似た者同士 3
何となく、そろそろそうなるのかなとは思ってたけど。
きっかけは単純な事だった。
金曜日の夜、いつものように仕事終わりに待ち合わせて、食事して。
「もう1軒、どこか行こうか?」なんて言いながら歩いていたら、唐突にぎゅっと抱き寄せられた。
鼻先が温かな首元に埋まる。
甘いアンバーの中に爽やかなグリーンティーの香りが混ざって、あたしの鼻を擽った。
あたし、この香り知ってる。
あの人が、プライベートな時にだけつけてるのと同じ。
目を瞑って、その香りを吸い込むと、急に胸が苦しくなった。
「実は俺、明日誕生日なんだけど。」
「ご…めん、あたし知らなくて。
何も用意してない…」
「じゃあ、プレゼント代わりに、誕生日になる瞬間、一緒にいて?」
「……う…ん。」
腕の力を抜いた大木さんが、ほっとしたように笑った。
「良かった。ここで断られたら俺、カッコ悪いなって思っちゃった。」
そう言って、あたしの手を取って歩き出した。
どこ行くんだろ?
メープルだけは嫌だな…
あいつにバレるってことはないだろうけど、あの人に会っちゃう可能性は無きにしも非ず。
こんな時にも、ちらっとそんなことを思ってしまう自分が忌々しい。
あたしは昔の事をこの人に話したりしてないから、全くの偶然なんだろうけれど、メープルのライバルと言われている外資系のホテルを選んでくれたから、1人で胸を撫で下ろした。
ジャズの生演奏が流れるバーでバースデーイヴをお祝いして。
その後は夜景の綺麗な部屋に通された。
誕生日になる瞬間を一緒に…なんて言ってたくせに、気がつけばとっくに日付は変わっていて、「久し振りに運動した…」なんて呟いた失礼極まりないお誕生日様は、ベッドに沈んであっという間に寝てしまった。
一緒にいたのはいたけれど!
お祝いになんかなってないじゃない!
そして眠れないあたしはどうすればいいの…?
眠りこけてる人の横顔を見下ろしてみれば、ホントに疲れた顔してぐっすりお休みだ。
月曜日から5日間しっかり働いて迎えた金曜の夜だったのかもしれない。
ベッドを抜け出して、シャワーを浴びた。
用意されていたフカフカのバスローブを纏い、窓辺の一人掛けのソファに座って外のキラキラ輝く夜景を眺めるともなしに眺める。
同じ香りの人にホテルに誘われて、ひょいひょい付いてきて抱かれちゃうなんて、あたし、馬鹿なのかな?
この人の事を好きかと問われたら、多分好きだとは言える。
じゃあ、恋をしているかと言われると、それには頷けない。
それはきっとこの人も同じなんじゃないかと思ってたけど。
お互いの間に、なんとなくもやもやとした淡い熱気みたいなものが漂っていて、こうなるのは時間の問題かも…とも感じてた。
あの人に言わせたら、『そんなの唯の性欲だろ?』ってことになるのかもしれない。
『いいか、つくしちゃん。
人間ってのは3つの大きな生理的欲求を抱えてるワケ。
食欲・睡眠欲・性欲。
これ、生きるのに必要不可欠なの。
お前の場合食欲に支配されてて、類は睡眠欲に捕らわれてて、俺は女の子とベッドで語らいたいって欲が人よりちょっと多めだってだけだ。
世の中にはいろんなタイプの人間がいるんだよ。
誰もが皆、お前みたいに美味い物食ってりゃ幸せって事にはなんねえの!』
次から次へと女の子を渡り歩くあの人に食って掛かった時に言われた言葉。
なんでこんなこと今思い出してるんだろ?
下らないことに心を囚われてるうちに、やっと眠気が襲ってきた。
広いベッドの端っこに潜り込んで、大きな欠伸をひとつ。
力を抜いて、束の間の眠りに身を任せた。
この夜を境に、今までのような食事や一緒に出掛けるのにプラスして、時折ホテルに泊まる夜が出来た。
それでもやっぱりあたし達の間には「恋」とか「愛」とか、そういう感情が欠けている。
気心が知れた男の人。
唯それだけなのかもしれない。
でも向かい合って、この人の目尻の笑い皺を見ると、何だか気持ちが解れてしまう。
そして抱き締められて、あの香りを嗅いでしまうと、つい自分を委ねてしまう。
「大木さんはなんでこの歳になるまで1人なの?
