「牧野さんの場合、『高次脳機能障害』というより、『全生活史健忘』という症状に近いと思われます。」
『高次脳機能障害』は聞いたことがあった。
だが、『全生活史健忘』という言葉は初めてだ。
「『全生活史健忘』というのは、今迄の自分の人生を全て忘れてしまう病気です。
自分の名前、家族の事、友人、仕事など、生活に纏わる全ての記憶が欠落している症状を指します。
事故による脳挫傷が関係していると思われますが、原因ははっきりとは分かりません。」
「治療法は? 記憶を取り戻す方法はあるんですか?」
「記憶の手がかりとなるものに少しずつ触れて、忘れている部分を呼び覚ますという治療を行います。
催眠療法を取り入れている症例もあります。
これまでの報告例では、記憶が戻った方もいます。
ただ、外傷が原因での『全生活史健忘』の症例は少なく、我々としても手探りでの治療となります。
更に、牧野さんは身体の怪我のリハビリも行わなくてはなりません。
心身ともに負担になり過ぎないよう、ゆっくりと双方の治療を進めていきましょう。
ご家族の皆さんは、すぐにでも記憶を取り戻して欲しいと思われるでしょうが、焦りは禁物です。
患者さんがご自分を責めたり、心に負担がかかり過ぎないように、リラックスして日々を送ることも重要になってきます。
どうぞご家族で支えてあげて下さい。」
進が聞かせてくれた、担当医から家族への病状説明の録音。
「記憶が戻った方もいます。」という言葉に縋りたい一方で、その裏には戻らなかった人もいるという事実があるのだろう。
これを聞いて、楽観視できる家族は果たしてどの位いるのか?
誰もが難しい戦いに挑まねばならない。
牧野本人も、そして支える家族も。
「医者がこう言ってるんだ。
焦らずやっていこうぜ。
姉ちゃんはきっと良くなるよ。
俺にも出来る事があったら、何だって手を貸すから。
そんな暗い顔するな、進。
俺達はいつも笑ってようぜ。
そうしたら、牧野もきっと笑うようになる。」
「は・・・い、そうですね・・・
そうですよね。
一番不安なのは姉ちゃんでしょうから。
それを助けなきゃ・・・ですよね。」
俺の気休めにしかならない台詞に無理矢理笑おうとしている進は、泣き笑いのような情けない表情になってる。
それが記憶の中の牧野の表情とダブって・・・
ああ、2人は姉弟だなぁ・・・と改めて認識したりもする。
進の中にかつての牧野の面影を見付けて、胸のどこかがぎゅっと絞られた様な感覚が俺を襲った。
眠りから覚め、東京の兄貴のいる病院へ転院して来た牧野。
まだまだ身体は自由に動かせず、記憶も全く戻っていなかった。
表情が乏しく、口数も極端に少ない。
殆ど笑うこともなく、おどおどとして、目線ばかり彼方此方に泳がせている。
無理もない。
自分が何者か分からず、周り全てを知らない人間に囲まれて生きる毎日。
どれだけ心許ない事だろう・・・
想像しても想像し切れないその胸の内。
こちらは優しく話し掛けているつもりだけれど・・・
突然病室に知らない男が現れて、「何年も前からの友達だ。」と聞かされたって、牧野が警戒したくなる気持ちも分かる気がする。
それでも牧野は頑張っていた。
医者に言われた事をちゃんとやろうと、懸命にリハビリに取り組む毎日。
暫く眠らされていた身体からは筋肉が落ち、最初は自力でベッドに身体を起こす事さえ困難だったところから、少しずつ少しずつ身体を動かし、まず立ち上がれるようになった。
歩行器に縋って数歩歩いては休み、また数歩進んでは苦痛に顔を歪め・・・
それでもそれ以外に生きる縁がないかのように、牧野はリハビリを重ねた。
病棟の中しか歩き回れなかったのが、自分の足で屋上の庭園まで行けるようになり、そのうち一人で病院の中庭まで散歩できる程に回復した。
その一方で、身体は回復してきても、全く戻らなかったのは記憶だ。
病室を訪れる誰もが、牧野との思い出の品や一緒に撮った写真、好きだった食べ物などを持ち込むけれど、そのどれにも牧野が反応を示す事は無かった。
写真の中の自分と仲間を見ても、いつもすまなさそうに謝るばかりだ。
「ごめんなさい、何も・・・
何も思い出せないんです。」
「つくし・・・」
「先輩・・・」
滋の期待を込め過ぎた視線は牧野を突き刺しているのではないか?
桜子の一瞬泣きそうに歪められた表情は、それだけで牧野を追い詰めるんじゃないのか?
そんな場面を見るにつけ、「お前等、そういうの止めろよ!」と言いたくなる。
あんなに心を許していた類の事すら分からない牧野。
仕事の合間にふらりと病院に現れる類は、いつもと変わらずそっと隣にいるだけ。
焦りもせず、何かに期待する事も無く、好き勝手に自分の近況をぽつりぽつりと話して「じゃ、またね、牧野。」と帰っていくのだそうだ。
牧野のお袋さんは、事故前と同じように牧野の許に足を運ぶ類の事を、とても有り難いと言っていた。
そして・・・
司からは相変わらず何の連絡も無かった。
こちらからプライベート用の電話に連絡を取ろうとしても一向に繋がらず、東京の邸やNYの道明寺本社にメッセージを託しても、何の返事も来ない。
そもそも今NYにいるのかさえ定かじゃなかった。
でも誰もが心のどこかで期待している。
司さえ牧野の前に現れたら、記憶が戻るんじゃないかって。
あんなに牧野を激しく強く愛していた司と、それを信じて待ち続けていた牧野。
2人が会いさえすれば、この状況を打開できるんじゃないかと、願わずにいられない。
俺達のそんな思いをよそに、牧野は一人淡々と、目の前の事を一つずつクリアしていく日々を送っていた。
いや、それしか出来る事が無かったんだろうけれど・・・
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今週は忙しくて・・・ なかなか更新できずにスミマセン(^_^;)
空っぽの記憶。
動かない身体。
見知らぬ場所と周りの人。
こんなの、どんなに心細いんでしょうか?
自分だったら・・・と妄想しても、妄想しきれません!
火曜日、「花晴れ」をリアタイチャットしながら動く総二郎を見て、お運び頂いた皆様と盛り上がりました!
自分的にはここまでの10話で一番気分が上がるOA日でしたよ( ´艸`)
6月26日(火)の最終回にも総二郎登場!につき、リアタイチャット、またやります♪
良かったら皆で集まってあーだーこーだ言いながら観ましょうー。
火曜日の時点で来週の番組表にはMJの名前がクレジットされてたんだけど・・・
今消えてます。
シークレットなのに先走った告知だったのか、出演予定が無くなったのか・・・?
でも予告に総二郎は映ってたからね!
そちらに大注目!で参ります!

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テーマ:二次創作:小説
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