



一日の仕事を終えて、地下鉄の駅へと歩く道の途中で、不意に誰かに腕を掴まれて、驚いてばっと振り返ったら、そこに立っていたのは美作さんだった。
いつも気遣いに溢れる美作さんらしからぬ、突然の遭遇と接触。
そして有無を言わせぬ気配を纏っていて、あれよあれよという間に、美作さんちの晩御飯の席に呼ばれていた。
ご家族が全員海外に行ってしまったから、食事を一緒に・・・って言うけれど。
美作さんには晩御飯を一緒に食べるお相手なんて、あたし以外にも幾らでもいる筈。
きっとあたしを心配してくれて、誘ってくれたのだろう。
だって、会って一番最初に言われた言葉は、「お前・・・ ちゃんと食べてるのか? 痩せたろ。」だったし。
体重計に乗ってる訳じゃないけど、自分でも痩せた自覚はあった。
持っている服のウエストが緩くなって、ベルトの穴もいつも使ってるところからずれている。
ブラウスが身体に添わずに、腕が中で泳いでいるみたいな気がしてた。
やつれて顔色も悪くなったせいで、鏡を見るのが苦痛になったから、朝お化粧をしなきゃいけない時にちらっと見るだけ。

だってご飯が美味しく感じられないんだもん。
何を食べても味がしなくて。
ごくんと飲み下すことすら苦痛なの。
食べたとしても、胃がきゅうっと痛くって、食べなきゃよかったって思っちゃうし。

美作さんちのシェフが腕を振るったディナーは、そんなあたしでも食べやすいように、量は少な目、口当たりのいい食材で、優しいお味のものばかりが並ぶ。
蕪と卵のスープはするりと喉を落ちていく。
滑らかなマッシュポテトが添えられた平目のソテーはふっくらとして柔らかで。
メインのミートローフは、なんと鶏肉とお豆腐を混ぜてふわふわに作ってあった。
つい「美味しい・・・」と呟いたら、美作さんが嬉しそうに笑う。
「牧野はウチのシェフの料理が好きだよな。」って。

シェフの腕前も勿論素晴らしいんだろうけど、こういうお料理をオーダーしてくれたのは、美作さん。
いっぱい食べろ!って言ったり、無理に勧めたりはしないけど、あたしを心配してくれる気持ちが伝わって来る。
だからあたしも、ゆっくりだったけど、一口、もう一口・・・と出されたお料理を食べていった。

この日を境に、美作さんに時々待ち伏せされて、食事に連れて行かれるようになった。
それはご家族が日本に戻ってからも続いていく。

「もう皆が帰って来て寂しくないんだから、お家に帰って家族でご飯食べればいいじゃない。」
「お袋や双子と食べるメシは落ち着かない。
そういうのは朝飯だけで十分なんだよ。
仕事が終わった後位、ゆったりのんびり気を張らない相手と食事したい。
分かるだろ?」

分かってるよ、あたしを心配して連れ出してくれてるのは。
でも・・・
その気遣いが申し訳なく思えてしまう。

「・・・何か変なの。」
「どこがだ?」
「何でその相手があたしなの?
マダムはどうしたのよ?
折角のディナーなんだから、美作さん好みの美女とお食事すれば?」
「ああいうのは、時間に余裕がある時の産物なんだよ。
仕事しながら相手するには不向きなんだ。」
「へえ、そういうものなの?」
「そう、そういうもの。
だから今の俺には、変な駆け引きもしないで、楽しく食事できる牧野が一番いい相手。」

パチリと送って来るウインク。
王子様の目からホントに星が振り撒かれるみたいな魅力的な笑顔なのに。
空ろなあたしには効き目が薄いらしい。
美作さんの優しさが、あたしに分不相応でとても心苦しいけれど、無下に撥ね付けることも出来なくて。
ついつい一緒に時間を過ごしてしまう。

全てが優しく暖かいのに、あたしのどこかがひりひりする。
それはきっとあたしが受け取るべきじゃない気遣いだから、後ろめたいんだ。
だってあたしは・・・
道明寺への気持ちを貫けなかった。
皆がずっと見守ってくれていたのに。
あたしは自分の弱さに負けたんだ・・・

