Call my name 41
牧野の手の怪我の事を知った翌朝、俺が独りダイニングで朝食を食べているところにお袋が入ってきた。
いつも俺とは同じテーブルについたりしないから、この時間にこの空間で姿を見るだけで違和感を覚える。
「お早う、総二郎さん。」
「・・・お早うございます。」
「少しお話ししたい事があるのですけれど。
お食事が終わったら、私の部屋までお願いします。」
なんなんだ、朝っぱらから。
こんなの良いニュースの訳がない。
一気に気分が重たくなる。
「・・・御用ならば、今ここで伺います。
今日は午前中から予定がありますので。」
「そんなに時間は取らせませんから。」
そう言い残し、お袋は早々にダイニングから出ていった。
思わず唇からは溜息が溢れる。
どこか上の空で口にしていた朝食が、今は砂を噛んでいるかのように思われて、俺は箸を止めてしまった。
嫌な予感しかしない。
人払いをした上でお袋が俺に聞かせたい事なんて、俺にとっては面倒な話に決まってる。
お袋の部屋で座卓を挟んで向かい合うと、いきなり大きな封筒が目の前に置かれた。
「何ですか、これは?」
分かってはいるけれど、素知らぬ振りをして質問する。
「理事や後援会の方々やお家元は悪くないお話だと思ってらっしゃるようですよ。
総二郎さんにその気がなくても、近く偶然を装って顔合わせ・・・なんて事になりそうだから、事前にお知らせしておこうかと思って。」
やっぱりな。
「当分結婚などするつもりはありません。」
「・・・・・・。」
お袋は無言で俺の表情を窺っている。
「まだまだ学ぶ事も多い半人前ですので。
どんな方と引き合わせられても、その考えは変わりません。
お家元にも他の方々にもそのようにお伝え下さい。」
目の前の封筒の中身も見ずにそう言って退けた。
「お話とはこれだけですか?
それならもう失礼します。」
立とうとした時にお袋の口から溢れ出た名前に身体が固まる。
「つくしさんは・・・」
ぎくりとした事を悟られないように、平静を装って「牧野がどうかしましたか?」と言葉を絞り出した。
「体調は特に変わりないようですけれど・・・。
総二郎さんはこれからつくしさんをどうするおつもり?」
いつかの類と同じ事を聞いてくる。
お袋は何か思うところがあるのだろうか?
俺の知らない何かを知っているのだろうか?
急に不安が大きな波となって胸に押し寄せてきた。
「このまま内弟子として置いてほしいと本人が希望していますから。
そのようにしてやりたいと思っていますけれど。
何か問題でもありますか?」
「・・・この邸の中でつくしさんだけを特別扱いする事は、つくしさんの立場を悪くするんです。」
「でも多少は仕方ないですよね?
事故で記憶を失くしていて、身体も万全ではないんですから。」
「それだけではないでしょう?
総二郎さんがつくしさんに目を掛けている事は周知の事実なんですから。」
その言葉に、かあっと頭に血が上る。
「それは今に始まった事ではありませんし。
牧野は高校時代からの友人でもあるんです。
仕事を離れた時には、友人の立場で接する事があったとしても、何もおかしくはない筈です。」
「総二郎さんがそう思っていても、誰もが総二郎さんの意図通りに物事を受け止められるとは限りません。」
「・・・牧野の手の怪我の件、何かご存じなんですか?」
「・・・邸の中の事に、目を配るようにしてはいても、私が見ていない時につくしさんに悪意が向けられる事はあるんです。」
それはそうだ。
こんなに広い邸の中。
目が届く範囲なんてほんの一握り。
見えない事の方が遥かに多い。
お袋の目を盗む事なんて簡単だろう。
「ではどうしろと?」
「・・・つくしさんが安心して暮らし働く事が出来ないのなら、ここに留まる事はつくしさんを更に傷付けるかも知れないのですよ。」
お袋の言葉に抑えきれない感情が一気に湧いた。
「あいつは・・・、牧野は他に行く所なんかないんです。
記憶がないせいで実家すら針の筵なんだ。
ここで生きていきたいって泣いたんだ。
それを追い出すだなんて、できる訳がない!」
他人行儀にしか口をきかなくなっていたお袋に対して、冷静に話せなくなっていた。
お袋はそんな俺を前にしても顔色ひとつ変えず、淡々と言葉を紡ぐ。
「・・・つくしさんが安全でいられるように、私もでき得る限り気を配ります。
