似た者同士 2
何度か仕事の後に2人で食事をした。
肩肘の張らない、カジュアルで美味しい店をいつも選んでくれる。
年上の男の人。
こういう場面に慣れていて、スマートなのかなと思ったりするけど、居心地は悪くない。
たまに休みの日に待ち合わせて一緒に映画に行ったり、美術館巡りをしたりした。
「牧野さん。」なんて呼ぶから、「年下なんだから呼び捨てにして下さい。」って言ったら「じゃあ、つくしって呼ぶ。」と言われて頷いた。
互いの事をちょっとずつ知っていく。
「付き合おう」なんて台詞は無かったけれど、これってもしかして…なんてぼんやり思ってた。
「大木さんって39なの?」
「そう。もうすぐ不惑の四十よ、俺。知らなかった?」
「年上だなーとは思ってたけど。
そんなに年上だとは知らなかった。
フットワーク軽いし。
服装もカジュアルだし。」
「つくしに合わせて若作りしてきてるつもりなんだけど。」
「嘘でしょ。初めて会った時だって、こんな格好してたよ。」
「あ、そっか。ばれてたか。
そう、俺、こんな服ばっかなんだよな。
会社、カジュアルOKだからさ、スーツなんて滅多に着ない。」
「ふうん。」
目の前のグラスの氷がからりと鳴った。
「もう一杯何か飲む?」
目尻に皺を寄せて、笑いながら聞いてくれる。
うんと頷くと、手を上げてウェイターさんを呼び寄せた。
その手馴れた様子に、その言葉に、似ても似つかない別の人を思い出す。
あの人もいつもいいタイミングで聞いてくれたっけ。
片手で軽く頬杖を突きながら、涼しげな目をちょっと細めてこっちを見る。
くいっと片方だけ口角を上げつつ甘く笑って。
『ん? つくしちゃん、もう一杯飲むか?』
そう言ってさり気無く人を呼ぶんだ。
「つくし?」
名前を呼ばれて、意識を現実に引き戻された。
「あ、えーっと… カシスオレンジを。」
「俺はハイボールお代わり。」
「はい、少々お待ちください。」
ウェイターさんが離れていって、また2人だけの会話が始まる。
「つくしは若くて可愛いのに、こんなオジサンにしょっちゅう付き合ってくれるほど暇なんだ?」
「別に若くもないし、可愛くも無いですけど。」
「またまたー。12も離れてたら十分若いよ。」
「それは大木さんが歳だからでしょ?
会社じゃもうお局扱いなんだから。」
「へえ、そういうもん?」
「大木さんの会社だって同じような感じだと思うけど?」
「仕事してると女の子達の事なんて気に掛けないからなぁ。
若い子達は派遣が多いし、そういうの全然分かんないよ。」
男の人の、職場の女性への認識はこの程度だ。
目の前の、あたしに優しくしてくれている男の人でさえこんなだもの。
これが日本社会ってものかな?
そう思うとくすりと笑いが零れた。
「何? 俺、なんか可笑しいこと言ったっけ?」
「ううん、何でもない。」
「何だよ、オジサン臭いとか思ってるんだろ?」
「思ってないよ。」
「へえ。じゃあつくしはブラコンかファザコン?」
そんな訳ない。
あたしには大木さんと重ねて見るような兄はいないし。
父親は憧れの存在じゃなくて、守り支えていくものだった。
あの家族はコンプレックスというより、愛すべき困ったちゃんだ。
大切に思っていても、そういう特別な執着なんてない。
どっちかっていうと、あたしがコンプレックスがあるとすれば…
あいつら4人にだろう。
出会ってから10年。
世の中にはこんな人種もいるのかと散々驚かされた。
そして、あいつらに慣れちゃうと、そこら辺の男の人をみても、皆地味で大人しく見えちゃうから困る。
「どっちでもない。
大木さんの事、面白い人だなとは思ってるけど。」
「面白いって、褒め言葉かなあ?」
「一応そのつもり。」
ふふふと笑って、新しくなったグラスを傾けてまた喉を潤す。
他愛もない話をしながら互いを探り合う。
付かず離れずのあやふやな時間が過ぎていく。
店を出て、駅まで歩く道すがら、戯れに大木さんの左腕に自分の腕を絡めてみた。
「お、なんだよ? 何のサービス?」
「んー、なんとなく?