部屋で独りになった時に吐く溜息は、どんなに繰り返しても、身も心も軽くはしてくれない。
でもあたしに出来る事は他に無かった。


__________



今夜はつくし語りで!
2人の別離のホントの理由。
うーん、地獄まで追い掛ける宣言してた司が、そう簡単につくしを手放す筈はないのですが。
時間と距離は、恋路においては大きな壁・・・という事で宜しくお願いします(^_^;)

あき誕SSとして書き始めたこのお話。
頑張っているのですが、なかなか皆様には受け入れられてないみたいで。
苦笑しつつ、続きを書いてます。
頑張れ、あきらー!
誕生日はもう目の前だー!


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難破船 4

何度目かの食事の席で、牧野は少しワインを飲んでいた。
食事に合わせて選んだ軽い口当たりの赤ワイン。
食が細くなってしまった牧野が食べ進めるにちょっとした手助けになれば・・・と思ってグラスに注いだのだが、それは間違っていたらしい。
今の牧野の身体のコンディションにアルコールは合っていなかったらしく、時間が流れるにつれ怠そうになり、とうとう食事をする手を止めて、目を瞑ってしまった。
失敗した・・・と思ったけれど、時既に遅し。
慌てて牧野を支えながら車に乗り込んだ。

「牧野? 大丈夫か?
気分悪くないか?」
「うん・・・」

YesかNoか分からない返事をしただけで、牧野はくたりと俺に寄りかかっている。
こんな時どうしたらいいのか、最善のチョイスは何なのか、普段の俺ならすぐに思いつく筈だ。
だけど、あれこれ考えすぎて、決めかねてしまう。
結局、独り暮らしの部屋にこの状態のまま置き去りにするのは忍びない・・・との思いから、邸に連れ帰った。
車から降ろす為に抱き上げると、その身体は驚くほど軽い。
俺の前では食事をしていたから、少し安心していたけれど、それはその場だけの事で、普段は碌に食べていないんじゃないか?と思ってしまう頼りない重み。
そんな牧野を客間の一つに寝かせた。
人任せにして、自分の部屋に入る事がどうしても出来なくて、ベッドの脇に椅子を置いて牧野を見守る。

こんなに痩せて・・・
あんなに美味そうに食事をするやつだったのに。
食べ物が喉を通らない程の辛さを抱えているのか・・・
そんな風になるまで、人を想ったことがない俺には想像もできない痛み。
どうしたら牧野を助けられるんだろう?

牧野の寝顔を見詰めて、心配のあまり溜息を零す事を何度か繰り返した。
牧野がぼんやりと目を開けたから、今度ははっと息を飲む。
ぱちりぱちりと瞬きをし、そうしてやっと俺を認めたらしい。
ああ、目が覚めたんだ・・・とほっとして、牧野に微笑みかけた。

「あたし、もしかして寝ちゃった・・・?」
「たったグラス1杯で酔いつぶれるなんて思わなくて。
悪かったな、飲ませて。」
「ううん、あたしが勝手に飲んだんだよ。
ごめんなさい、今起きるから・・・」

無理矢理身体を起こそうとするから、逆に肩をしっかり上掛けで包んでそれを押し止めた。

「このままウチに泊まっとけ。
もう夜遅いから。
明日は土曜で仕事もないだろうし、いいだろ?」
「え・・・ 悪いよ。
迷惑かけてばっかりで・・・」
「じゃあ、一宿一飯の恩義って事で、明日は絵夢と芽夢と遊んでやってくれ。
久し振りに牧野に会うから、2人ともきっと喜ぶ。」
「そんな・・・」
「俺を助けると思って。な?」
「うん・・・ ありがと、美作さん。」

