チョコレートよりも欲しいもの <St Valentine's Day 2015>
「下弦の月」のオマケ、バレンタインSSです。
__________
丸1日以上寝込んでいたが、やっとなんとか熱が下がった。
何だかんだと言いながら、牧野を留め置いて、これで2度目の朝。
「西門さんの熱も下がったんだから、もういいでしょ! いい加減帰らせて!」と、隣の女はぷりぷりしている。
本当は寝込んでるからって、牧野に看病してもらわなくともいい訳で。
こんなに人の目のある邸の中で、2人で足掛け3日も閉じ篭っていれば、何を言われている事やら、空恐ろしい。
時折顔を見せるお袋と、三度の食事を運んでくる内弟子の態度からは、牧野が悪し様に言われているというような気配はしないけれど、本当のところはどうなってるんだろう。
今朝も早速お袋が部屋に入ってきて、牧野と話し込んでいる。
「牧野さん、お疲れじゃない?
こんな所ではよく眠れないのではなくって?」
「いいえ、あたしの部屋の安物のベッドより、このフカフカのソファの方がよっぽどぐっすり寝られました!」
「客間を使って頂いても良かったのに、総二郎さんの我儘でごめんなさいね。」
「いえ、そんな… あたしこそ上げ膳据え膳ですっかりお世話になってしまって、申し訳ないです…」
「いいのよ、それは。こんな我儘放題の病人の相手をしてくれたんですから。
総二郎さん、そろそろ動けるのではなくって?
朝食はベッドの上ではなくて、きちんとダイニングで召し上がりなさいな。
さ、牧野さん、参りましょう。」
「え、あの、あたし…」
うろたえる牧野の背中を押して、お袋はそそくさと部屋を出て行った。
寝過ぎで身体はバキバキと鳴り、汗もタオルで拭ってはいたが、肌に薄い膜がへばりついたようで気持ちが悪い。
朝飯なんて今すぐいかなくてもいいだろうと、取り敢えず重い身体を押してシャワーを浴びた。
さっぱりとした糊のきいた服に着替えて、人心地付いてからダイニングルームに向かうと、中からは牧野とお袋の笑い声が聞こえてくる。
この場でこんな朗らかな声が響くなんて。
それもお袋が声をたてて笑ってるなんて、俄かには信じられない。
ドアを開けて俺が中に入っていっても、お袋は楽しそうに牧野と言葉を交わしてる。
俺が無言で牧野の隣に腰を下ろせば、タイミング良く朝食が運ばれてきた。
甘塩の焼き鮭、湯葉のあん掛け、大根とがんもどきを焚いたもの、出し巻き卵、豆腐の味噌汁、それに白粥。
俺の朝食メニューを横から覗きこんで、牧野がにっこりと笑った。
小さな声で「病み上がりの人の朝ご飯メニューだね。」なんて言ってくる。
まあそう言われればそうなのか?
見比べようにも牧野の分は粗方食べ終わっていて比べようがない。
「西門さん、あたし、これ頂いたらお暇するからね。」
「…ああ。」
「総二郎さん、散々お世話になっておいて、牧野さんに何か仰るべきことがあるでしょう?」
「そうだよ、有給休暇2日も連続で取っちゃったから、来週先輩に何言われるか分かんないんだからねっ。」
「悪かったよ。」
なんだ、この2人の結託した感じは?
こんな仲じゃなかったよな?
「後で送って差し上げなさいね、総二郎さん。」
「いえ、病み上がりの人にそんな。
あたし、1人で帰れますから。
いつもお稽古の時だって、電車で来てますし。」
「でも、帰りは総二郎さんが送っていっているでしょう?」
やましい事をしている訳では無いのに、お袋からちらりと視線を投げられつつそんな事を言われると、つい目を逸らしてしまう。
「ええ、まあ。牧野も一応若い女性ですし。
夜の一人歩きはさせないに越したことは無いですから。」
「西門さんは大袈裟なんだよ。
お稽古に来ない他の日は、あたし電車と徒歩で会社から帰ってるのに。」
「あら、それは良くないわね。
総二郎さん、時間の許す限り、お迎えに行って差し上げたら?」
何だって? 家元夫人の口から交際OK宣言が出てるって思っていいのか?