酔っ払ってて気分もいいし。
あたし、男の人が自分の右側に立っててくれるのが好きなの。」
「へえ、何で右側?」
「うーん、何でだろ?」
あの人と2人で歩く時、いつも右側にいてくれるからか。
それを準えてる自分に気付いたけど、曖昧に笑って誤魔化した。
「前の男の定位置だったりして?」
「違うよ。前彼のことなんてすっかり忘れちゃって思い出しもしないもの。」
実際、前に付き合ってた人の事なんて、記憶が朧気だ。
そんな昔の事じゃないのに、不必要な思い出はどんどん消去されていくらしい。
でも頭のどこかで、いつもあの人の事を考えてる自分がいて。
それはどれだけ時間が経っても消え失せない。
そうして歩いた別れ際、人気のない所で不意に大木さんの顔が近付いてきた。
避ける間もなく、小さなキスがひとつ唇に落とされる。
「何、そのびっくり顔。」
「え…、だって、びっくりしたから。」
「27の大人の女じゃないみたいな反応だな。」
そんな笑いがこもった言葉の後に、今度はもっと深く口付けられた。
知らない唇の感触。
精一杯大人の女を演じてみる。
口と口が離れて、ふうっと息が漏れた。
目を開けて大木さんを見ると、また目尻に皺を寄せて可笑しそうに笑ってる。
「じゃあ、帰るか。
お互い電車があるうちに。」
「…うん。」
『好き』とか、『付き合おう』とか、胸の高鳴りとか、そういうのは無しに何となく始まってくものなのか。
それでも今日はキスだけでお別れ。
オジサンの線引きは小娘のあたしには理解不能だ。
「じゃあ、また連絡するから。」
「うん、お休みなさい。」
「お休み。」
終電間近の駅で、小さく手を振って別れた。
__________
いやー、ときめかない!
オッサンとのデートシーン、ときめかないね!(笑)
深く考えずに前の話で一回り違う…なんて設定にしたばっかりに!!!
だって「天邪鬼」書いた時は、前日譚を書こうなんて思ってなかったんですものー。
誰かさんの事ばかり考えながら、別の人とキスをする。
書いててもホントときめきません!(爆)

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肩肘の張らない、カジュアルで美味しい店をいつも選んでくれる。
年上の男の人。
こういう場面に慣れていて、スマートなのかなと思ったりするけど、居心地は悪くない。
たまに休みの日に待ち合わせて一緒に映画に行ったり、美術館巡りをしたりした。
「牧野さん。」なんて呼ぶから、「年下なんだから呼び捨てにして下さい。」って言ったら「じゃあ、つくしって呼ぶ。」と言われて頷いた。
互いの事をちょっとずつ知っていく。
「付き合おう」なんて台詞は無かったけれど、これってもしかして…なんてぼんやり思ってた。
「大木さんって39なの?」
「そう。もうすぐ不惑の四十よ、俺。知らなかった?」
「年上だなーとは思ってたけど。
そんなに年上だとは知らなかった。
フットワーク軽いし。
服装もカジュアルだし。」
「つくしに合わせて若作りしてきてるつもりなんだけど。」
「嘘でしょ。初めて会った時だって、こんな格好してたよ。」
「あ、そっか。ばれてたか。
そう、俺、こんな服ばっかなんだよな。
会社、カジュアルOKだからさ、スーツなんて滅多に着ない。」
「ふうん。」
目の前のグラスの氷がからりと鳴った。
「もう一杯何か飲む?」
目尻に皺を寄せて、笑いながら聞いてくれる。
うんと頷くと、手を上げてウェイターさんを呼び寄せた。
その手馴れた様子に、その言葉に、似ても似つかない別の人を思い出す。
あの人もいつもいいタイミングで聞いてくれたっけ。
片手で軽く頬杖を突きながら、涼しげな目をちょっと細めてこっちを見る。
くいっと片方だけ口角を上げつつ甘く笑って。
『ん? つくしちゃん、もう一杯飲むか?』
そう言ってさり気無く人を呼ぶんだ。
「つくし?」
名前を呼ばれて、意識を現実に引き戻された。
「あ、えーっと… カシスオレンジを。」
「俺はハイボールお代わり。」
「はい、少々お待ちください。」
ウェイターさんが離れていって、また2人だけの会話が始まる。
「つくしは若くて可愛いのに、こんなオジサンにしょっちゅう付き合ってくれるほど暇なんだ?」
「別に若くもないし、可愛くも無いですけど。」
「またまたー。12も離れてたら十分若いよ。」
「それは大木さんが歳だからでしょ?