頰にかかって乱れた髪をそっと整えてやる。
まだ怠いのか、眠気があるのか、牧野はまたすうっと瞼を閉じていく。

「気分悪くないか?
少し水でも飲む?」
「大丈夫・・・」

目を瞑ったまま、牧野が口を開いた。

「ねえ、美作さん?」
「ん? どうした?」
「あたしは・・・どこから間違っちゃったのかな?
考えても考えても分からないの。
どこをどうすれば良かったんだろ?
あたしね、ずーっと寂しかったんだ。
いつも独りだった。
皆と一緒にいても、家族と過ごしていても、いつも独りだって感じてた。
一番側にいて欲しい人は、いつだって会えない所にいたから。
ほんのちょっとした事でもさ、嬉しい事があったら、『今日こんな事あったよ!』って話したいじゃない?
ちょっと悲しい事があったら、愚痴は言わないけど、隣に座って、手を繋いで欲しい。
寂しい夜には顔を見て、声を聞いて安心したい。
何も特別な事しなくていいから。
ただ隣を歩いて、同じ景色を見て、同じ空気を吸って、あははって笑い合いたい。
逆に辛い事があったなら、あたしが寄り添ってあげたいし、温かいご飯作って食べさせてあげたい。
『何も出来ないけど、隣にいるね。』って笑い掛けて、独りじゃないって教えてあげたい。
疲れて眠るっていうなら、それを隣でそっと見守ってたい。
そんな風にいっつも思ってて。
でもどれも叶わなくて。
いつも独りで。
あたしの願いは、願うだけ無駄だから、何かを望むのはやめたの。
だけど・・・全てを諦めて生きるようになったら、あたしの心は動かなくなっちゃった。
かちんこちんで、何が起きても血が通わない石みたい。
だからね、あたし、振られても涙なんか出なかったの、一滴も。
あたしはきっともう壊れちゃったんだね・・・」

言葉を噛み締めるかのように、ゆっくりゆっくり胸の内を語る牧野。
それは途轍もなく悲しい独白だった。
司との別れが、牧野を深く傷付けた事は、分かっているつもりだった。
でも、想像していたよりも、牧野自身の口から零れる想いの欠片は、司への愛に溢れているが故に、とても切なくて、悲しくて、聞いている俺にも鋭い痛みを呼び起こす。
牧野は自分の心は血が通わない石だと言ったけれど、俺には無数の傷がついて、そこから真っ赤な血が滴っているように思えてならなかった。
目からは涙を流していなくても、胸の内では激しく泣いているのだ。
その痛みを和らげるために、傷口を塞ぐために、俺が出来る事は何だろう?

手を伸ばして、痩せてしまった頰をそっと撫でた。

「牧野は壊れてなんかいないよ。
今はちょっと休んでいるだけだ。
暫く休憩して、それから目を開けたら、また違った景色が見えるから。
もう少し心を眠らせておこう。」
「そう・・・なのかな?」

俺が口に出来るのは、気休めの言葉だけ。
それでもひと時の安らぎの時間に包まれて眠らせる為に、俺はそれを口にする。

「ああ、そうだよ。
また明日、目が覚めたらきっといい事があるから。
今はゆっくり休んで。」

俺の言葉は牧野の胸に届いたのだろうか?
程無くして規則正しい吐息が聞こえて来たから、また眠りに就いたのだと分かる。
こうしている間に、牧野が哀しい夢を見ないように、上掛けの下から牧野の片手を引き出して、そっと握った。

何も出来ないけど隣にいるから。
目が覚めた時に、独りじゃないって思えるように、こうして手を繋いでいるよ。

牧野が司と分かち合いたかった事は、そっくりそのまま俺が牧野にしてやりたい事ばかりだった。
どうしてだろう・・・と牧野の小さな手を撫でながら考える。
でも深く考えること無く、あっさりと一つの答えに行き着いた。

本当は分かってた。
俺は牧野をずっと意識していた。
司や類がいなかったら、きっと俺は牧野に振り向いてもらう努力をしただろう。
でも牧野は司の恋人で、類のたった一人のソウルメイト。
俺はそこに割って入る気なんか無かったんだ。
牧野が司と上手くいけばいいって本気で願っていた。
誰にも心を許さなかった類が、牧野だけには自らの深い所に踏み込むのを許しているのを目の当たりにして、そんな稀有な相手に出逢えるなんて羨ましいな・・・とすら思ってた。
だけど、その立場に俺が成り代わりたいなんて思った事は無い。
自分の立ち位置はちゃんと弁えているつもりだったから。
だけど・・・
司がその手を放し、類が牧野の意思を尊重して一歩引いた所へとポジションを移した今、俺は気持ちを抑え込めなくなってしまった。
この弱り果てた牧野を護りたいって。
他の誰でもなく、俺が、牧野を助けたいって。
そう思っている自分がいる。

