下弦の月 前編
ちょっと今日の分書き上がらなかったので、ストックから蔵出しで。
お茶のお師匠様と直弟子…といった微妙な距離の2人です。
__________
ああ、俺は一体どこにいるんだろう。
真っ暗で、息苦しい。
小さな箱にでも詰め込まれたような閉塞感。
帰りたい。
帰りたいんだ。
こんな所にはいたくない。
そう思った時に、頭の中から別の声がする。
お前はどこに帰るんだ?
どこがお前の帰る場所?
一体いつの時間に帰りたい?
俺が帰りたいのは…
そう考え始めた時、真っ暗なその場所に、静かな一筋の光が見えてきた。
その光は段々明るく確かなものになっていく。
その光に包まれたくて。
捕まえたくて。
力の限り手を伸ばした。
「…どさん? 西門さん?」
光を求めて伸ばした指先には、小さくてひんやりした手。
ぼんやりと目を開けたら、ベッドサイドのライトに柔らかく照らされて、心配そうに俺を見下ろす牧野の顔があった。
「(牧野…?)」
牧野の名を呼んだはずなのに、俺の口からは声が出ていない。
出てくるのは掠れた吐息だけ。
それを認めて牧野が緊張を解いて小さく笑った。
俺の額に手を伸ばし、前髪を掻き上げている。
「西門さん、分かる?
熱が出て、寝込んだんだよ。
インフルエンザではないんだって。
でもすっごく熱が高いの。
起きて水分取れる?」
小さく頷いて、身体をベッドの上に起こそうとしたら、節々がギシギシと痛んだ。
牧野が俺の背に手を回して、支えてくれようとしてるけど…
お前に俺の重み、耐えらんねえだろ?
ぐらぐらする頭を必死で持ち上げて、身体をベッドのヘッドボードに寄せた。
すかさず牧野がクッションを背中に当ててくれてる。
元気に声が出せるなら、「お、つくしちゃん、気が利くねー。」なんて言って、流し目の一つでも送ってやるのに。
今の俺は、碌に自分の身体も自由に出来ない。
水の入ったグラスを持った牧野が、俺にそれを差し出すけれど、心配なのか、受け取った俺の手に自分の掌をそっと重ねてる。
大丈夫だと言いたいけれど、声が出ないから、牧野に笑いかけてやった。
病人が平気なフリして笑うってのは、どんなにか弱々しいものなんだろうか。
牧野が余計に心配そうな顔して、俺を見つめてる。
グラスの水を少しずつ飲み下して、ふうと一息ついて。
あ、あ、あ…と発声練習してみれば、いつもと違う調子ながらも声は出た。
「…俺、どんぐらい寝てた?
どうしたんだっけ…?」
「昨日の夕方、お客様がお帰りになられた後、お茶室で倒れたの。
今は夜中の2時。
もう… 忙しいからって無理してたんでしょ。
ずっと調子悪いの隠してた?
熱も、少し前からあったんじゃないの?」
「寒気がするなとは思ってたけど、寒波襲来だって天気予報で言ってたし。
だるいのは仕事の疲れが溜まってんのかと思って。
風邪ぐらいじゃ寝込まない体力あると思ってたんだけどな。」
「鬼の霍乱だね。」
牧野の言いぐさはあんまりだ。
俺は鬼なんかじゃねえ!
こんなカッコいいお師匠様捕まえて、鬼呼ばわりとは心外だ。
そもそも霍乱って日射病の事だし。
全然ピンとこねえぞ、その例え!
