遠くに聞こえる雷鳴は恋の知らせ 前編
司の母親に引き裂かれて、司と牧野の幼い恋はあっけなく終わった。
何も持たない牧野と、ゆくゆくは「道明寺の全てを継ぐべき存在」として生きる宿命を背負わされた司との恋は、最初から終わりが見えていたのかもしれないが、別れるにしてももっと穏やかな形があった筈だと思う。
司の母親はそれすら認めることはせず、力でねじ伏せ、「小さな小石」と揶揄した牧野を足蹴にし、司の初恋の相手をその舞台から払い落としたのだ。
責任感の強い牧野が、友人とその家族を犠牲にしてまで、司との恋を選ぶことが出来ないと、よく分かった上での的確な攻撃。
牧野だけではなく、自分の息子の心までずたずたにしたというのに、全く意に介することもなかったのは、「鉄の女」という異名を持つ人物の振る舞いとしては相応しかったのかもしれないが、人としては最低だった。
でもあの時の司には「道明寺」を棄てて牧野の手を取る術はなく、荒んだ目をしたまま日本を離れ、俺達とは音信不通となった。
牧野は・・・と言うと、失恋の痛みなどに浸っている余裕は全くなかった。
甲斐性の無い父親を筆頭に、頼みの綱は牧野ばかりという家族を背負いながら、バイトに明け暮れていく。
学費が嵩む英徳を離れ、公立高校へと転校した牧野とは顔を合わせることはなくなった。
それでも類は牧野を気にかけ、独りで会いに行っていたようだ。
桜子も連絡を取っていたらしい。
俺は心のどこかで気になりながらも、司と牧野がいない日常に段々と慣れていった。
だから2年もの時間が経過したタイミングで、街で牧野とばったり会うことになるとは、夢にも思っていなかった。
夕方の人出が多い街の雑踏の中で、牧野はど派手なユニフォームに身を包み、何かのキャンペーンの販促物を配っていた。
「お願いしまーす!」
「有り難うございまーす!」
数人のキャンペーンガールが道行く人の手元に何かを差し出してる。
勿論俺はそれが何のキャンペーンなのかは全く興味が無く。
惜し気もなくミニスカートの裾から晒されている脚が一番綺麗な女はどれだ?位の思いで、その女達の方をちらりと見遣った。
一人の女の髪が、今時珍しい黒々としたストレートヘアーを揺らしていて、周りのカラーリングやパーマを施した女より目を引いた。
その黒髪の女がくるっとこちらに振り返り、手に持った籠の中身を「お願いしまーす!」と言いながら俺の前に突き出した。
それが牧野だった。
俺は思わず受け取りながら、足を止め、声を掛けた。
「牧野?」
「へっ?」
碌にこっちの顔も見ずに、籠の中身を捌く事ばかりに注力していた牧野が、ふいっと頭を上げ、俺と目線を絡ませる。
目が合って、ぱちりぱちりと瞬きした後、急に慌てだした。
「に、に、西門さんっ!」
「おう、久し振り。で、これ、何?」
「え? あ、あの、リニューアルされた煙草のサンプルをお配りしてます・・・」
「バイト?」
「うん・・・」
「それでこーんなカッコしちゃってるんだ、つくしちゃんは。
すげー脚見せてんな。
パンツも見えそうだぜ?」
「ちょっと・・・ もういいから行って! バイバイっ!」
キャンペーンガールに不似合いな、不機嫌そうな表情を浮かべ、そう言い捨てて俺に背を向ける。
何事もなかったかのように、また販促物を道行く人に配り始めた。
仕事を邪魔する気はないけれど、久し振りに会った牧野ともう少し言葉を交わしたくて、俺はちょっと離れた所で牧野のバイトが一段落つくのを待つことにした。
3人の女達が煙草のサンプルとやらを捌き終わり、片付け始めたのを見計らって、再び牧野の背後に立った。
「ま、き、の!」
「うわっ!」
素っ頓狂な声を上げながら牧野がその肩をびくつかせ、振り返る。
「はあ・・・ もう何なのよ・・・
何でまだここにいるの?