牧野。
牧野。
今はまだ眠っていて。
暖かな春が来たら、その目を開けて俺を見て。
それまではそっと隣にいるから。
ずっとこの手を繋いでいるから。

脱力している小さな手にそっと唇を寄せる。
たったそれだけの事なのに、長年胸の奥に仕舞い続けて来た牧野に向かう想いが、堰を切ったように溢れ出した。

俺は牧野が好きだ。


__________



今夜はあきら語りです。
それにしてもつくしの言葉が痛いですなあ。
久々のあきつく、それもシリアステイスト。
とても難しいですー!
そして頑張って毎日UPしてるのに、全然誕生日に間に合わない!

心が折れた・・・と愚痴ってしまいましたら、いっぱいお優しいお言葉を頂いてしまいました。
恐縮です!
あれから何日か経ちまして。
ひとまず気持ちは落ち着きを取り戻しました。
特効薬は・・・一緒に馬鹿話してくれる友達と、美味しい食べ物・・・かな?(笑)
また新しい週が始まりますから、気合入れていきますー。
そしてチャット会は・・・ え? も、もしかして、今から46時間後スタート?
もう目の前じゃーん!
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!
まだ準備整えてない!
平日の夜ではありますが、良かったら遊びにいらして下さいね♪


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難破船 5

生きていると理不尽な事っていっぱい起こる。
この日あたしに降りかかった事も、そんなのの一つだったんだろうけど。
今のあたしにとっては、なけなしの気力を奪うには十分な出来事だった。


「おい、牧野、どうなってんだよ?
客先に資料とノベルティ、届いてねえじゃねえか!
セミナー、明日だぞ!」

反射的に「はいっ!」と答えて、椅子から飛び上がった。
あたしを睨み付けているのは、銀ブチ眼鏡の野村さん。
普段大人しいのに、キレると怖いタイプの男の人だ。
まず目一杯頭を下げてから、急いで尋ねた。

「すみませんっ、どちらへの資料送付の件でしょう?」
「TKS証券の大阪支店だよ!
今電話したら、何も届いてないって言われたぞ。
お前、何やってんだよ!」
「すみません、すぐ確認します!」

慌ててパソコンで野村さんからのメールを開き直す。
何通開いてみても、今言われた客先は、資料送付のリストに載っていない。
言った言わないで起こるトラブルを防ぐのと、情報共有を兼ねて、連絡は全て社内メールで。
そしてそのメールはCCで部署全員に送られている。
ちらっと視線を右に流すと、派遣スタッフの美帆ちゃんがアイコンタクトしてくれながら小さく頭を横に振ってる。
美帆ちゃんにもその客先に関する情報は見つけられないという事だ。
あたしがうっかりメールを見逃した訳ではないらしい。
あたしのすぐ横で、イライラしながら立っている野村さんに、もう一度頭を下げた。

「すみません、リストに漏れがあったようなんです。
明日の何時からのセミナーでしょうか?
何名分必要ですか?」
「明日朝10時からだよ!
俺はこれから前乗りするんだ。
50人分も資料持って新幹線乗れって言うのか?
そもそも資料の印刷だって出来てないって事じゃねえか!」

いやいや、だから、どの資料を何人分、どのノベルティを付けて・・・というのを、貴方が連絡しそびれてるんじゃないですか!と言いたかったけど・・・
それを言っても火に油を注ぐだけだろう。

「すみません、すぐ手配しますので、もう一度指示をメールで送って頂いていいですか?」
「間に合うのかよ?」
「はい、絶対に間に合わせます。申し訳ありませんでした。」
「ったく、ふざけんなよ!
いつまで新人気分なんだよ!」

盛大な溜息をこれ見よがしに吐いて、鼻息も荒く、野村さんは自分の席へと戻って行った。
周りの人の視線があたしに突き刺さる。
一拍置いて美帆ちゃんが、椅子を転がしてあたしの横にぴたっとくっついて、小声で話し始める。