ですから総二郎さんも、どうすればいいのかよく考えて、行動して下さいね。」
「・・・・・・分かりました。」
「そろそろお出掛けの時間でしょう。
いってらっしゃいな。」
「・・・失礼します。」
牧野を外に出さなければならないとお袋が思う程に、ここは牧野にとって危険なのか・・・。
花沢か美作に預けるべきなのか、それとももっといい選択肢があるのか・・・と考えて。
でも結局どれもこれも無理だと思い至る。
西門という外から切り離された世界の中で、ただひたすら言い付けられた事だけをしながら生きている牧野。
世の同じ年頃の人ならば、仕事を離れたら余暇を楽しんだりするだろうに、そんな時間をまるっきり持たない牧野。
この塀の中でしか生きられないと信じて籠の鳥となり、俺を唯一の縁にして生きている牧野。
俺はもう、そんな牧野がここにいない事に耐えられない。
例えいつもの茶室で2人きりの静かな時間を重ねる事がもう叶わないのだとしても。
庭仕事の合間に偶然を装いつつ言葉を交わせられないとしても。
遠くからでもいいから俺を見詰めている牧野の視線が欲しい。
ほんの微かでもいいから、牧野がここにいる気配を感じていたい。
それが全て消えてしまうだなんて、想像するだけで目の前が真っ黒に塗り潰されていく気がする。
俺がもう牧野から離れられないんだ・・・
ずっと自分が牧野の運命を手にしているつもりになっていたけれど、牧野無しでいられないのは自分の方だった事に気付かされた。
牧野がここでどんな目に遭おうとも、手放してやれない。
じゃあ、どうする?
どうすれば牧野を護れる?
そんな事をずっとずっと考えていた。
_________
元日以来、間が空いてしまいました。
どのお話も難しい場面に差し掛かっていて、1話まとめるだけでも四苦八苦しております!
寒いですねえ。
来週頭にはもしかして関東でも雪?なんて予報が出ています。
寒くなると、何故かあきらの話を書かないといけないような気がするのは、誕生日が2月だからなのかー?

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いつも俺とは同じテーブルについたりしないから、この時間にこの空間で姿を見るだけで違和感を覚える。
「お早う、総二郎さん。」
「・・・お早うございます。」
「少しお話ししたい事があるのですけれど。
お食事が終わったら、私の部屋までお願いします。」
なんなんだ、朝っぱらから。
こんなの良いニュースの訳がない。
一気に気分が重たくなる。
「・・・御用ならば、今ここで伺います。
今日は午前中から予定がありますので。」
「そんなに時間は取らせませんから。」
そう言い残し、お袋は早々にダイニングから出ていった。
思わず唇からは溜息が溢れる。
どこか上の空で口にしていた朝食が、今は砂を噛んでいるかのように思われて、俺は箸を止めてしまった。
嫌な予感しかしない。
人払いをした上でお袋が俺に聞かせたい事なんて、俺にとっては面倒な話に決まってる。
お袋の部屋で座卓を挟んで向かい合うと、いきなり大きな封筒が目の前に置かれた。
「何ですか、これは?」
分かってはいるけれど、素知らぬ振りをして質問する。
「理事や後援会の方々やお家元は悪くないお話だと思ってらっしゃるようですよ。
総二郎さんにその気がなくても、近く偶然を装って顔合わせ・・・なんて事になりそうだから、事前にお知らせしておこうかと思って。」
やっぱりな。
「当分結婚などするつもりはありません。」
「・・・・・・。」
お袋は無言で俺の表情を窺っている。
「まだまだ学ぶ事も多い半人前ですので。
どんな方と引き合わせられても、その考えは変わりません。
お家元にも他の方々にもそのようにお伝え下さい。」
目の前の封筒の中身も見ずにそう言って退けた。
「お話とはこれだけですか?
それならもう失礼します。」
立とうとした時にお袋の口から溢れ出た名前に身体が固まる。
「つくしさんは・・・」
ぎくりとした事を悟られないように、平静を装って「牧野がどうかしましたか?」と言葉を絞り出した。
「体調は特に変わりないようですけれど・・・。
総二郎さんはこれからつくしさんをどうするおつもり?」
いつかの類と同じ事を聞いてくる。
お袋は何か思うところがあるのだろうか?