今夜のデートのお相手はどうしたのよ、西門さん!」
「何だよ。折角久し振りに会えたんだし、そんな素気無くすんなよ。
積もる話もある事だし、仕事終わったんならメシでもどうだ?」
「ムリ、ムリ。あたし、着替えに戻んなきゃいけないし。
ほら、雨も降りそうだから西門さんももう行きなよ。じゃあね!」
牧野の仕事仲間らしき女達が興味津々・・・といった風情でこっちを見ている。
きっと牧野は俺の事を彼女等に話すことすら煩わしいんだろう。
俺を追い払うべく、ひらひらと手を振った。
無下にされればされるほど俺の中の天邪鬼な部分が顔を出す。
ここはひとつからかってやろうと、牧野のひらひらさせている手を捕まえた。
逃がさないように握りながら俺の口元に持っていき、指に唇を押し当てると、途端に牧野が真っ赤になる。
聞こえよがしに、まるで運命の恋人達の再会みたいな台詞を吐いてやった。
「つれない事言うなよ、つくし。
俺、お前の事ずっと探してたのに。
もう逃がさない・・・」
そう言って、ぐいっと手を引いて身体も俺の方に引き寄せる。
「ちょっ! やめてよっ! こんな歩道の真ん中で変な小芝居するのっ!」
「芝居じゃねえよ。
俺はいつだってお前には本気なんだよ。」
甘く笑って、ちょっと首を傾げて顔を牧野に近付けてくと、余計に慌ててジタバタし出した。
「あー、もー、分かった! 分かったから放してっ!」
どんっと俺の胸を手で突いて後退る。
紅い頬をしたまま俺を睨み付け、目の前の一軒の店を指さした。
「あそこで待ってて!
着替えたら戻ってくるから。
でもちょっとだけだからねっ!」
ふふんと笑いながらも頷くと、然も忌々しい物でも見るかのような目線で不満を表した後、仕事仲間と何処かに消えてった。
牧野に指定された店は小洒落たカフェ。
中に腰を落ち着けて、2杯目のコーヒーを飲み終わる頃、ぶすっとした顔で牧野が店に入ってきた。
服は私服になっている。
久し振り・・・なんて挨拶もすることなく、俺の前に座った牧野は、注文を取りに来たウェイターに「すみません、すぐ出ますので結構です。」なんて断ってる。
「おいおい、飲み物1杯分くらい付き合ってくれたって罰は当たんねえだろ?
カフェオレひとつ、追加で。」
牧野がはあ・・・と深い溜息を吐く。
「どうしてそうやって自分勝手なのよ、あんた達は。
何でも自分の思い通りにしちゃうの、止めた方がいいいよ。」
「ちょっとだけって言ったのはお前だろうが。
そのちょっとだけの時間の為に、仕事終わるまで待っててやった俺に何かいう事ねえの?」
「そんな事、頼んでないし。」
冷たい顔して、そっぽを向く。
頤のラインが、記憶の中よりシャープになっている気がした。
運ばれてきたカフェオレに口をつけるけど、少し熱かったらしい。
すぐにカップをソーサーに戻して、やっと俺の方を向いた。
「相変わらずだね、西門さん。」
「お前もな、つくしちゃん。
まだまだ勤労処女してるんだ?」
「そういう事を言うから、西門さんといるのはイヤなんだよ。
別にあたしなんかに用事はないでしょ?
あたし、雨降る前に帰りたいからもう行くね。
これ、コーヒー代。」
バッグから取り出した財布から千円札を1枚抜いてテーブルの上に置いて、席を立とうとする。
「おい、まだ飲んでもねえだろ?」
「でもあたし、ホントにもう行かないと・・・
じゃあね、バイバイ。」
気忙し気に俺の前から去ろうとする牧野を追い掛けて、俺も店を出た。
追いついて、隣を歩きながら言ってみる。
「雨降ったら車で送ってやるよ。
この後何もないなら一緒にメシ食おうぜ。」
「あたしはいいよ。
ホントに早く帰りたいの。
西門さんは一期一会の綺麗な人とでも食事に行ったらいいじゃない。」
どうにも頑なな態度。
俺とまともに口を利かないのも面白くない。
でもどうしてそんなに頑ななのか、ちょっと気になったから、俺はタクシーを止めて、後部座席に牧野と自分の身体を圧し込んだ。
__________
本日、4月23日で、拙宅は開設2周年を迎えました!
いつも遊びに来て下さっている皆様のお蔭で続けて来れたと思っています。
本当に有り難うございます。
緩やかなペースでの更新になっておりますが、それでも細々と続けて行けたらと思っていますので、これからもどうぞ宜しくお願いします
今日・明日は開設2周年記念プチイベントということで、お友達のりく様のお力もお借りしまして、2日間で4回更新&チャット会の開催を予定しております。
チャット会は今日・23日の23時からですよー!