「これって、牧野さん悪くないですよね?
野村さんのミスですよね?
だって、送付先のリストにTKS証券の大阪支店なんて載ってないじゃないですか!」
「うん・・・ まあ、それはとりあえず置いといて。
美帆ちゃん、今、手空いてる?
倉庫に野村さんが指定してくるノベルティ、取りに行ってもらっていいかな?
もし、在庫足りないようだったら、あっちのシマの、青木さんにお願いして分けてもらって。」
「分かりました・・・」
「うん、ごめんね。急なお願いで。
数揃ったら、教えてもらえる?」
「はい。」

助けてくれる美帆ちゃんの仕事が立て込んでなくて良かった・・・と少し力が抜けた。
自分は指定された資料の印刷に取り掛かるべく、野村さんからの指示メールを開いて、資料ナンバーを確認した。
コピー機に印刷オーダーを掛けてから、出入りの配送業者さんに連絡を取る。
何時までの集荷で、明日の朝9時に大阪の指定場所まで届けられるか尋ねると、今日の夕方の集荷に間に合えば大丈夫だとの返答があって、ホッとした。
それなら今から50セット印刷して、ファイリングしても、十分時間がある。
別に見張っている必要はないんだけれど、デスクに座っていて、野村さんから働いてないように見られるのも嫌だったし、あんな騒ぎを周囲の人に聞かれてしまった事もあり、あたしはコピールームに一時避難することにした。
人目のない所に辿り着いて、張り詰めてたものがふっと緩む。
ガンガン資料を印刷しているコピー機にぐにゃりとしな垂れかかった。
口にはしないけれど、頭の中では文句がどんどん飛び出して来てぐるぐる回っている。

あたし悪くないよねえ?
何突然キレちゃってんのよ?
忘れてたなら忘れてたで、明日までにどうにかしてくれって、頼んでくれたら済む事じゃない。
なのに、何であんな言い方するワケー?
ふざけんな!はそっくりそのままお返ししたいわ!
他の人も野村さんのミスだって気付いてるだろうけど、なーんにも言ってくれなかったなあ。
寂しいなー、そういうの。
まあ、会社は仲良しクラブじゃないけどさ。
あー、もー、やる気削がれるー!

「牧野さーん、何コピー機に抱きついてるんですか?」
「抱きついてないー、脱力してるのー。」

後ろから美帆ちゃんが声を掛けてくれた。

「まあ、そうしたい気持ちも分かりますけど・・・
指定されたノベルティのパスポートカバー。
倉庫のストックだけで数足りたので、牧野さんのデスクの脇に、段ボールに入れて置きましたよー。」
「んー、ありがと、美帆ちゃん。
助かるー。」
「ファイリング手伝いますから!
元気出して下さいー。」
「うん、うん、ありがと、ありがと。」

美帆ちゃんと一緒に資料を揃えて、箱詰めして、急ぎの荷物なので、メール室に自分で運んでいく。
メール室のヌシと呼ばれてるお姉様が、いつも通りの仏頂面で迎えてくれた。

「すみません、これ、明日の朝9時に大阪必着の荷物で・・・」
「伝票の備考欄にその旨書いて。」
「はい、これでお願いします。」
「じゃ、そこ置いといて。」
「はい、宜しくお願いします。
失礼しますー。」

そう言ってぺこっと頭を下げてメール室を出ようとしたら、普段ニコリともしないメール室のヌシが、少し口元を緩めて、「ま、頑張んなよ。」と言って来た。
「はあ、有り難うございます・・・」と答えた次の瞬間、何故そんな言葉を掛けられたのか理解して、かあっと頬っぺたが熱くなった。
野村さんに怒鳴られた話は、既にここまで到達していたらしい。
流石メール室、情報収集早いわ・・・なんて思いながら、その場を後にする。

なあに、もー!
あたしのミスじゃないのにあたしが恥ずかしいってどうなっちゃってるのよ?
あー、ヤダ、ヤダ。
ぐわーっと叫び出したいくらい。
出来ないけど!