俺の手からグラスを受け取った牧野は、次に体温計を手渡してきた。
「西門さん、熱計ってみて。
昨日の夕方倒れた時は40℃近くあって、あたしホントに驚いたし、側に居ながら西門さんが具合悪いのに気付けなかった自分にもがっかりしたんだから。」
牧野のお怒りはご尤も。
でも忙しい最中に具合悪いって弱音吐く俺なんか見せたくなかったんだよ。
せめて茶室じゃなくて、自分の部屋まで戻ってから寝込みたかったよな。
俺ってカッコ悪すぎる。
牧野の声をぼーっとする頭で聞きつつも、ぞくぞくする身体が勝手に身震いする。
「あ、ごめん、寒いよね。」
用意されていたらしい毛布を肩から掛けられた。
「西門さん、無理しないで、あたしには何でも言ってよ…」
ふわりと毛布で俺を包みながら、牧野はそんな事を言う。
そんな捨て犬みたいな濡れた瞳で俺を追い詰めんなよ。
俺はお前に悲しい顔させたくないんだから。
そう思って、平気なふりしてたのに。
「悪かったよ。でも今日が終われば数日ゆっくりできるから、そうしたら休もうって思ってたんだって。」
ぴぴぴと鳴った体温計を出してみれば、まだまだ熱は高かった。
「風邪だからね。栄養と睡眠が一番だって。
何か食べれそう? 食べれるならちょっと食べてからお薬飲もうか。」
腹が減ってる気はしなかったけれど、牧野を安心させたくて、言う事を聞いておこうと思い頷いた。
「うん、じゃあちょっと支度してもらってくるから、西門さんはもう一度横になって待ってて。」
小首を傾げながらそんな事言う牧野は可愛い。
ああ、俺の目は熱でどうにかしてんのか?
そもそも通いの弟子であるお前が、なんで俺の部屋に入り込んで、側についてる訳?
この家は人手だけはあるんだから、こいつがここにいる必要なんか無かったはずだ。
またベッドに寝かされて、牧野の手でしっかり布団で包まれて。
身体がベッドに沈んでいくのと同時に、重たい瞼が勝手に閉じていった。
__________
甲斐甲斐しいつくしと鬼と呼ばれた病気の総二郎(笑)
ちょっと「心の器」73話、難しくてですねー。
書きあぐねちゃったので、急遽こちらを手を入れてみました。
続きをお待ちだった方、いらしたらスミマセン…
もうちょっと練らせて下さいなー。

ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
お茶のお師匠様と直弟子…といった微妙な距離の2人です。
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ああ、俺は一体どこにいるんだろう。
真っ暗で、息苦しい。
小さな箱にでも詰め込まれたような閉塞感。
帰りたい。
帰りたいんだ。
こんな所にはいたくない。
そう思った時に、頭の中から別の声がする。
お前はどこに帰るんだ?
どこがお前の帰る場所?
一体いつの時間に帰りたい?
俺が帰りたいのは…
そう考え始めた時、真っ暗なその場所に、静かな一筋の光が見えてきた。
その光は段々明るく確かなものになっていく。
その光に包まれたくて。
捕まえたくて。
力の限り手を伸ばした。
「…どさん? 西門さん?」
光を求めて伸ばした指先には、小さくてひんやりした手。
ぼんやりと目を開けたら、ベッドサイドのライトに柔らかく照らされて、心配そうに俺を見下ろす牧野の顔があった。
「(牧野…?)」
牧野の名を呼んだはずなのに、俺の口からは声が出ていない。
出てくるのは掠れた吐息だけ。
それを認めて牧野が緊張を解いて小さく笑った。
俺の額に手を伸ばし、前髪を掻き上げている。
「西門さん、分かる?
熱が出て、寝込んだんだよ。
インフルエンザではないんだって。
でもすっごく熱が高いの。
起きて水分取れる?」
小さく頷いて、身体をベッドの上に起こそうとしたら、節々がギシギシと痛んだ。
牧野が俺の背に手を回して、支えてくれようとしてるけど…
お前に俺の重み、耐えらんねえだろ?