「そ、そんな! 次期家元の送り迎えなんて困りますっ!」
「あら、牧野さんは総二郎さんのお弟子さんでもあるけれど、高校時代からの大切なお友達なんだから、宜しいでしょう?」
ま、今はオトモダチでも、直ぐにどーんとひっくり返してやるけどな。
ふうと小さな溜息をひとつ吐く。
「食べ終わったら牧野を送っていきますから。」
「ね、ホントにいいよ… 今は明るいんだし。」
「いいから。」
無理矢理押し込めた運転手付きの黒塗りの車。
牧野はちょっと膨れっ面。
隣に座って、そんな牧野の横顔を眺める。
熱っぽい頭で、昨日一日牧野の事ばかり考えて過ごしてた。
小言を言いながらも、優しく看病してくれる牧野をずっと見ていられて、具合が悪いのにも係わらず、気持ちは安らいでた。
長年溜め込んでた気持ちをうっかりぶちまけたからなのだろうか?
重苦しかった想いは消え去り、今胸の中はじんわりと暖かくて幸せな想いで満ちている。
「なあ、何怒ってんだよ?」
「怒ってない。」
「じゃあなんでそんな膨れっ面なんだ?」
「膨れっ面なんかしてません!
もー、女性に向かって失礼でしょ!」
「そうでした、つくしちゃんも女の子でしたっけね。」
「何よ、さっき西門さんが言ったんでしょ!
『牧野も一応若い女性ですし。』って!」
「ああ、それで拗ねてんのか。」
「拗ねてないっつーの!」
いつもの下らない言葉の応酬までもがとても楽しい俺は、まだ熱があるんだろうか?
牧野の住むマンションの前で車を降り、部屋のドアの前まで送っていく。
「ね、もうここでいいってば。
いつもマンションの前で車降りてバイバイするじゃん。」
「今日は運転手がいるからいいんだよ。」
「病み上がりの人はさっさと帰ってベッドに戻るの!」
「もう復活したよ、つくしちゃんの看病のお蔭で。」
牧野が鍵を回して、ドアを開ける。
そしてその前でくるっと振り返って、ちろりと上目遣いで俺を見上げた。
「ん、じゃあ、送ってくれてありがと。
早く風邪治してね。」
ドアノブをくいっと引っ張って。
牧野の手が離れた隙に身体ごと俺の胸に抱き込んで、一歩、二歩。
後ろ手でドアを閉めたら、そこは2人だけの密室空間。
「ぇえっ? 何っ?」
「つくしちゃん、今日何の日か知ってる?」
「へ???」
「2月14日、バレンタインデー。」
「あー、 あたし、チョコの用意なんかないよ。
皆にブラウニー焼くつもりだったのに、西門さんちに缶詰だったんだから!」
「そっか、じゃあ、それはまた後日頂くとして。
今日はこれだけでいいよ。」
腕の中でジタバタしている牧野の頤を捕まえて、可愛い唇に自分のそれをそっと重ねる。
暴れていた牧野の動きがぴたりと止まった。
「な、熱が下がったからもう一度言うよ。
牧野、俺と付き合ってくれ。
俺、牧野が好きだから。」
「う、嘘っ! またあたしの事、からかってんでしょ?」
「嘘じゃねえ!」
「あれは熱のせいなんでしょ?」
「熱のせいで抑え込んでた本音が零れたとは思わねえの?」
「……え?」
その真ん丸目玉、見開き過ぎて落っことすなよ?
「じゃ、牧野がちゃんと俺の気持ち分かるまでこうしてるから。」
かちんこちんに固まってる牧野をぎゅっと抱き寄せて、また唇を寄せていく。
おいおい、目、閉じろよ。
全く、ムードも何もあったもんじゃねえな。
でもそんな女が俺は好きなんだから始末に負えねえ。
くすりと笑ってまた唇を重ねる。
甘い甘いキスに俺も牧野も溶けていく。
今日はチョコレートよりもこっちがいい。
いや、これからずっとそうかもな。
__________
うーん、随分予定と違うバレンタインになってしまいました(笑)
チョコなしだもの!
ブラウニー焼く話にするはずだったのに!
(管理人がブラウニー好きだから!)
