粉雪舞い降りる君の肩先 2
「もう会えないかと思ってたよ。」
ホテルに訪ねて来た司を部屋に通して、俺はそう話し掛けた。
司は無表情だ。
整い過ぎた顔立ちのせいで、人形のように見えてしまう程に。
「今日はもう仕事は終わりか?」
「いや、まだだ。食事することにして抜けて来た。」
「どうする? どこか外に行くか?」
「いや、ここでいい。」
そう言われて、ルームサービスで適当にディナーを頼むことにした。
料理が届くまでの間に話が出来たら・・・と思って、リビングのソファに腰を据える。
「司の部屋では話せないことがあるんだろ?」
「まあな。あそこは誰が聞き耳をたててるか分かんねえんだよ。」
「大変だな、お前・・・」
誰の事も信じられずに日々を過ごすことが、どれだけ司を磨り減らすんだろう?
それでも道明寺という巨大な化け物のような企業を背負って立たねばならない宿命。
俺がこれから背負うであろうものとは桁が違う。
「ふん。どうでもいいな。
ただやらなきゃならない事が次から次へと押し寄せてくるのを片っ端からやってくだけだ。
自分が機械になったみたいな毎日だな。」
司は俺を見ない。
どこか遠くを見てるような目付きをしていた。
果ての無い、長い長い坂道を見上げているのか、それともここにはいない牧野を想っているんだろうか?
「本当は牧野の事、思い出しているんだな。」
「・・・・・・。」
「記憶、取り戻したんだろ、司。
それも大分前に。」
「・・・何でそう思った?」
「牧野が俺に言ったんだ。
『きっと記憶は戻ってる。』って。」
「牧野、か・・・。」
ほんのわずかに、司が表情を歪める。
どこかが痛むみたいに。
「・・・駄目なんだ。
俺にはあいつと一緒に生きてく道がない。
記憶を失くしてる間に、後戻りする道も逃げ道も全部潰されてた。」
「だから忘れた振りをし続けるのか?」
司は俺のその問いに答えずにひと時目を閉じた。
その瞼の裏には牧野がいるのだろう。
「あいつには幸せになって欲しい。
俺ではそれを叶えられない。
俺が無理矢理あいつを手元に引き寄せても、あいつはきっといっぱい泣いて、悩んで、悲しんで、苦しんで・・・
笑っていられなくなる。
あいつだけには自由で、笑ってて欲しい。
たとえ俺の隣でなくても。」
司の想像力の欠如に苛立ち、そんな理由で忘れられている振りをされている牧野が不憫で、つい冷たい声が自分の口から零れ落ちる。
「牧野はちっとも笑えてないぜ。」
やっと司が俺を見た。
俺も司を睨み返す。
俺にも思う事は色々あるんだ。
司にどんな事情があろうとも。
「お前がいなくなった3年前からずっと。
笑い方を忘れてる。
お前がそうしたんだ、司。
何で忘れた振りするんだ?
共に歩けなくなったのなら、そう正直に話して手を離してやれよ。
そうじゃなきゃ、牧野は次の道へと進めないだろ。」
俺の気迫に負けたわけでもないだろうに、司の方からついと目線を逸らせた。
「・・・忘れた振りしか出来ねえんだ。」
「どうして?」
「忘れた振りでしか、あいつを護れない。」
3年前、滋の壮大なお節介とそれに乗っかった俺と総二郎とで、司と牧野を大河原所有の島に閉じ込めて・・・
2人はそこで気持ちを確かめ合った。
司はあの時、道明寺家を出ると俺達の前できっぱり宣言した。
たった17歳と18歳の、まだ高校も出ていない子供だったのに。
司が持ちうる全てを捨てて、牧野だけを手にして、2人で身を寄せ合って生きていこうと決めたあの日。
でも司は本気でそれが叶うと信じていたんだろうか?
滋も、総二郎も俺も、その時は否定する言葉を口にはしなかった。
だけど・・・
俺にはそれが本当のハッピーエンドだとはどうしても思えなかったんだ。
司が沢山の柵から逃れられるか、半信半疑・・・、いやもっと懐疑的だったかもしれない。
司は死ぬまで『道明寺司』であることが宿命なのだから。
自分の意思がどうであれ、そこから簡単に逃れられるはずなかった。
「俺があいつを思い出さなければ、あいつは安全でいられる。
誰かにつけ狙われる事も無い。
誰かから攻撃される事も無い。
あいつが守りたい生活ってやつを、あいつが何より大事に思ってる家族や友達と続けていける。
でも、俺があいつを思い出した途端に、それは全部がらがらと崩れちまうんだ。
あいつだけじゃなく、あいつの周りにまでそれは及んじまう。
お前だってそうだ、あきら。
美作だろうと、花沢だろうと、西門だろうと、大河原だろうと叩き潰される。」
「お袋さんか・・・?」
「毒でも盛ってやりてえよ。
毎日早くくたばっちまえって親を憎みながら生きてく虚しさと憤り、あきらには分かんねえだろ?」
そう言って、嘲り笑いを浮かべた司。
それを見ていて、俺はぞくりと寒気がした。
司の、牧野の、そして俺達の前に立ち塞がるものの大きさを初めて知ったから。
「牧野だけじゃなく、俺達も人質なのか?