皆様、2周年を一緒に楽しんで頂けたら幸いです。

ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
何も持たない牧野と、ゆくゆくは「道明寺の全てを継ぐべき存在」として生きる宿命を背負わされた司との恋は、最初から終わりが見えていたのかもしれないが、別れるにしてももっと穏やかな形があった筈だと思う。
司の母親はそれすら認めることはせず、力でねじ伏せ、「小さな小石」と揶揄した牧野を足蹴にし、司の初恋の相手をその舞台から払い落としたのだ。
責任感の強い牧野が、友人とその家族を犠牲にしてまで、司との恋を選ぶことが出来ないと、よく分かった上での的確な攻撃。
牧野だけではなく、自分の息子の心までずたずたにしたというのに、全く意に介することもなかったのは、「鉄の女」という異名を持つ人物の振る舞いとしては相応しかったのかもしれないが、人としては最低だった。
でもあの時の司には「道明寺」を棄てて牧野の手を取る術はなく、荒んだ目をしたまま日本を離れ、俺達とは音信不通となった。
牧野は・・・と言うと、失恋の痛みなどに浸っている余裕は全くなかった。
甲斐性の無い父親を筆頭に、頼みの綱は牧野ばかりという家族を背負いながら、バイトに明け暮れていく。
学費が嵩む英徳を離れ、公立高校へと転校した牧野とは顔を合わせることはなくなった。
それでも類は牧野を気にかけ、独りで会いに行っていたようだ。
桜子も連絡を取っていたらしい。
俺は心のどこかで気になりながらも、司と牧野がいない日常に段々と慣れていった。
だから2年もの時間が経過したタイミングで、街で牧野とばったり会うことになるとは、夢にも思っていなかった。
夕方の人出が多い街の雑踏の中で、牧野はど派手なユニフォームに身を包み、何かのキャンペーンの販促物を配っていた。
「お願いしまーす!」
「有り難うございまーす!」
数人のキャンペーンガールが道行く人の手元に何かを差し出してる。
勿論俺はそれが何のキャンペーンなのかは全く興味が無く。
惜し気もなくミニスカートの裾から晒されている脚が一番綺麗な女はどれだ?位の思いで、その女達の方をちらりと見遣った。
一人の女の髪が、今時珍しい黒々としたストレートヘアーを揺らしていて、周りのカラーリングやパーマを施した女より目を引いた。
その黒髪の女がくるっとこちらに振り返り、手に持った籠の中身を「お願いしまーす!」と言いながら俺の前に突き出した。
それが牧野だった。
俺は思わず受け取りながら、足を止め、声を掛けた。
「牧野?」
「へっ?」
碌にこっちの顔も見ずに、籠の中身を捌く事ばかりに注力していた牧野が、ふいっと頭を上げ、俺と目線を絡ませる。
目が合って、ぱちりぱちりと瞬きした後、急に慌てだした。
「に、に、西門さんっ!」
「おう、久し振り。で、これ、何?」
「え? あ、あの、リニューアルされた煙草のサンプルをお配りしてます・・・」
「バイト?」
「うん・・・」
「それでこーんなカッコしちゃってるんだ、つくしちゃんは。
すげー脚見せてんな。
パンツも見えそうだぜ?」
「ちょっと・・・ もういいから行って! バイバイっ!」
キャンペーンガールに不似合いな、不機嫌そうな表情を浮かべ、そう言い捨てて俺に背を向ける。
何事もなかったかのように、また販促物を道行く人に配り始めた。
仕事を邪魔する気はないけれど、久し振りに会った牧野ともう少し言葉を交わしたくて、俺はちょっと離れた所で牧野のバイトが一段落つくのを待つことにした。
3人の女達が煙草のサンプルとやらを捌き終わり、片付け始めたのを見計らって、再び牧野の背後に立った。
「ま、き、の!」
「うわっ!」
素っ頓狂な声を上げながら牧野がその肩をびくつかせ、振り返る。
「はあ・・・ もう何なのよ・・・
何でまだここにいるの?
