粉雪舞い降りる君の肩先 18
「なあ、牧野・・・
俺、今から物凄く格好悪い事言うよ。」
間近にある牧野の濡れたように耀く瞳に、俺だけが映っている。
それはとても嬉しい事なのに、俺の中に隠されている後ろ暗い思いを何も知らないからこんなに無垢なのだと思うと、自分の中に罪悪感が芽生える。
そして胸のどこかがじくじくと疼く。
引っ越して欲しいだなんて、単なる俺の我儘でしかない。
俺の独占欲からこんな事を言い出してる。
なあ、牧野。
頼むから、司をずっと待っていたこの部屋で、俺の事を待たないで欲しいんだ。
この部屋には司との思い出があって。
ここで待っていたら、いつかは司が再び会いに来るって信じていた時があったろう。
司を想っていた時間だって、今の牧野を形造るものの一部なんだって重々分かっている。
だけど・・・、もし牧野が1人きりの時、俺の事じゃなく司の事を考えていたら・・・と想像するだけで、どうしようもなく心が乱れるんだよ。
牧野の中で大切に愛しまれ、時間の経過と共に美化されただろう思い出の中の司。
決して消し去る事の出来ない程に、深く牧野の記憶に刻まれた司。
そんな司に勝手に嫉妬している。
だから、姑息な手段かも知れないが、この思い出でいっぱいの空間から、牧野を引っ張り出したい。
今、俺を選んでくれたのなら・・・
この部屋で司を待っていた長い時間を、過去のものにしてくれ。
こんな本音を牧野に聞かせる訳にはいかなくて。
深呼吸をひとつ吐いて、俺は取ってつけたような下らない言い訳を口にする。
「ここに来る時、車を近くのコインパーキングに停めているんだけどさ。
それもちょっと不安なんだ。
出来れば露天じゃなくて建物の中で、契約している人しか出入り出来ないクローズドなパーキングに停めたいってのが本音。
だから、牧野がパーキング付きの物件に住んでいてくれたら、会いに来る俺も有り難い。」
「あ、そうだよね・・・。
美作さんのピカピカの車、ここら辺に停めてたら、悪戯されたり、車上荒らしに狙われちゃったりするかもしれないもんね。
あたし、そういう事全然気付けなくて・・・。
ごめん。」
俺が無理矢理捻り出した、どうでもいいような理由に聞き入り、真面目な表情をして謝ってくるから申し訳なくなる。
「謝らなくていいんだ。
ただ、そういう俺の方の事情もあるから。
マンションへの引っ越し、了承してくれたら助かる。」
「・・・・・・ちょっと考えさせてもらってもいい?」
「うん、ゆっくり考えて。」
右の掌で目の前にある頬をそっと包むと、俺の手よりもそこはひんやりとしていた。
触れていると、掌からじんわりと熱が伝わって、やがて互いの体温が溶け合っていく。
想いが飽和して言葉になって溢れ出た。
「好きだ・・・」
そう告げるだけで心臓に鋭い痛みが走る。
牧野も俺と同じようにどこかが痛むのだろうか。
泣きそうに顔を歪めた。
「美作さん・・・」
「うん?」
「好き。」
たった一言の言葉に、雷に打たれたかのような衝撃が走る。
心から想っている相手に「好き」と言われる事の喜びは、こんなにも激しく、強く、俺を揺さぶるものなのか。
思わず目を瞑り、愛しい人をぎゅっと抱き締め直した。
自分の心臓がばくばくと派手に拍動しているのが聞こえてくる。
口からは熱い溜息が溢れた。
「初めてだ・・・」
「な、何が?」
「初めて牧野が俺の事好きって言ってくれた。」
「・・・そうだっけ?」
「そうだよ。今が初めてだ。」
「そっか・・・。
自分の中では、もうずっと想ってたから。」
「ずっとっていつから?」
「え・・・? いつだろ?