司を『道明寺司』たらしめる為に?」
「まあ、そうなんだろうな。
だから忘れたことにしておくのが、一番あいつを幸せにしてやれる方法なんだ。
俺とは全く関係がないところにいるのが、何より安全なんだ。」
2人が共に人生を歩んで行くことが牧野と司の幸せなんだろうと思っていた時があった。
司が記憶を取り戻して、牧野のところに帰って来るのが、牧野の一番の望みだろうと想像していた。
だけどこんな残酷な答えしかないなんて。
ルームサービスが届けられて、ダイニングテーブルには料理が並んだが、2人とも食事をしたい気分になれなかった。
「牧野は気付いてる。
司の記憶が戻ってる事も、何らかの事情で会いに来られない事も。
もう2度と道明寺と歩く未来はないんだって。
そう言ってた。
高校を卒業する頃、姉ちゃんが東京に来て、牧野に会ったそうだ。
その時、『つくしちゃん、ごめんね。』とだけ言ったって。」
「姉ちゃん、勝手な事してくれたな。」
「でもその『ごめんね。』でお前の事に気付いたって言ってた。
だから、牧野は2年前から分かってるんだ。
それでも俺達の前では空元気で、儚く笑って。
今でもあのアパートに住んで、連日バイトに明け暮れてる。」
「そうか・・・。
謝りに行く事すら出来ねえな。
忘れた振りをしていると。」
「会えないならせめて電話だけでも掛けてやれないのか?」
そう言って、俺の携帯を取り出した。
「今ここからこの携帯で牧野に掛けても、俺が牧野に電話したという記録しか残らない。
これでなら話せるだろ?」
じっと携帯を見詰める司。
どれくらいの時間が流れたのか。
暫く互いに無言だった。
「やめとくわ。」
「何でだよ?」
「あいつの声聞いたら・・・
きっと俺は何も出来なくなる。
駄目になる。
あいつが電話の向こうで独りで泣くのかと思ったら・・・
電話なんか掛けらんねえよ。」
目を伏せて小さく笑ったのは、本当は胸の苦しさを隠す為。
司の気持ちが痛い程分かる。
「いつか誰かが来るだろうと思ってたけど。
あきらだったな。」
「・・・俺じゃ不満か?」
「ちょっと意外だったかもな。
でも誰が来てもおかしくないともどっかで思ってた。
あきらでも、類でも、総二郎でも。
だって、あいつは・・・、特別な女だろ。」
司にとって特別であるように、俺にとっても唯一無二の存在。
それが牧野つくしだ。
「・・・そうだな。」
でも牧野にとっての特別も、お前だけだったんだよ、司。
お前の事だけを直向きに愛してた。
もしかしたら今も心の奥にその気持ちを隠してる。
思った事は言えなかった。
言わなくても司は知っている。
知っているのに動けない。
「社に戻る。」
そう呟いて司は立ち上がった。
もっと話さねばならない気もするし、もう話すべき事はないような気もした。
ドアの前で振り返った司が、鋭い眼差しではなくて、切なそうに瞳を揺らしていたから、俺まで胸が苦しくなって、つい目を眇める。
「あきら、牧野を頼む。」
「司、本当に方法はないのか?
牧野と未来を歩む道を探せないのか?
牧野はきっと・・・」
「そんな道、この世のどこにもねえんだよ。
俺はこれからも忘れた振りをして生きてく。
いつか地獄に堕ちる日まで。」
俺の言葉を遮り、哀しそうにそう言い捨てて、司は部屋を出て行った。
__________
拙宅での野獣は、必ず不憫な扱いで(苦笑)
今回もとてもお気の毒な感じとなってます。
悪しからず。
この場面、もうすぐ21歳を迎える野獣とあきら・・・というコンビなのですが、NY州ではお酒は21歳からとなってるので、飲めないのです。
当初はお酒を飲みつつ・・・と考えていたのですが、こんな風になりました。
早くあきらとつくしでイチャついてる場面を書きたいんですけどー!