結婚しようと思ったりしなかったの?」
寝物語にずっと聞いてみたかったことを尋ねてみた。
「俺、昔すっげー好きな女の人がいたの。
それが悪い女でさ。二股かけられてた訳。
分かってても止められないんだよ、そういうの。
悪い女ってオイシイんだ。分かる?」
「分かる訳ないでしょ、そんなの。」
「そうか? イメージしろよ、イメージ。
で、散々弄ばれて、結局、もう一方の男に持ってかれて終わり。
俺、きっとあの人より好きになれる女の人に出会えてないんだよな。」
「ふーーーん。そうなんだ。
そんな目に遭っても好きだったんだ…」
「まあな。つくしは?」
「あたし? あたしは別に… フツー…」
一体何がフツーなもんか。
初恋がビー玉の瞳をした、絵に描いたような王子様で。
初めて付き合ったのは世界に名を轟かす財閥の、野獣みたいなお坊ちゃま。
ずっと胸の奥に巣食ってるのは、茶道宗家の跡取りながら名うてのプレーボーイ。
その呪縛から逃れるために、何人かの人と『お付き合い』もしてみたけれど、結局あたしが熱くなれないのが原因でどれもこれもダメになった。
「いるだろ、忘れられない男。
ほら、お前の右側に立つ男。」
「それは……」
「俺達って似た者同士だよな、つくし。」
「え?」
「なんでも背負い込んじゃう長男・長女気質で。
過去の恋愛引き摺ってて。
そのトラウマのせいで、次の相手とまともに向かい合えない。」
「あたしのは恋愛なんかじゃない。」
そうだ、あれは恋愛なんかじゃない。
あたしが勝手に拘ってるだけだ。
あの人はあたしのことなんて女とも思ってないんだし。
大木さんの手が伸びてきて、あたしの髪を掻き上げる。
また目尻に皺を寄せて笑ってる。
「俺達、丁度良くないか?
互いの傷舐め合って、リハビリするのに。
俺は彼女の事を忘れる為。
お前はその男を忘れる為。」
あたしはこうしていたら、あの人の事忘れられるの?
今迄だってそう思ってきたけど、一度だって成功した試しはない。
いつだって結局あの人の事を考えてしまってた。
それでもこの胸の苦しみから逃れられるなら、どんなものにだって縋りたいと思ってしまう…
近付いてきた躰に腕を回して、自分の身に引き寄せる。
あの甘く爽やかな香りに酔わされたくて、首筋にそっと唇を押し当てた。
__________
いやあ、今日も総二郎登場ナシ!
そのせいかこのお話、一部の方の不評です(笑)
まあ、こんなお話もたまには許して下さいませ。
オッサンとの逢瀬、萌えませんけど、毛色の違うのを書くのは楽しいです♪
いつもながらに疎ら更新でスミマセン。
皆様、良い週末をお過ごし下さい!

ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
きっかけは単純な事だった。
金曜日の夜、いつものように仕事終わりに待ち合わせて、食事して。
「もう1軒、どこか行こうか?」なんて言いながら歩いていたら、唐突にぎゅっと抱き寄せられた。
鼻先が温かな首元に埋まる。
甘いアンバーの中に爽やかなグリーンティーの香りが混ざって、あたしの鼻を擽った。
あたし、この香り知ってる。
あの人が、プライベートな時にだけつけてるのと同じ。
目を瞑って、その香りを吸い込むと、急に胸が苦しくなった。
「実は俺、明日誕生日なんだけど。」
「ご…めん、あたし知らなくて。
何も用意してない…」
「じゃあ、プレゼント代わりに、誕生日になる瞬間、一緒にいて?」
「……う…ん。」
腕の力を抜いた大木さんが、ほっとしたように笑った。
「良かった。ここで断られたら俺、カッコ悪いなって思っちゃった。」
そう言って、あたしの手を取って歩き出した。
どこ行くんだろ?
メープルだけは嫌だな…
あいつにバレるってことはないだろうけど、あの人に会っちゃう可能性は無きにしも非ず。
こんな時にも、ちらっとそんなことを思ってしまう自分が忌々しい。
あたしは昔の事をこの人に話したりしてないから、全くの偶然なんだろうけれど、メープルのライバルと言われている外資系のホテルを選んでくれたから、1人で胸を撫で下ろした。
ジャズの生演奏が流れるバーでバースデーイヴをお祝いして。
その後は夜景の綺麗な部屋に通された。
誕生日になる瞬間を一緒に…なんて言ってたくせに、気がつけばとっくに日付は変わっていて、「久し振りに運動した…」なんて呟いた失礼極まりないお誕生日様は、ベッドに沈んであっという間に寝てしまった。
一緒にいたのはいたけれど!
お祝いになんかなってないじゃない!
そして眠れないあたしはどうすればいいの…?
眠りこけてる人の横顔を見下ろしてみれば、ホントに疲れた顔してぐっすりお休みだ。
月曜日から5日間しっかり働いて迎えた金曜の夜だったのかもしれない。
ベッドを抜け出して、シャワーを浴びた。
用意されていたフカフカのバスローブを纏い、窓辺の一人掛けのソファに座って外のキラキラ輝く夜景を眺めるともなしに眺める。
同じ香りの人にホテルに誘われて、ひょいひょい付いてきて抱かれちゃうなんて、あたし、馬鹿なのかな?
