魔法使いにはなれないけれど
8月も半ばを過ぎ、やっともぎ取った短い夏季休暇。
夏と言えば海だ!
海と言ったら水着姿の牧野だ!
いや、あいつは凹凸はねえよ?
それでも水辺ではしゃぐ姿を見てえじゃねえか!
だから電話を掛けたんだ。
「なあ、つくしちゃん、海行こうぜ!」
「えー? お盆過ぎたら海月が出るから海は入らないものなんだよ。
西門さん、そんな事も知らないの?
それにこの間、カツオノエボシも大発生ってニュース見たもん。
見た目綺麗だけど、刺されたら死ぬ事もあるって!
ダメダメ、今時期の海は危ないよ。」
うっ・・・、そう言われると誘いにくい。
でも海月対策の全身ウェットスーツに包まれた牧野を見るんじゃつまらねえし・・・。
「じゃあ海見に行こうぜ。
ついでに美味い物も食わせてやるから。」
「え、ホントっ?」
途端に乗り気になる牧野が、チョロいなと思えたり、結局食べ物でしか釣れないのか・・・と少々落ち込んだり。
オトコゴコロは複雑だ。
そんなこんなで自慢の車の助手席に牧野を乗せてやって来た、海と砂浜が見渡せるカフェテリアの窓際の席に、牧野と向かい合って座ってる。
向かい合うって言ったって、牧野は俺を見ずに頬杖をつきながら瞳をキラキラ輝かせて海の方を向いてばかりいるから、俺から見えるのは牧野の横顔のみ。
空調が効いていても窓辺の席は少し暑いのか、頬がほんのり色付いているのが見てとれる。
何かこんな絵を見た事あるな。
ああ、カシニョールか。
こんなエレガンスの欠片もない女・牧野からカシニョールの描いた女性を連想するなんて。
俺はホントどうかしてる。
そう思ったらちょっと笑えてきた。
「うわー、眩しいねー、綺麗だねー。
海って見てるだけで癒されるー。」
うっとりと窓の外ばかり見ている牧野の気を引きたくて、何か気の利いた言葉を紡ぐ筈だったのに、俺の口から出て来たのは、いつも聞いてみたいと思っていた一つの質問だった。
「なあ、つくしちゃんは今好きな男なんかいるのか?」
俺のそんな台詞に誘われて、ついと視線をこちらに向けた。
最初はきょとんとした顔で、目をぱちくりさせて。
その一瞬後に、肩をすくめてふふふと小さく笑った。
「そんなのいるわけないでしょ。知ってるくせに。」
何馬鹿な事を・・・といった風情でさも可笑しそうに笑っている。
「司の事が忘れられないから、新しい恋はしないって?」
「そんな事はないけどさ。
でも、あんな奴、綺麗さっぱり忘れたり出来る訳ないじゃない。」
牧野の言うことは尤もだとも思う。
一度司を知ってしまえば、忘れる事など不可能だ。
誰の記憶にも鮮やかに刻み込まれる、圧倒的な存在。
それが司だから。
「じゃあさ・・・」
また窓の外へと逸らされていた牧野の目が俺を捉える。
お前は一体何を言うつもりなのか・・・と探る様な視線をよこすのがちょっと擽ったかった。
「フリーなつくしちゃんは俺と付き合おうぜ。」
思い切ってそう言ったのに、すぐにふんと鼻で笑い飛ばされた。
「やだよ、そんなの。
あたし、色んな人と並行して付き合うオトコなんか願い下げ。」
「女はお前1人にするって言ったら?」
「信じる訳ないでしょ!
出来っこないしー。」
さらさらと零れ落ちる真っ直ぐな黒髪を手櫛で掻き上げて。
胡散臭いものを見るような目付きになった。
俺はとことん信用が無いらしい。
ポケットから携帯を2台取り出し、ロックを解除して、牧野の目前に並べた。
「な、何してんの?」
急に慌てた素振りを見せる牧野。
そんな牧野の表情がくるくる変わるのを楽しんでる俺。
「こっちがプライベート用。
こっちが仕事用。
どこ見てもいいぜ。
メールでも、スケジュールでも、通話の履歴でも、アドレス帳でも。」
「別にあたしそんなの見たくない。」
「見ろって。」
「やだよ。
人の携帯なんて見たくない。」
「お前に見られて困るようなモンないから大丈夫だって。」
「それでも見たくない。
仮にも次期家元サマなんでしょ。
特に仕事用の携帯なんて、他人に見せたら駄目だよ。
人に迷惑かけるかもしれないじゃん。」
「お前がペラペラ誰かに話すのか?」
「あたしは誰にも言わないけど!