そこまでの道が長そうで怖いよお!
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ホテルに訪ねて来た司を部屋に通して、俺はそう話し掛けた。
司は無表情だ。
整い過ぎた顔立ちのせいで、人形のように見えてしまう程に。
「今日はもう仕事は終わりか?」
「いや、まだだ。食事することにして抜けて来た。」
「どうする? どこか外に行くか?」
「いや、ここでいい。」
そう言われて、ルームサービスで適当にディナーを頼むことにした。
料理が届くまでの間に話が出来たら・・・と思って、リビングのソファに腰を据える。
「司の部屋では話せないことがあるんだろ?」
「まあな。あそこは誰が聞き耳をたててるか分かんねえんだよ。」
「大変だな、お前・・・」
誰の事も信じられずに日々を過ごすことが、どれだけ司を磨り減らすんだろう?
それでも道明寺という巨大な化け物のような企業を背負って立たねばならない宿命。
俺がこれから背負うであろうものとは桁が違う。
「ふん。どうでもいいな。
ただやらなきゃならない事が次から次へと押し寄せてくるのを片っ端からやってくだけだ。
自分が機械になったみたいな毎日だな。」
司は俺を見ない。
どこか遠くを見てるような目付きをしていた。
果ての無い、長い長い坂道を見上げているのか、それともここにはいない牧野を想っているんだろうか?
「本当は牧野の事、思い出しているんだな。」
「・・・・・・。」
「記憶、取り戻したんだろ、司。
それも大分前に。」
「・・・何でそう思った?」
「牧野が俺に言ったんだ。
『きっと記憶は戻ってる。』って。」
「牧野、か・・・。」
ほんのわずかに、司が表情を歪める。
どこかが痛むみたいに。
「・・・駄目なんだ。
俺にはあいつと一緒に生きてく道がない。
記憶を失くしてる間に、後戻りする道も逃げ道も全部潰されてた。」
「だから忘れた振りをし続けるのか?」
司は俺のその問いに答えずにひと時目を閉じた。
その瞼の裏には牧野がいるのだろう。
「あいつには幸せになって欲しい。
俺ではそれを叶えられない。
俺が無理矢理あいつを手元に引き寄せても、あいつはきっといっぱい泣いて、悩んで、悲しんで、苦しんで・・・
笑っていられなくなる。
あいつだけには自由で、笑ってて欲しい。
たとえ俺の隣でなくても。」
司の想像力の欠如に苛立ち、そんな理由で忘れられている振りをされている牧野が不憫で、つい冷たい声が自分の口から零れ落ちる。
「牧野はちっとも笑えてないぜ。」
やっと司が俺を見た。
俺も司を睨み返す。
俺にも思う事は色々あるんだ。
司にどんな事情があろうとも。
「お前がいなくなった3年前からずっと。
笑い方を忘れてる。
お前がそうしたんだ、司。
何で忘れた振りするんだ?
共に歩けなくなったのなら、そう正直に話して手を離してやれよ。
そうじゃなきゃ、牧野は次の道へと進めないだろ。」
俺の気迫に負けたわけでもないだろうに、司の方からついと目線を逸らせた。
「・・・忘れた振りしか出来ねえんだ。」
「どうして?」
「忘れた振りでしか、あいつを護れない。」
3年前、滋の壮大なお節介とそれに乗っかった俺と総二郎とで、司と牧野を大河原所有の島に閉じ込めて・・・
2人はそこで気持ちを確かめ合った。
司はあの時、道明寺家を出ると俺達の前できっぱり宣言した。
たった17歳と18歳の、まだ高校も出ていない子供だったのに。
司が持ちうる全てを捨てて、牧野だけを手にして、2人で身を寄せ合って生きていこうと決めたあの日。
でも司は本気でそれが叶うと信じていたんだろうか?
滋も、総二郎も俺も、その時は否定する言葉を口にはしなかった。
だけど・・・
俺にはそれが本当のハッピーエンドだとはどうしても思えなかったんだ。
司が沢山の柵から逃れられるか、半信半疑・・・、いやもっと懐疑的だったかもしれない。
司は死ぬまで『道明寺司』であることが宿命なのだから。
自分の意思がどうであれ、そこから簡単に逃れられるはずなかった。
「俺があいつを思い出さなければ、あいつは安全でいられる。
誰かにつけ狙われる事も無い。
誰かから攻撃される事も無い。
あいつが守りたい生活ってやつを、あいつが何より大事に思ってる家族や友達と続けていける。
でも、俺があいつを思い出した途端に、それは全部がらがらと崩れちまうんだ。
あいつだけじゃなく、あいつの周りにまでそれは及んじまう。
お前だってそうだ、あきら。
美作だろうと、花沢だろうと、西門だろうと、大河原だろうと叩き潰される。」
「お袋さんか・・・?」
「毒でも盛ってやりてえよ。
毎日早くくたばっちまえって親を憎みながら生きてく虚しさと憤り、あきらには分かんねえだろ?」
そう言って、嘲り笑いを浮かべた司。
それを見ていて、俺はぞくりと寒気がした。
司の、牧野の、そして俺達の前に立ち塞がるものの大きさを初めて知ったから。
「牧野だけじゃなく、俺達も人質なのか?