気付いたらもう・・・美作さんに惹かれてたよ。」
「じゃあ、いつ気付いてくれたんだ?」
「そんなの・・・、内緒!」
「ふうん。」
「美作さんこそいつからあたしのこと想っててくれたの?」
「牧野が内緒なら、俺も内緒だ。」
「えー?」
もうずっとずっと前だよ。
司がまだ牧野の隣にいる時からだ・・・なんて知ったら、どんな気持ちがする?
驚かれた上に引かれそうだな。
その気持ちをなかった事にしようと、心の底に封印していた時もあった。
司が牧野を忘れても、牧野が司を想い続けているうちは、この気持ちを伝えよう・・・なんて思わなかった。
だけど牧野があのイチョウ並木が見える芝生の上で「待ってなんかいないよ。」って言ったから。
きっとあの日から、俺は自分の想いが膨らんでいくのを止めようとしなくなったんだ。
身体の奥に熱が溜まり始める予兆を自覚して、牧野を抱き締めている腕をそうっと解いた。
俺の熱情を牧野に知ってもらうのは今じゃない。
いつか牧野が本当に俺に心を許してくれる時が来たら・・・だ。
「なあ、牧野、外寒いかもだけど、ちょっと散歩しないか?」
「散歩?」
「そう。折角だから貰ったマフラー巻いて歩きたいんだ。」
「ん・・・、ありがと。
じゃあちょっと待ってて。
マグカップだけ片付けちゃうね。」
手早く片付けて、出掛ける支度をした牧野と外に出た。
3月に入ったとはいえ、どんよりと曇っている今日はまだマフラーが役に立つ。
俺は牧野が編んでくれたマフラーを、牧野は俺がプレゼントしたマフラーを各々巻いて、いつものように手を繋いで歩き出した。
「どこに行く?」
「あ、あのね、あたし、バースデーケーキは作れなかったから、ケーキ買いに行きたいな。
美味しいお店あるの。」
「うん、じゃあそこに行こう。」
牧野はキャンパス内じゃなくても、こうして2人で手を繋いで歩くのには照れが残っているようで、矢継ぎ早にあれこれ話している。
パティスリーのショーケース内のケーキに目移りしていた牧野は結局、「『季節限定』って書いてあると食べたくなっちゃうよね!」と言って、甘夏が載ったレアチーズケーキを、俺はオペラを選んだ。
帰り道、片手にはケーキの入った紙の箱を、反対では牧野の手を握って歩く。
「ケーキ作れなくてごめんね。」
「先週目一杯食べたろ?」
「あれは美作さんがあたしにご馳走してくれたんじゃない。
あたしはホントは自分で何か作りたかったの。
でもそこまで手が回らなくて。」
「今日の食事、どれもこれも美味しかった。
あんなに色々作るの大変だったろ?
それだけでもう十分嬉しいから。」
功労者の手を口元に引き寄せ、指先に軽くキスを落とすと、途端に真っ赤な林檎のような頬になった。
そして小声で俺を嗜めている。
「ちょっと! こんな事しちゃダメ! 今は外だよ!」
「誰かに見られたらとしても、あー、バカップルがいるなぁって思われるくらいだろ。」
「あたしが普段ここら辺を歩きにくくなっちゃうでしょ!」
「そうそう同じ人に同じ道で会ったりしないと思うけど?」
「それでも!ダメなの!」
そう言って手を引き抜こうとするから、そうはさせまいとしっかりと握り直して、コートのポケットにしまった。
牧野・・・
きっともう、離してあげられないよ。
この手を掴んで何処にも行かせたくない。
ずっと俺の側にいて欲しい。
自分の中に次々と生まれる激しい感情の全てを、とても牧野には明かせないから。
ただただ小さな掌を握って歩きながら、牧野があれこれ話すのを聞いている振りをしていた。
_________
残暑厳しいですねー。
それなのに場面は3月!
イメージわかないよ!