今夜のデートのお相手はどうしたのよ、西門さん!」
「何だよ。折角久し振りに会えたんだし、そんな素気無くすんなよ。
積もる話もある事だし、仕事終わったんならメシでもどうだ?」
「ムリ、ムリ。あたし、着替えに戻んなきゃいけないし。
ほら、雨も降りそうだから西門さんももう行きなよ。じゃあね!」
牧野の仕事仲間らしき女達が興味津々・・・といった風情でこっちを見ている。
きっと牧野は俺の事を彼女等に話すことすら煩わしいんだろう。
俺を追い払うべく、ひらひらと手を振った。
無下にされればされるほど俺の中の天邪鬼な部分が顔を出す。
ここはひとつからかってやろうと、牧野のひらひらさせている手を捕まえた。
逃がさないように握りながら俺の口元に持っていき、指に唇を押し当てると、途端に牧野が真っ赤になる。
聞こえよがしに、まるで運命の恋人達の再会みたいな台詞を吐いてやった。
「つれない事言うなよ、つくし。
俺、お前の事ずっと探してたのに。
もう逃がさない・・・」
そう言って、ぐいっと手を引いて身体も俺の方に引き寄せる。
「ちょっ! やめてよっ! こんな歩道の真ん中で変な小芝居するのっ!」
「芝居じゃねえよ。
俺はいつだってお前には本気なんだよ。」
甘く笑って、ちょっと首を傾げて顔を牧野に近付けてくと、余計に慌ててジタバタし出した。
「あー、もー、分かった! 分かったから放してっ!」
どんっと俺の胸を手で突いて後退る。
紅い頬をしたまま俺を睨み付け、目の前の一軒の店を指さした。
「あそこで待ってて!
着替えたら戻ってくるから。
でもちょっとだけだからねっ!」
ふふんと笑いながらも頷くと、然も忌々しい物でも見るかのような目線で不満を表した後、仕事仲間と何処かに消えてった。
牧野に指定された店は小洒落たカフェ。
中に腰を落ち着けて、2杯目のコーヒーを飲み終わる頃、ぶすっとした顔で牧野が店に入ってきた。
服は私服になっている。
久し振り・・・なんて挨拶もすることなく、俺の前に座った牧野は、注文を取りに来たウェイターに「すみません、すぐ出ますので結構です。」なんて断ってる。
「おいおい、飲み物1杯分くらい付き合ってくれたって罰は当たんねえだろ?
カフェオレひとつ、追加で。」
牧野がはあ・・・と深い溜息を吐く。
「どうしてそうやって自分勝手なのよ、あんた達は。
何でも自分の思い通りにしちゃうの、止めた方がいいいよ。」
「ちょっとだけって言ったのはお前だろうが。
そのちょっとだけの時間の為に、仕事終わるまで待っててやった俺に何かいう事ねえの?」
「そんな事、頼んでないし。」
冷たい顔して、そっぽを向く。
頤のラインが、記憶の中よりシャープになっている気がした。
運ばれてきたカフェオレに口をつけるけど、少し熱かったらしい。
すぐにカップをソーサーに戻して、やっと俺の方を向いた。
「相変わらずだね、西門さん。」
「お前もな、つくしちゃん。
まだまだ勤労処女してるんだ?」
「そういう事を言うから、西門さんといるのはイヤなんだよ。
別にあたしなんかに用事はないでしょ?
あたし、雨降る前に帰りたいからもう行くね。
これ、コーヒー代。」
バッグから取り出した財布から千円札を1枚抜いてテーブルの上に置いて、席を立とうとする。
「おい、まだ飲んでもねえだろ?」
「でもあたし、ホントにもう行かないと・・・
じゃあね、バイバイ。」
気忙し気に俺の前から去ろうとする牧野を追い掛けて、俺も店を出た。
追いついて、隣を歩きながら言ってみる。
「雨降ったら車で送ってやるよ。
この後何もないなら一緒にメシ食おうぜ。」
「あたしはいいよ。
ホントに早く帰りたいの。
西門さんは一期一会の綺麗な人とでも食事に行ったらいいじゃない。」
どうにも頑なな態度。
俺とまともに口を利かないのも面白くない。
でもどうしてそんなに頑ななのか、ちょっと気になったから、俺はタクシーを止めて、後部座席に牧野と自分の身体を圧し込んだ。
__________
本日、4月23日で、拙宅は開設2周年を迎えました!
いつも遊びに来て下さっている皆様のお蔭で続けて来れたと思っています。
本当に有り難うございます。
緩やかなペースでの更新になっておりますが、それでも細々と続けて行けたらと思っていますので、これからもどうぞ宜しくお願いします
今日・明日は開設2周年記念プチイベントということで、お友達のりく様のお力もお借りしまして、2日間で4回更新&チャット会の開催を予定しております。
チャット会は今日・23日の23時からですよー!
皆様、2周年を一緒に楽しんで頂けたら幸いです。



ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
- 関連記事
-
- 遠くに聞こえる雷鳴は恋の知らせ 後編
- 遠くに聞こえる雷鳴は恋の知らせ 中編
- 遠くに聞こえる雷鳴は恋の知らせ 前編