俺の知らない何かを知っているのだろうか?
急に不安が大きな波となって胸に押し寄せてきた。
「このまま内弟子として置いてほしいと本人が希望していますから。
そのようにしてやりたいと思っていますけれど。
何か問題でもありますか?」
「・・・この邸の中でつくしさんだけを特別扱いする事は、つくしさんの立場を悪くするんです。」
「でも多少は仕方ないですよね?
事故で記憶を失くしていて、身体も万全ではないんですから。」
「それだけではないでしょう?
総二郎さんがつくしさんに目を掛けている事は周知の事実なんですから。」
その言葉に、かあっと頭に血が上る。
「それは今に始まった事ではありませんし。
牧野は高校時代からの友人でもあるんです。
仕事を離れた時には、友人の立場で接する事があったとしても、何もおかしくはない筈です。」
「総二郎さんがそう思っていても、誰もが総二郎さんの意図通りに物事を受け止められるとは限りません。」
「・・・牧野の手の怪我の件、何かご存じなんですか?」
「・・・邸の中の事に、目を配るようにしてはいても、私が見ていない時につくしさんに悪意が向けられる事はあるんです。」
それはそうだ。
こんなに広い邸の中。
目が届く範囲なんてほんの一握り。
見えない事の方が遥かに多い。
お袋の目を盗む事なんて簡単だろう。
「ではどうしろと?」
「・・・つくしさんが安心して暮らし働く事が出来ないのなら、ここに留まる事はつくしさんを更に傷付けるかも知れないのですよ。」
お袋の言葉に抑えきれない感情が一気に湧いた。
「あいつは・・・、牧野は他に行く所なんかないんです。
記憶がないせいで実家すら針の筵なんだ。
ここで生きていきたいって泣いたんだ。
それを追い出すだなんて、できる訳がない!」
他人行儀にしか口をきかなくなっていたお袋に対して、冷静に話せなくなっていた。
お袋はそんな俺を前にしても顔色ひとつ変えず、淡々と言葉を紡ぐ。
「・・・つくしさんが安全でいられるように、私もでき得る限り気を配ります。
ですから総二郎さんも、どうすればいいのかよく考えて、行動して下さいね。」
「・・・・・・分かりました。」
「そろそろお出掛けの時間でしょう。
いってらっしゃいな。」
「・・・失礼します。」
牧野を外に出さなければならないとお袋が思う程に、ここは牧野にとって危険なのか・・・。
花沢か美作に預けるべきなのか、それとももっといい選択肢があるのか・・・と考えて。
でも結局どれもこれも無理だと思い至る。
西門という外から切り離された世界の中で、ただひたすら言い付けられた事だけをしながら生きている牧野。
世の同じ年頃の人ならば、仕事を離れたら余暇を楽しんだりするだろうに、そんな時間をまるっきり持たない牧野。
この塀の中でしか生きられないと信じて籠の鳥となり、俺を唯一の縁にして生きている牧野。
俺はもう、そんな牧野がここにいない事に耐えられない。
例えいつもの茶室で2人きりの静かな時間を重ねる事がもう叶わないのだとしても。
庭仕事の合間に偶然を装いつつ言葉を交わせられないとしても。
遠くからでもいいから俺を見詰めている牧野の視線が欲しい。
ほんの微かでもいいから、牧野がここにいる気配を感じていたい。
それが全て消えてしまうだなんて、想像するだけで目の前が真っ黒に塗り潰されていく気がする。
俺がもう牧野から離れられないんだ・・・
ずっと自分が牧野の運命を手にしているつもりになっていたけれど、牧野無しでいられないのは自分の方だった事に気付かされた。
牧野がここでどんな目に遭おうとも、手放してやれない。
じゃあ、どうする?
どうすれば牧野を護れる?
そんな事をずっとずっと考えていた。
_________
元日以来、間が空いてしまいました。
どのお話も難しい場面に差し掛かっていて、1話まとめるだけでも四苦八苦しております!
寒いですねえ。
来週頭にはもしかして関東でも雪?なんて予報が出ています。
寒くなると、何故かあきらの話を書かないといけないような気がするのは、誕生日が2月だからなのかー?



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