一般論よ。早くそれ、仕舞いなさいよ!」
触るどころかテーブルの上に置かれているのを見るのも嫌らしく、思いっきりそっぽを向いているから、プライベート用のスマホのメッセンジャーアプリの連絡先一覧の画面を表示させて、鼻先に突き出してやった。
「俺って実は友達少ねえんだよな。
ほら見ろよ。
普段やり取りする相手って、あきらと類とお前しかいねえの。
ヤバくね?
類なんか殆ど返事もよこさねえから、実質2人か?」
「・・・西門さんは一体何がしたいのよ?」
「俺の本気をつくしちゃんに見せたくて?」
「本気って・・・
何にも本気にならないくせに。
全てに不真面目。
ちゃらんぽらん。
それが西門総二郎でしょ?」
「はあ・・・、それはあんまりじゃね?
でもさ、そんな俺が本気だって言ってんだから、ちょっとは俺の言葉信じろよ。」
「一体何に本気だって言うの?
それに携帯なんて見せられても・・・
何の証明にもなんないよ。
他にも何台も隠し持ってるのかも知れないし。」
ああ言えばこう言う・・・でちっとも埒があかない。
「・・・じゃあ、どうすりゃお前は俺の事を信じるんだよ?」
「信じない!
西門さんが七度生まれ変わっても!」
「バカ、お前・・・
七度生まれ変わったら、涅槃に辿り着いちまうだろ。
悟りの境地だ。
煩悩も何もなくなってるよ。」
「だーかーらー!
そうなったとしてもちゃらんぽらんが治る気しないってって言ってんの!」
「俺、信用ねえな。」
「そんなの自業自得でしょ?」
まあ、そうなんだけど。
これまでの自分の行いが招いている現状ではあるが。
それでもどうにか牧野に俺を意識させたい。
かくなる上は・・・
テーブルの上に載っている、牧野の右手をするりと手繰り寄せる。
突然の事に逃げる間も無かったようで、あっさりと小さな掌は俺に捕まった。
「な、な、何すんのよっ?」
「お子ちゃま牧野に合わせるから。」
「何をっ?」
「オツキアイのペースってヤツをだよ。
とりあえず、手を繋ぐところからやってこうぜ。」
「いやいや、付き合うなんて誰も言ってないし!
離してよっ!」
「んー、大丈夫、大丈夫。
一緒にいたら俺に惚れない女はいないから。」
「何自惚れてんの?
世の中には例外だっていっぱいあんのよ!
さっさと離しなさいよ!」
「つくしちゃんが観念して俺と付き合うっつーまで離さねえ。」
「言わないし!」
「言いたくなるようにさせてやるよ。」
「魔法でもかける気っ?」
ホントそんな魔法があったらいいのにな。
お前のその疑いたっぷりの視線を、俺を想って恋焦がれる熱い眼差しに変える魔法が。
でも俺は魔法使いじゃねえし。
地道にコツコツと固く閉ざされた心のドアを叩き続けるしか道はないんだろ。
「好きだよ、つくしちゃん。」
「信じないっ!」
「お前、さっきからそればっか。」
思わずくすりと吹き出したら、目を剥いて怒った牧野が現れた。
頬がさっきより赤く色付いてるのは、もしかしていい兆候なんだろうか?
とりあえず今日のところは、夕暮れ時の砂浜を手を繋いで歩いてみよう。
まるで子供のデートだけれど。
きっといつもとはちょっと違う牧野が見れる筈。
その場面をイメージするだけで、心が柔らかく、じん・・・と暖かくなっていく。
思いの丈を載せた微笑みを、テーブルの向こう側であたふたしている牧野に贈る。
やっと俺の夏が始まった気がした。
_________
きらきら水面が輝く海に行きたいー。
入りたくはないー。
暑いのもイヤー。
涼しい所から思う存分眺めていたいー。
そんな管理人の煩悩を詰め込みました。
お久しぶりです。
お待たせして申し訳ありません。
書きかけのあれこれもストップしっぱなしで、ホントーにすみませんっ!
お盆の忙しさも一段落して、やっと少し気持ちに余裕が出てきました。
早く涼しくなっておくれ。←暑いの弱い人
皆様、お元気でお過ごしですか?
マスクを着けて過ごす夏も3度目ですね。
早く落ち着いてほしいものです。
良かったら近況をコメントでお知らせ下さいませ。

ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
夏と言えば海だ!