この人の事を好きかと問われたら、多分好きだとは言える。
じゃあ、恋をしているかと言われると、それには頷けない。
それはきっとこの人も同じなんじゃないかと思ってたけど。
お互いの間に、なんとなくもやもやとした淡い熱気みたいなものが漂っていて、こうなるのは時間の問題かも…とも感じてた。
あの人に言わせたら、『そんなの唯の性欲だろ?』ってことになるのかもしれない。
『いいか、つくしちゃん。
人間ってのは3つの大きな生理的欲求を抱えてるワケ。
食欲・睡眠欲・性欲。
これ、生きるのに必要不可欠なの。
お前の場合食欲に支配されてて、類は睡眠欲に捕らわれてて、俺は女の子とベッドで語らいたいって欲が人よりちょっと多めだってだけだ。
世の中にはいろんなタイプの人間がいるんだよ。
誰もが皆、お前みたいに美味い物食ってりゃ幸せって事にはなんねえの!』
次から次へと女の子を渡り歩くあの人に食って掛かった時に言われた言葉。
なんでこんなこと今思い出してるんだろ?
下らないことに心を囚われてるうちに、やっと眠気が襲ってきた。
広いベッドの端っこに潜り込んで、大きな欠伸をひとつ。
力を抜いて、束の間の眠りに身を任せた。
この夜を境に、今までのような食事や一緒に出掛けるのにプラスして、時折ホテルに泊まる夜が出来た。
それでもやっぱりあたし達の間には「恋」とか「愛」とか、そういう感情が欠けている。
気心が知れた男の人。
唯それだけなのかもしれない。
でも向かい合って、この人の目尻の笑い皺を見ると、何だか気持ちが解れてしまう。
そして抱き締められて、あの香りを嗅いでしまうと、つい自分を委ねてしまう。
「大木さんはなんでこの歳になるまで1人なの?
結婚しようと思ったりしなかったの?」
寝物語にずっと聞いてみたかったことを尋ねてみた。
「俺、昔すっげー好きな女の人がいたの。
それが悪い女でさ。二股かけられてた訳。
分かってても止められないんだよ、そういうの。
悪い女ってオイシイんだ。分かる?」
「分かる訳ないでしょ、そんなの。」
「そうか? イメージしろよ、イメージ。
で、散々弄ばれて、結局、もう一方の男に持ってかれて終わり。
俺、きっとあの人より好きになれる女の人に出会えてないんだよな。」
「ふーーーん。そうなんだ。
そんな目に遭っても好きだったんだ…」
「まあな。つくしは?」
「あたし? あたしは別に… フツー…」
一体何がフツーなもんか。
初恋がビー玉の瞳をした、絵に描いたような王子様で。
初めて付き合ったのは世界に名を轟かす財閥の、野獣みたいなお坊ちゃま。
ずっと胸の奥に巣食ってるのは、茶道宗家の跡取りながら名うてのプレーボーイ。
その呪縛から逃れるために、何人かの人と『お付き合い』もしてみたけれど、結局あたしが熱くなれないのが原因でどれもこれもダメになった。
「いるだろ、忘れられない男。
ほら、お前の右側に立つ男。」
「それは……」
「俺達って似た者同士だよな、つくし。」
「え?」
「なんでも背負い込んじゃう長男・長女気質で。
過去の恋愛引き摺ってて。
そのトラウマのせいで、次の相手とまともに向かい合えない。」
「あたしのは恋愛なんかじゃない。」
そうだ、あれは恋愛なんかじゃない。
あたしが勝手に拘ってるだけだ。
あの人はあたしのことなんて女とも思ってないんだし。
大木さんの手が伸びてきて、あたしの髪を掻き上げる。
また目尻に皺を寄せて笑ってる。
「俺達、丁度良くないか?
互いの傷舐め合って、リハビリするのに。
俺は彼女の事を忘れる為。
お前はその男を忘れる為。」
あたしはこうしていたら、あの人の事忘れられるの?
今迄だってそう思ってきたけど、一度だって成功した試しはない。
いつだって結局あの人の事を考えてしまってた。
それでもこの胸の苦しみから逃れられるなら、どんなものにだって縋りたいと思ってしまう…
近付いてきた躰に腕を回して、自分の身に引き寄せる。
あの甘く爽やかな香りに酔わされたくて、首筋にそっと唇を押し当てた。
__________
いやあ、今日も総二郎登場ナシ!
そのせいかこのお話、一部の方の不評です(笑)
まあ、こんなお話もたまには許して下さいませ。
オッサンとの逢瀬、萌えませんけど、毛色の違うのを書くのは楽しいです♪
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