司を『道明寺司』たらしめる為に?」
「まあ、そうなんだろうな。
だから忘れたことにしておくのが、一番あいつを幸せにしてやれる方法なんだ。
俺とは全く関係がないところにいるのが、何より安全なんだ。」
2人が共に人生を歩んで行くことが牧野と司の幸せなんだろうと思っていた時があった。
司が記憶を取り戻して、牧野のところに帰って来るのが、牧野の一番の望みだろうと想像していた。
だけどこんな残酷な答えしかないなんて。
ルームサービスが届けられて、ダイニングテーブルには料理が並んだが、2人とも食事をしたい気分になれなかった。
「牧野は気付いてる。
司の記憶が戻ってる事も、何らかの事情で会いに来られない事も。
もう2度と道明寺と歩く未来はないんだって。
そう言ってた。
高校を卒業する頃、姉ちゃんが東京に来て、牧野に会ったそうだ。
その時、『つくしちゃん、ごめんね。』とだけ言ったって。」
「姉ちゃん、勝手な事してくれたな。」
「でもその『ごめんね。』でお前の事に気付いたって言ってた。
だから、牧野は2年前から分かってるんだ。
それでも俺達の前では空元気で、儚く笑って。
今でもあのアパートに住んで、連日バイトに明け暮れてる。」
「そうか・・・。
謝りに行く事すら出来ねえな。
忘れた振りをしていると。」
「会えないならせめて電話だけでも掛けてやれないのか?」
そう言って、俺の携帯を取り出した。
「今ここからこの携帯で牧野に掛けても、俺が牧野に電話したという記録しか残らない。
これでなら話せるだろ?」
じっと携帯を見詰める司。
どれくらいの時間が流れたのか。
暫く互いに無言だった。
「やめとくわ。」
「何でだよ?」
「あいつの声聞いたら・・・
きっと俺は何も出来なくなる。
駄目になる。
あいつが電話の向こうで独りで泣くのかと思ったら・・・
電話なんか掛けらんねえよ。」
目を伏せて小さく笑ったのは、本当は胸の苦しさを隠す為。
司の気持ちが痛い程分かる。
「いつか誰かが来るだろうと思ってたけど。
あきらだったな。」
「・・・俺じゃ不満か?」
「ちょっと意外だったかもな。
でも誰が来てもおかしくないともどっかで思ってた。
あきらでも、類でも、総二郎でも。
だって、あいつは・・・、特別な女だろ。」
司にとって特別であるように、俺にとっても唯一無二の存在。
それが牧野つくしだ。
「・・・そうだな。」
でも牧野にとっての特別も、お前だけだったんだよ、司。
お前の事だけを直向きに愛してた。
もしかしたら今も心の奥にその気持ちを隠してる。
思った事は言えなかった。
言わなくても司は知っている。
知っているのに動けない。
「社に戻る。」
そう呟いて司は立ち上がった。
もっと話さねばならない気もするし、もう話すべき事はないような気もした。
ドアの前で振り返った司が、鋭い眼差しではなくて、切なそうに瞳を揺らしていたから、俺まで胸が苦しくなって、つい目を眇める。
「あきら、牧野を頼む。」
「司、本当に方法はないのか?
牧野と未来を歩む道を探せないのか?
牧野はきっと・・・」
「そんな道、この世のどこにもねえんだよ。
俺はこれからも忘れた振りをして生きてく。
いつか地獄に堕ちる日まで。」
俺の言葉を遮り、哀しそうにそう言い捨てて、司は部屋を出て行った。
__________
拙宅での野獣は、必ず不憫な扱いで(苦笑)
今回もとてもお気の毒な感じとなってます。
悪しからず。
この場面、もうすぐ21歳を迎える野獣とあきら・・・というコンビなのですが、NY州ではお酒は21歳からとなってるので、飲めないのです。
当初はお酒を飲みつつ・・・と考えていたのですが、こんな風になりました。
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