海と言ったら水着姿の牧野だ!
いや、あいつは凹凸はねえよ?
それでも水辺ではしゃぐ姿を見てえじゃねえか!
だから電話を掛けたんだ。
「なあ、つくしちゃん、海行こうぜ!」
「えー? お盆過ぎたら海月が出るから海は入らないものなんだよ。
西門さん、そんな事も知らないの?
それにこの間、カツオノエボシも大発生ってニュース見たもん。
見た目綺麗だけど、刺されたら死ぬ事もあるって!
ダメダメ、今時期の海は危ないよ。」
うっ・・・、そう言われると誘いにくい。
でも海月対策の全身ウェットスーツに包まれた牧野を見るんじゃつまらねえし・・・。
「じゃあ海見に行こうぜ。
ついでに美味い物も食わせてやるから。」
「え、ホントっ?」
途端に乗り気になる牧野が、チョロいなと思えたり、結局食べ物でしか釣れないのか・・・と少々落ち込んだり。
オトコゴコロは複雑だ。
そんなこんなで自慢の車の助手席に牧野を乗せてやって来た、海と砂浜が見渡せるカフェテリアの窓際の席に、牧野と向かい合って座ってる。
向かい合うって言ったって、牧野は俺を見ずに頬杖をつきながら瞳をキラキラ輝かせて海の方を向いてばかりいるから、俺から見えるのは牧野の横顔のみ。
空調が効いていても窓辺の席は少し暑いのか、頬がほんのり色付いているのが見てとれる。
何かこんな絵を見た事あるな。
ああ、カシニョールか。
こんなエレガンスの欠片もない女・牧野からカシニョールの描いた女性を連想するなんて。
俺はホントどうかしてる。
そう思ったらちょっと笑えてきた。
「うわー、眩しいねー、綺麗だねー。
海って見てるだけで癒されるー。」
うっとりと窓の外ばかり見ている牧野の気を引きたくて、何か気の利いた言葉を紡ぐ筈だったのに、俺の口から出て来たのは、いつも聞いてみたいと思っていた一つの質問だった。
「なあ、つくしちゃんは今好きな男なんかいるのか?」
俺のそんな台詞に誘われて、ついと視線をこちらに向けた。
最初はきょとんとした顔で、目をぱちくりさせて。
その一瞬後に、肩をすくめてふふふと小さく笑った。
「そんなのいるわけないでしょ。知ってるくせに。」
何馬鹿な事を・・・といった風情でさも可笑しそうに笑っている。
「司の事が忘れられないから、新しい恋はしないって?」
「そんな事はないけどさ。
でも、あんな奴、綺麗さっぱり忘れたり出来る訳ないじゃない。」
牧野の言うことは尤もだとも思う。
一度司を知ってしまえば、忘れる事など不可能だ。
誰の記憶にも鮮やかに刻み込まれる、圧倒的な存在。
それが司だから。
「じゃあさ・・・」
また窓の外へと逸らされていた牧野の目が俺を捉える。
お前は一体何を言うつもりなのか・・・と探る様な視線をよこすのがちょっと擽ったかった。
「フリーなつくしちゃんは俺と付き合おうぜ。」
思い切ってそう言ったのに、すぐにふんと鼻で笑い飛ばされた。
「やだよ、そんなの。
あたし、色んな人と並行して付き合うオトコなんか願い下げ。」
「女はお前1人にするって言ったら?」
「信じる訳ないでしょ!
出来っこないしー。」
さらさらと零れ落ちる真っ直ぐな黒髪を手櫛で掻き上げて。
胡散臭いものを見るような目付きになった。
俺はとことん信用が無いらしい。
ポケットから携帯を2台取り出し、ロックを解除して、牧野の目前に並べた。
「な、何してんの?」
急に慌てた素振りを見せる牧野。
そんな牧野の表情がくるくる変わるのを楽しんでる俺。
「こっちがプライベート用。
こっちが仕事用。
どこ見てもいいぜ。
メールでも、スケジュールでも、通話の履歴でも、アドレス帳でも。」
「別にあたしそんなの見たくない。」
「見ろって。」
「やだよ。
人の携帯なんて見たくない。」
「お前に見られて困るようなモンないから大丈夫だって。」
「それでも見たくない。
仮にも次期家元サマなんでしょ。
特に仕事用の携帯なんて、他人に見せたら駄目だよ。
人に迷惑かけるかもしれないじゃん。」
「お前がペラペラ誰かに話すのか?」
「あたしは誰にも言わないけど!