ぐらぐらする頭を必死で持ち上げて、身体をベッドのヘッドボードに寄せた。
すかさず牧野がクッションを背中に当ててくれてる。
元気に声が出せるなら、「お、つくしちゃん、気が利くねー。」なんて言って、流し目の一つでも送ってやるのに。
今の俺は、碌に自分の身体も自由に出来ない。
水の入ったグラスを持った牧野が、俺にそれを差し出すけれど、心配なのか、受け取った俺の手に自分の掌をそっと重ねてる。
大丈夫だと言いたいけれど、声が出ないから、牧野に笑いかけてやった。
病人が平気なフリして笑うってのは、どんなにか弱々しいものなんだろうか。
牧野が余計に心配そうな顔して、俺を見つめてる。
グラスの水を少しずつ飲み下して、ふうと一息ついて。
あ、あ、あ…と発声練習してみれば、いつもと違う調子ながらも声は出た。
「…俺、どんぐらい寝てた?
どうしたんだっけ…?」
「昨日の夕方、お客様がお帰りになられた後、お茶室で倒れたの。
今は夜中の2時。
もう… 忙しいからって無理してたんでしょ。
ずっと調子悪いの隠してた?
熱も、少し前からあったんじゃないの?」
「寒気がするなとは思ってたけど、寒波襲来だって天気予報で言ってたし。
だるいのは仕事の疲れが溜まってんのかと思って。
風邪ぐらいじゃ寝込まない体力あると思ってたんだけどな。」
「鬼の霍乱だね。」
牧野の言いぐさはあんまりだ。
俺は鬼なんかじゃねえ!
こんなカッコいいお師匠様捕まえて、鬼呼ばわりとは心外だ。
そもそも霍乱って日射病の事だし。
全然ピンとこねえぞ、その例え!
俺の手からグラスを受け取った牧野は、次に体温計を手渡してきた。
「西門さん、熱計ってみて。
昨日の夕方倒れた時は40℃近くあって、あたしホントに驚いたし、側に居ながら西門さんが具合悪いのに気付けなかった自分にもがっかりしたんだから。」
牧野のお怒りはご尤も。
でも忙しい最中に具合悪いって弱音吐く俺なんか見せたくなかったんだよ。
せめて茶室じゃなくて、自分の部屋まで戻ってから寝込みたかったよな。
俺ってカッコ悪すぎる。
牧野の声をぼーっとする頭で聞きつつも、ぞくぞくする身体が勝手に身震いする。
「あ、ごめん、寒いよね。」
用意されていたらしい毛布を肩から掛けられた。
「西門さん、無理しないで、あたしには何でも言ってよ…」
ふわりと毛布で俺を包みながら、牧野はそんな事を言う。
そんな捨て犬みたいな濡れた瞳で俺を追い詰めんなよ。
俺はお前に悲しい顔させたくないんだから。
そう思って、平気なふりしてたのに。
「悪かったよ。でも今日が終われば数日ゆっくりできるから、そうしたら休もうって思ってたんだって。」
ぴぴぴと鳴った体温計を出してみれば、まだまだ熱は高かった。
「風邪だからね。栄養と睡眠が一番だって。
何か食べれそう? 食べれるならちょっと食べてからお薬飲もうか。」
腹が減ってる気はしなかったけれど、牧野を安心させたくて、言う事を聞いておこうと思い頷いた。
「うん、じゃあちょっと支度してもらってくるから、西門さんはもう一度横になって待ってて。」
小首を傾げながらそんな事言う牧野は可愛い。
ああ、俺の目は熱でどうにかしてんのか?
そもそも通いの弟子であるお前が、なんで俺の部屋に入り込んで、側についてる訳?
この家は人手だけはあるんだから、こいつがここにいる必要なんか無かったはずだ。
またベッドに寝かされて、牧野の手でしっかり布団で包まれて。
身体がベッドに沈んでいくのと同時に、重たい瞼が勝手に閉じていった。
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甲斐甲斐しいつくしと鬼と呼ばれた病気の総二郎(笑)
ちょっと「心の器」73話、難しくてですねー。
書きあぐねちゃったので、急遽こちらを手を入れてみました。
続きをお待ちだった方、いらしたらスミマセン…
もうちょっと練らせて下さいなー。



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