いや、自分ならその頃花粉でグズグズで、一歩もお外出たくない…ってなってますな。
このあきらきゅんは、単なる心配症の恋人…じゃないんですよね。
また誰かから「ハゲるよ!」って言われちゃいそう笑
9月ももう半ばですか。
クリスマスケーキの予約とか、お節の予約…なんていうのを目にして、気が遠くなってます。

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俺、今から物凄く格好悪い事言うよ。」
間近にある牧野の濡れたように耀く瞳に、俺だけが映っている。
それはとても嬉しい事なのに、俺の中に隠されている後ろ暗い思いを何も知らないからこんなに無垢なのだと思うと、自分の中に罪悪感が芽生える。
そして胸のどこかがじくじくと疼く。
引っ越して欲しいだなんて、単なる俺の我儘でしかない。
俺の独占欲からこんな事を言い出してる。
なあ、牧野。
頼むから、司をずっと待っていたこの部屋で、俺の事を待たないで欲しいんだ。
この部屋には司との思い出があって。
ここで待っていたら、いつかは司が再び会いに来るって信じていた時があったろう。
司を想っていた時間だって、今の牧野を形造るものの一部なんだって重々分かっている。
だけど・・・、もし牧野が1人きりの時、俺の事じゃなく司の事を考えていたら・・・と想像するだけで、どうしようもなく心が乱れるんだよ。
牧野の中で大切に愛しまれ、時間の経過と共に美化されただろう思い出の中の司。
決して消し去る事の出来ない程に、深く牧野の記憶に刻まれた司。
そんな司に勝手に嫉妬している。
だから、姑息な手段かも知れないが、この思い出でいっぱいの空間から、牧野を引っ張り出したい。
今、俺を選んでくれたのなら・・・
この部屋で司を待っていた長い時間を、過去のものにしてくれ。
こんな本音を牧野に聞かせる訳にはいかなくて。
深呼吸をひとつ吐いて、俺は取ってつけたような下らない言い訳を口にする。
「ここに来る時、車を近くのコインパーキングに停めているんだけどさ。
それもちょっと不安なんだ。
出来れば露天じゃなくて建物の中で、契約している人しか出入り出来ないクローズドなパーキングに停めたいってのが本音。
だから、牧野がパーキング付きの物件に住んでいてくれたら、会いに来る俺も有り難い。」
「あ、そうだよね・・・。
美作さんのピカピカの車、ここら辺に停めてたら、悪戯されたり、車上荒らしに狙われちゃったりするかもしれないもんね。
あたし、そういう事全然気付けなくて・・・。
ごめん。」
俺が無理矢理捻り出した、どうでもいいような理由に聞き入り、真面目な表情をして謝ってくるから申し訳なくなる。
「謝らなくていいんだ。
ただ、そういう俺の方の事情もあるから。
マンションへの引っ越し、了承してくれたら助かる。」
「・・・・・・ちょっと考えさせてもらってもいい?」
「うん、ゆっくり考えて。」
右の掌で目の前にある頬をそっと包むと、俺の手よりもそこはひんやりとしていた。
触れていると、掌からじんわりと熱が伝わって、やがて互いの体温が溶け合っていく。
想いが飽和して言葉になって溢れ出た。
「好きだ・・・」
そう告げるだけで心臓に鋭い痛みが走る。
牧野も俺と同じようにどこかが痛むのだろうか。
泣きそうに顔を歪めた。
「美作さん・・・」
「うん?」
「好き。」
たった一言の言葉に、雷に打たれたかのような衝撃が走る。
心から想っている相手に「好き」と言われる事の喜びは、こんなにも激しく、強く、俺を揺さぶるものなのか。
思わず目を瞑り、愛しい人をぎゅっと抱き締め直した。
自分の心臓がばくばくと派手に拍動しているのが聞こえてくる。
口からは熱い溜息が溢れた。
「初めてだ・・・」
「な、何が?」
「初めて牧野が俺の事好きって言ってくれた。」
「・・・そうだっけ?」
「そうだよ。今が初めてだ。」
「そっか・・・。
自分の中では、もうずっと想ってたから。」
「ずっとっていつから?」
「え・・・? いつだろ?