一般論よ。早くそれ、仕舞いなさいよ!」
触るどころかテーブルの上に置かれているのを見るのも嫌らしく、思いっきりそっぽを向いているから、プライベート用のスマホのメッセンジャーアプリの連絡先一覧の画面を表示させて、鼻先に突き出してやった。
「俺って実は友達少ねえんだよな。
ほら見ろよ。
普段やり取りする相手って、あきらと類とお前しかいねえの。
ヤバくね?
類なんか殆ど返事もよこさねえから、実質2人か?」
「・・・西門さんは一体何がしたいのよ?」
「俺の本気をつくしちゃんに見せたくて?」
「本気って・・・
何にも本気にならないくせに。
全てに不真面目。
ちゃらんぽらん。
それが西門総二郎でしょ?」
「はあ・・・、それはあんまりじゃね?
でもさ、そんな俺が本気だって言ってんだから、ちょっとは俺の言葉信じろよ。」
「一体何に本気だって言うの?
それに携帯なんて見せられても・・・
何の証明にもなんないよ。
他にも何台も隠し持ってるのかも知れないし。」
ああ言えばこう言う・・・でちっとも埒があかない。
「・・・じゃあ、どうすりゃお前は俺の事を信じるんだよ?」
「信じない!
西門さんが七度生まれ変わっても!」
「バカ、お前・・・
七度生まれ変わったら、涅槃に辿り着いちまうだろ。
悟りの境地だ。
煩悩も何もなくなってるよ。」
「だーかーらー!
そうなったとしてもちゃらんぽらんが治る気しないってって言ってんの!」
「俺、信用ねえな。」
「そんなの自業自得でしょ?」
まあ、そうなんだけど。
これまでの自分の行いが招いている現状ではあるが。
それでもどうにか牧野に俺を意識させたい。
かくなる上は・・・
テーブルの上に載っている、牧野の右手をするりと手繰り寄せる。
突然の事に逃げる間も無かったようで、あっさりと小さな掌は俺に捕まった。
「な、な、何すんのよっ?」
「お子ちゃま牧野に合わせるから。」
「何をっ?」
「オツキアイのペースってヤツをだよ。
とりあえず、手を繋ぐところからやってこうぜ。」
「いやいや、付き合うなんて誰も言ってないし!
離してよっ!」
「んー、大丈夫、大丈夫。
一緒にいたら俺に惚れない女はいないから。」
「何自惚れてんの?
世の中には例外だっていっぱいあんのよ!
さっさと離しなさいよ!」
「つくしちゃんが観念して俺と付き合うっつーまで離さねえ。」
「言わないし!」
「言いたくなるようにさせてやるよ。」
「魔法でもかける気っ?」
ホントそんな魔法があったらいいのにな。
お前のその疑いたっぷりの視線を、俺を想って恋焦がれる熱い眼差しに変える魔法が。
でも俺は魔法使いじゃねえし。
地道にコツコツと固く閉ざされた心のドアを叩き続けるしか道はないんだろ。
「好きだよ、つくしちゃん。」
「信じないっ!」
「お前、さっきからそればっか。」
思わずくすりと吹き出したら、目を剥いて怒った牧野が現れた。
頬がさっきより赤く色付いてるのは、もしかしていい兆候なんだろうか?
とりあえず今日のところは、夕暮れ時の砂浜を手を繋いで歩いてみよう。
まるで子供のデートだけれど。
きっといつもとはちょっと違う牧野が見れる筈。
その場面をイメージするだけで、心が柔らかく、じん・・・と暖かくなっていく。
思いの丈を載せた微笑みを、テーブルの向こう側であたふたしている牧野に贈る。
やっと俺の夏が始まった気がした。
_________
きらきら水面が輝く海に行きたいー。
入りたくはないー。
暑いのもイヤー。
涼しい所から思う存分眺めていたいー。
そんな管理人の煩悩を詰め込みました。
お久しぶりです。
お待たせして申し訳ありません。
書きかけのあれこれもストップしっぱなしで、ホントーにすみませんっ!
お盆の忙しさも一段落して、やっと少し気持ちに余裕が出てきました。
早く涼しくなっておくれ。←暑いの弱い人
皆様、お元気でお過ごしですか?
マスクを着けて過ごす夏も3度目ですね。
早く落ち着いてほしいものです。
良かったら近況をコメントでお知らせ下さいませ。



ぽちっと押して頂けたら嬉しいです!