一仕事終えて自分のデスクに戻り、やっと通常業務に戻れる・・・と思った時に、通りすがりの部長からお声が掛かった。

「牧野さん、ちょっと。」
「はい。」

嫌な予感がしながらも、その後に付いていき、ガラスに囲まれた部長のデスクの前に立つ。

「野村君とひと悶着あったんだって?」
「いえ、そういう事ではなくて・・・
連絡ミスがあったようで・・・。」
「外回り行ってる人達をきっちりサポートするのが、君の仕事でしょ。
連絡ミス含め、気を付けてくれないと。
客先に迷惑掛ける訳にいかないし、もし万が一セミナーに資料間に合わないなんて事になったら、頭下げるのは君じゃなくて野村君だろ?
信用問題にも関わるし、しっかりしてもらわないと困るよ。」
「あの、でも・・・」
「あー、言い訳はいいから。
今後ちゃんとやってくれればいいんだよ。
それで? 資料、間に合うの?」
「はい、手配は済んでいます。
セミナーは10時開催ですので、9時に先方に着くようになっています。」
「分かった。これからはギリギリにならないようによく注意してくれ。
もう行っていいよ。」
「・・・はい、申し訳ありませんでした。失礼します。」

今日は下げたくもない頭を下げる日だな・・・

部長の席を後にしながら、こっそり溜息を零した。

神様は見てる・・・ってホントかなあ。
神様が見ててくれたって、周りの人にホントの事が伝わらなかったらダメじゃん。
何の救いもないよ、こんなの。

部長だって、メールの流れを確認すれば、誰のミスなのか分かる筈だ。
けれど、部長のメールボックスは、あたしのより遥かに多い数のメールで溢れ返っていて、そんなチェックをしたりしないんだろう。
その場の噂話からなのか、それとも野村さん自身がご注進に及んだのかは知らないけれど、あたしだけが悪者にされている現状に、思わず目を閉じて現実逃避したくなる。
それでもデスクに戻って、今日中に片付ける筈だった仕事に取り掛かった。
気分が乗らないせいか、いつもやっている作業なのに捗らない。
ますますきちんと熟せない自分にイライラし。
マイナスの感情ばかりが自分の中で暴れている悪循環。
やっと仕事を終え、草臥れ果てて、今日はもう何も考えたくない・・・と思いつつエレベーターの箱から出てきたら・・・
エントランスホールにぽつんと立っている人影が目に飛び込んでくる。
その背中を認めた途端、必死に自分を保ってたのに、急に限界が来て、胸の奥からまたあたしを苦しくさせる何かがせり上がって来た。
あたしが見詰めているのに気が付いたのだろうか。
その人がくるりと振り返った。

「・・・美作さん。」
「お疲れ、牧野。」

いつもと同じ様にあたしに甘く優しく笑い掛ける。

今、そんな風にあたしに優しい顔見せないで。
あたし、今立っているのがやっとなの。
そんなの見せられたら、縋りたくなってしまう。
独りなら耐えられるのに、貴方がいたらあたしは弱くなる。

そんなあたしの胸の内を、美作さんは知らない。


__________



弱り切ってるつくしの元に現れたあきら。
タイミング良過ぎ(苦笑)
あきらのお誕生日SSだというのに、バースデーまでに書き終わらないし、ビミョーな場面だし(^_^;)
申し訳ありませんが、今暫くお付き合い下さいませ。

昨夜はあきら生誕記念チャット会にお集まり頂き有り難うございました♪
いつも来て下さる方も、初めて参加して下さる方もいらっしゃって、楽しい夕べとなりました!
やっぱり誕生日になる瞬間におめでとうって叫ばないと、スッキリしないですもんね。
もう季節の風物詩かも(笑)
って、何故か全部冬に集中してる・・・
(類は春と言えるか?)
次回は類誕の辺りにまた集いましょうー。

今日から3月だって。
お雛様を出していない事に気付きました・・・
(拙宅のはお内裏様とお雛様しかいないミニミニセットなんですが・・・)
連日色々忙し過ぎて、すっかり忘れてましたよ。
このままバックレてもいいですか?(^_^;)


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