気付いたらもう・・・美作さんに惹かれてたよ。」
「じゃあ、いつ気付いてくれたんだ?」
「そんなの・・・、内緒!」
「ふうん。」
「美作さんこそいつからあたしのこと想っててくれたの?」
「牧野が内緒なら、俺も内緒だ。」
「えー?」
もうずっとずっと前だよ。
司がまだ牧野の隣にいる時からだ・・・なんて知ったら、どんな気持ちがする?
驚かれた上に引かれそうだな。
その気持ちをなかった事にしようと、心の底に封印していた時もあった。
司が牧野を忘れても、牧野が司を想い続けているうちは、この気持ちを伝えよう・・・なんて思わなかった。
だけど牧野があのイチョウ並木が見える芝生の上で「待ってなんかいないよ。」って言ったから。
きっとあの日から、俺は自分の想いが膨らんでいくのを止めようとしなくなったんだ。
身体の奥に熱が溜まり始める予兆を自覚して、牧野を抱き締めている腕をそうっと解いた。
俺の熱情を牧野に知ってもらうのは今じゃない。
いつか牧野が本当に俺に心を許してくれる時が来たら・・・だ。
「なあ、牧野、外寒いかもだけど、ちょっと散歩しないか?」
「散歩?」
「そう。折角だから貰ったマフラー巻いて歩きたいんだ。」
「ん・・・、ありがと。
じゃあちょっと待ってて。
マグカップだけ片付けちゃうね。」
手早く片付けて、出掛ける支度をした牧野と外に出た。
3月に入ったとはいえ、どんよりと曇っている今日はまだマフラーが役に立つ。
俺は牧野が編んでくれたマフラーを、牧野は俺がプレゼントしたマフラーを各々巻いて、いつものように手を繋いで歩き出した。
「どこに行く?」
「あ、あのね、あたし、バースデーケーキは作れなかったから、ケーキ買いに行きたいな。
美味しいお店あるの。」
「うん、じゃあそこに行こう。」
牧野はキャンパス内じゃなくても、こうして2人で手を繋いで歩くのには照れが残っているようで、矢継ぎ早にあれこれ話している。
パティスリーのショーケース内のケーキに目移りしていた牧野は結局、「『季節限定』って書いてあると食べたくなっちゃうよね!」と言って、甘夏が載ったレアチーズケーキを、俺はオペラを選んだ。
帰り道、片手にはケーキの入った紙の箱を、反対では牧野の手を握って歩く。
「ケーキ作れなくてごめんね。」
「先週目一杯食べたろ?」
「あれは美作さんがあたしにご馳走してくれたんじゃない。
あたしはホントは自分で何か作りたかったの。
でもそこまで手が回らなくて。」
「今日の食事、どれもこれも美味しかった。
あんなに色々作るの大変だったろ?
それだけでもう十分嬉しいから。」
功労者の手を口元に引き寄せ、指先に軽くキスを落とすと、途端に真っ赤な林檎のような頬になった。
そして小声で俺を嗜めている。
「ちょっと! こんな事しちゃダメ! 今は外だよ!」
「誰かに見られたらとしても、あー、バカップルがいるなぁって思われるくらいだろ。」
「あたしが普段ここら辺を歩きにくくなっちゃうでしょ!」
「そうそう同じ人に同じ道で会ったりしないと思うけど?」
「それでも!ダメなの!」
そう言って手を引き抜こうとするから、そうはさせまいとしっかりと握り直して、コートのポケットにしまった。
牧野・・・
きっともう、離してあげられないよ。
この手を掴んで何処にも行かせたくない。
ずっと俺の側にいて欲しい。
自分の中に次々と生まれる激しい感情の全てを、とても牧野には明かせないから。
ただただ小さな掌を握って歩きながら、牧野があれこれ話すのを聞いている振りをしていた。
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残暑厳しいですねー。
それなのに場面は3月!
イメージわかないよ!
いや、自分ならその頃花粉でグズグズで、一歩もお外出たくない…ってなってますな。
このあきらきゅんは、単なる心配症の恋人…じゃないんですよね。
また誰かから「ハゲるよ!」って言われちゃいそう笑
9月ももう半ばですか。
クリスマスケーキの予約とか、お節の予約…なんていうのを目にして、気が遠くなってます。



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