会社じゃもうお局扱いなんだから。」
「へえ、そういうもん?」
「大木さんの会社だって同じような感じだと思うけど?」
「仕事してると女の子達の事なんて気に掛けないからなぁ。
若い子達は派遣が多いし、そういうの全然分かんないよ。」
男の人の、職場の女性への認識はこの程度だ。
目の前の、あたしに優しくしてくれている男の人でさえこんなだもの。
これが日本社会ってものかな?
そう思うとくすりと笑いが零れた。
「何? 俺、なんか可笑しいこと言ったっけ?」
「ううん、何でもない。」
「何だよ、オジサン臭いとか思ってるんだろ?」
「思ってないよ。」
「へえ。じゃあつくしはブラコンかファザコン?」
そんな訳ない。
あたしには大木さんと重ねて見るような兄はいないし。
父親は憧れの存在じゃなくて、守り支えていくものだった。
あの家族はコンプレックスというより、愛すべき困ったちゃんだ。
大切に思っていても、そういう特別な執着なんてない。
どっちかっていうと、あたしがコンプレックスがあるとすれば…
あいつら4人にだろう。
出会ってから10年。
世の中にはこんな人種もいるのかと散々驚かされた。
そして、あいつらに慣れちゃうと、そこら辺の男の人をみても、皆地味で大人しく見えちゃうから困る。
「どっちでもない。
大木さんの事、面白い人だなとは思ってるけど。」
「面白いって、褒め言葉かなあ?」
「一応そのつもり。」
ふふふと笑って、新しくなったグラスを傾けてまた喉を潤す。
他愛もない話をしながら互いを探り合う。
付かず離れずのあやふやな時間が過ぎていく。
店を出て、駅まで歩く道すがら、戯れに大木さんの左腕に自分の腕を絡めてみた。
「お、なんだよ? 何のサービス?」
「んー、なんとなく?
酔っ払ってて気分もいいし。
あたし、男の人が自分の右側に立っててくれるのが好きなの。」
「へえ、何で右側?」
「うーん、何でだろ?」
あの人と2人で歩く時、いつも右側にいてくれるからか。
それを準えてる自分に気付いたけど、曖昧に笑って誤魔化した。
「前の男の定位置だったりして?」
「違うよ。前彼のことなんてすっかり忘れちゃって思い出しもしないもの。」
実際、前に付き合ってた人の事なんて、記憶が朧気だ。
そんな昔の事じゃないのに、不必要な思い出はどんどん消去されていくらしい。
でも頭のどこかで、いつもあの人の事を考えてる自分がいて。
それはどれだけ時間が経っても消え失せない。
そうして歩いた別れ際、人気のない所で不意に大木さんの顔が近付いてきた。
避ける間もなく、小さなキスがひとつ唇に落とされる。
「何、そのびっくり顔。」
「え…、だって、びっくりしたから。」
「27の大人の女じゃないみたいな反応だな。」
そんな笑いがこもった言葉の後に、今度はもっと深く口付けられた。
知らない唇の感触。
精一杯大人の女を演じてみる。
口と口が離れて、ふうっと息が漏れた。
目を開けて大木さんを見ると、また目尻に皺を寄せて可笑しそうに笑ってる。
「じゃあ、帰るか。
お互い電車があるうちに。」
「…うん。」
『好き』とか、『付き合おう』とか、胸の高鳴りとか、そういうのは無しに何となく始まってくものなのか。
それでも今日はキスだけでお別れ。
オジサンの線引きは小娘のあたしには理解不能だ。
「じゃあ、また連絡するから。」
「うん、お休みなさい。」
「お休み。」
終電間近の駅で、小さく手を振って別れた。
__________
いやー、ときめかない!
オッサンとのデートシーン、ときめかないね!(笑)
深く考えずに前の話で一回り違う…なんて設定にしたばっかりに!!!
だって「天邪鬼」書いた時は、前日譚を書こうなんて思ってなかったんですものー。
誰かさんの事ばかり考えながら、別の人とキスをする。
書いててもホントときめきません!(爆)



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