「下弦の月」のオマケなのに、月の影も形もありゃしないしー。
ま、それはそうと、どうぞ皆様も素敵なバレンタインデーをお過ごしください。
管理人は… まだチョコも買ってないよ。
忙しくてブラウニーも焼けないよ…
えー、忙しさのピークがやってきてしまいまして。
もしかすると1週間程更新止まるかもしれません。
書ける余裕が出来た時にランダムにUPさせて頂くかもしれません。
誠に勝手ではございますが、のんびりお待ちいただけたら幸いです。
ではでは、どうぞ宜しくお願いします。

ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
__________
丸1日以上寝込んでいたが、やっとなんとか熱が下がった。
何だかんだと言いながら、牧野を留め置いて、これで2度目の朝。
「西門さんの熱も下がったんだから、もういいでしょ! いい加減帰らせて!」と、隣の女はぷりぷりしている。
本当は寝込んでるからって、牧野に看病してもらわなくともいい訳で。
こんなに人の目のある邸の中で、2人で足掛け3日も閉じ篭っていれば、何を言われている事やら、空恐ろしい。
時折顔を見せるお袋と、三度の食事を運んでくる内弟子の態度からは、牧野が悪し様に言われているというような気配はしないけれど、本当のところはどうなってるんだろう。
今朝も早速お袋が部屋に入ってきて、牧野と話し込んでいる。
「牧野さん、お疲れじゃない?
こんな所ではよく眠れないのではなくって?」
「いいえ、あたしの部屋の安物のベッドより、このフカフカのソファの方がよっぽどぐっすり寝られました!」
「客間を使って頂いても良かったのに、総二郎さんの我儘でごめんなさいね。」
「いえ、そんな… あたしこそ上げ膳据え膳ですっかりお世話になってしまって、申し訳ないです…」
「いいのよ、それは。こんな我儘放題の病人の相手をしてくれたんですから。
総二郎さん、そろそろ動けるのではなくって?
朝食はベッドの上ではなくて、きちんとダイニングで召し上がりなさいな。
さ、牧野さん、参りましょう。」
「え、あの、あたし…」
うろたえる牧野の背中を押して、お袋はそそくさと部屋を出て行った。
寝過ぎで身体はバキバキと鳴り、汗もタオルで拭ってはいたが、肌に薄い膜がへばりついたようで気持ちが悪い。
朝飯なんて今すぐいかなくてもいいだろうと、取り敢えず重い身体を押してシャワーを浴びた。
さっぱりとした糊のきいた服に着替えて、人心地付いてからダイニングルームに向かうと、中からは牧野とお袋の笑い声が聞こえてくる。
この場でこんな朗らかな声が響くなんて。
それもお袋が声をたてて笑ってるなんて、俄かには信じられない。
ドアを開けて俺が中に入っていっても、お袋は楽しそうに牧野と言葉を交わしてる。
俺が無言で牧野の隣に腰を下ろせば、タイミング良く朝食が運ばれてきた。
甘塩の焼き鮭、湯葉のあん掛け、大根とがんもどきを焚いたもの、出し巻き卵、豆腐の味噌汁、それに白粥。
俺の朝食メニューを横から覗きこんで、牧野がにっこりと笑った。
小さな声で「病み上がりの人の朝ご飯メニューだね。」なんて言ってくる。
まあそう言われればそうなのか?
見比べようにも牧野の分は粗方食べ終わっていて比べようがない。
「西門さん、あたし、これ頂いたらお暇するからね。」
「…ああ。」
「総二郎さん、散々お世話になっておいて、牧野さんに何か仰るべきことがあるでしょう?」
「そうだよ、有給休暇2日も連続で取っちゃったから、来週先輩に何言われるか分かんないんだからねっ。」
「悪かったよ。」
なんだ、この2人の結託した感じは?
こんな仲じゃなかったよな?
「後で送って差し上げなさいね、総二郎さん。」
「いえ、病み上がりの人にそんな。
あたし、1人で帰れますから。
いつもお稽古の時だって、電車で来てますし。」
「でも、帰りは総二郎さんが送っていっているでしょう?」
やましい事をしている訳では無いのに、お袋からちらりと視線を投げられつつそんな事を言われると、つい目を逸らしてしまう。
「ええ、まあ。牧野も一応若い女性ですし。
夜の一人歩きはさせないに越したことは無いですから。」
「西門さんは大袈裟なんだよ。
お稽古に来ない他の日は、あたし電車と徒歩で会社から帰ってるのに。」
「あら、それは良くないわね。
総二郎さん、時間の許す限り、お迎えに行って差し上げたら?」
何だって? 家元夫人の口から交際OK宣言が出てるって思っていいのか?
「そ、そんな! 次期家元の送り迎えなんて困りますっ!」
「あら、牧野さんは総二郎さんのお弟子さんでもあるけれど、高校時代からの大切なお友達なんだから、宜しいでしょう?」
ま、今はオトモダチでも、直ぐにどーんとひっくり返してやるけどな。
ふうと小さな溜息をひとつ吐く。
「食べ終わったら牧野を送っていきますから。」
「ね、ホントにいいよ… 今は明るいんだし。」
「いいから。」
無理矢理押し込めた運転手付きの黒塗りの車。
牧野はちょっと膨れっ面。
隣に座って、そんな牧野の横顔を眺める。
熱っぽい頭で、昨日一日牧野の事ばかり考えて過ごしてた。
小言を言いながらも、優しく看病してくれる牧野をずっと見ていられて、具合が悪いのにも係わらず、気持ちは安らいでた。
長年溜め込んでた気持ちをうっかりぶちまけたからなのだろうか?
重苦しかった想いは消え去り、今胸の中はじんわりと暖かくて幸せな想いで満ちている。
「なあ、何怒ってんだよ?」
「怒ってない。」
「じゃあなんでそんな膨れっ面なんだ?」
「膨れっ面なんかしてません!
もー、女性に向かって失礼でしょ!」
「そうでした、つくしちゃんも女の子でしたっけね。」
「何よ、さっき西門さんが言ったんでしょ!
『牧野も一応若い女性ですし。』って!」
「ああ、それで拗ねてんのか。」
「拗ねてないっつーの!」
いつもの下らない言葉の応酬までもがとても楽しい俺は、まだ熱があるんだろうか?
牧野の住むマンションの前で車を降り、部屋のドアの前まで送っていく。
「ね、もうここでいいってば。
いつもマンションの前で車降りてバイバイするじゃん。」
「今日は運転手がいるからいいんだよ。」
「病み上がりの人はさっさと帰ってベッドに戻るの!」
「もう復活したよ、つくしちゃんの看病のお蔭で。」
牧野が鍵を回して、ドアを開ける。
そしてその前でくるっと振り返って、ちろりと上目遣いで俺を見上げた。
「ん、じゃあ、送ってくれてありがと。
早く風邪治してね。」
ドアノブをくいっと引っ張って。
牧野の手が離れた隙に身体ごと俺の胸に抱き込んで、一歩、二歩。
後ろ手でドアを閉めたら、そこは2人だけの密室空間。
「ぇえっ? 何っ?」
「つくしちゃん、今日何の日か知ってる?」
「へ???」
「2月14日、バレンタインデー。」
「あー、 あたし、チョコの用意なんかないよ。
皆にブラウニー焼くつもりだったのに、西門さんちに缶詰だったんだから!」
「そっか、じゃあ、それはまた後日頂くとして。
今日はこれだけでいいよ。」
腕の中でジタバタしている牧野の頤を捕まえて、可愛い唇に自分のそれをそっと重ねる。
暴れていた牧野の動きがぴたりと止まった。
「な、熱が下がったからもう一度言うよ。
牧野、俺と付き合ってくれ。
俺、牧野が好きだから。」
「う、嘘っ! またあたしの事、からかってんでしょ?」
「嘘じゃねえ!」
「あれは熱のせいなんでしょ?」
「熱のせいで抑え込んでた本音が零れたとは思わねえの?」
「……え?」
その真ん丸目玉、見開き過ぎて落っことすなよ?
「じゃ、牧野がちゃんと俺の気持ち分かるまでこうしてるから。」
かちんこちんに固まってる牧野をぎゅっと抱き寄せて、また唇を寄せていく。
おいおい、目、閉じろよ。
全く、ムードも何もあったもんじゃねえな。
でもそんな女が俺は好きなんだから始末に負えねえ。
くすりと笑ってまた唇を重ねる。
甘い甘いキスに俺も牧野も溶けていく。
今日はチョコレートよりもこっちがいい。
いや、これからずっとそうかもな。
__________
うーん、随分予定と違うバレンタインになってしまいました(笑)
チョコなしだもの!
ブラウニー焼く話にするはずだったのに!
(管理人がブラウニー好きだから!)
「下弦の月」のオマケなのに、月の影も形もありゃしないしー。
ま、それはそうと、どうぞ皆様も素敵なバレンタインデーをお過ごしください。
管理人は… まだチョコも買ってないよ。
忙しくてブラウニーも焼けないよ…
えー、忙しさのピークがやってきてしまいまして。
もしかすると1週間程更新止まるかもしれません。
書ける余裕が出来た時にランダムにUPさせて頂くかもしれません。
誠に勝手ではございますが、のんびりお待ちいただけたら幸いです。
ではでは、どうぞ宜しくお願いします。



ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
- 関連記事
-
- 2人で見る月<Whiteday 2015> 前編
- チョコレートよりも欲しいもの <St Valentine's Day 2015>
- 下弦の月 後編
